10年の間にあった事
ジェイコブがホワイトライトストリートで見つけた女性は、ジェイコブの記憶の中のリリーとは似ても似つかない姿である。
例え10年が経っていたとしても、目の前にいるガリガリにやせ細った女性がリリーだとはおもえないのであった。
しかし、ジェイコブが呼んだ名に、女性は答える。
「ええー、お兄ちゃん誰?なんで私の名前知ってるの?」
それはつまり、自分がリリーであると言っているのである。
しかし、先ほどとは全く様子が違い、ジェイコブは困惑する。
「リリー!本当にリリーなのか!」
ジェイコブは勢いよくリリーの肩を掴むと、リリーの体を揺さぶった。
「きゃはははは!」
しかし、リリーはされるがままであり、今度はよだれを垂らしながら大笑いをしだした。
その様子に、ジェイコブは驚き、怯んで、すぐさま手を離し後ずさる。
その時、後ろからジェイコブへと声がかかる。
「あ、兄貴……兄貴ですよね!」
聞き慣れた声である。
ジェイコブが振り返ると、予想通りの人物がそこにはいた。
「カレブ!」
名前を呼ばれたカレブは、涙を目元に溜めながらジェイコブへと飛び掛かった。
「うわあ!兄貴ぃい!本物だぁああ!」
普段であれば避けていたであろうカレブの体を、ジェイコブは受け止めてやる。
だが、泣きながらジェイコブの服へと鼻水を垂らしているのを見て、やっぱり受け止めるべきではなかったとジェイコブは後悔した。
「おい、そろそろ……」
ジェイコブはカレブを引きはがそうとする。
しかし、カレブは思いの外粘る。
「おいって!」
「あいた!」
仕方がないので、ジェイコブは強めにカレブを引きはがした。
勢い余ってカレブは尻もちをつく。
その時になって、ジェイコブはカレブの顔を改めて見たが、歳を取っているようには見えない。
と言っても、頭は元々禿げているし、顔はひょうきんものという感じで、元々年齢はわかりづらい。
「いやぁ~、ひでえですや兄貴ぃ……」
カレブは服をはたきながら立ち上がる。
「そんなことよりカレブ。これはどういうことだ?ホワイトライトストリートはどうなってしまったんだ?」
カレブを振り払ったジェイコブであったが、今度は自分からカレブへと詰め寄る。
「ああ~、落ち着いてくだせえ兄貴。そもそもあっしは兄貴は死んだって聞いてやしたんで。兄貴は10年間もどこ行ってたんですか?それに、なんだか……若いですね」
頭の悪い言い方である。しかし間違いなく真理をついている。
「死んでたんだよ」
ジェイコブは小さく笑いながら言う。
「ははっ!なんですかいそりゃあ。兄貴がそんな冗談を言うなんて珍しいですね。イヒヒ」
本当の事ではあるが、カレブは都合よく流してくれたようである。
「とりあえず、俺は10年振りに戻って来て状況がわからないんだ。教えてくれカレブ」
「へい、任せてくだせえ。ヒヒ」
カレブは手慣れた手つきで、花屋の中から椅子を取り出すと、ジェイコブに薦め、自分も座った。
「今でもあの日は覚えています。あの日、兄貴が急に走って行っちまったから、あっしは出遅れちまって、兄貴に置いて行かれちまいやした」
それは結果的にはいい事だったのだ。カレブを連れて行かなかったことによって、巻き込まれる事がなかったのだから。
「そして、次の日に、ミリアーノ全体に重大な報せがありやした。それは、ダッドがマランノファミリーとの死んだことです。そして同時に、次のボスにはマイケルの旦那がなるという報せもありやした。誰も反対する者はいやせんでした……」
それはそうだろう。その時点で既にアンダーボスはマイケルしかおらず、更にマイケルはダッドの娘のソフィアと婚約しているのだから。
「その時に、あっしはジェイクの兄貴が死んだことを聞かされました。ですが、あっしは信じなかったんです!まさか兄貴に限って死ぬわけなんてないなんて!だから兄貴の部屋に移り住んで待ってたんですぜ。ヒヒヒ」
なんだか少し気持ち悪いが、結果としてそれは良かったという事である。
だからこそ、この場で出会えたのだろうから。
「それはいい。それより、ここはなんでこうなったんだ!リリーは!なんで……」
ジェイコブはリリーの方を一瞥する。
店の奥でリリーは、生気のない目で虚空を眺めていた。
「まあまあ、落ち着いてくだせえ……それも話しやすから」
カレブは落ち着けと言うが、この有様を見て落ち着ける人間などいないだろう。
「早くしろ」
「へいへい……マイケルの旦那がミリアーノの――いえ、カラーズのですね。マイケルの旦那はミリアーノを傘下に置いて、新しくカラーズというギャング団を設立したんでやす」
ジェイコブはそれにどう反応していいのかわからなかった。
当然と言えば当然であるし、意外と言えば意外である。この後に及んで、マイケルにまだカラーズに思い入れがあるとも思えなかったからである。
「カラーズが設立されてから、マイケルの旦那がやったことは滅茶苦茶でした。手段を問わずにどんどんとカラーズをデカくしていったんです。例えば、この辺りもその犠牲の一つでやす」
カレブは残念そうに首を振る。
「マイケルの旦那はそんなことはありませんでした。元々ミリアーノのシマだった所にも、改良されたモンスターシードを撒きまくったんです。それに、高額のみかじめ料も」
ミリアーノは元々麻薬は禁止である。
しかし、マイケルには関係がなかったということであろう。
「マイケルの旦那は、そのころから本性を現しやした。逆らった者は容赦をせずに殺して回ったんです。なんでも、マイケルの旦那の悪口が壁に書かれていたら、そのストリートの人間も、近くのストリートの人間全員を殺したとか……」
誰が関わったかもわからないのに皆殺しとは、あまりにも残虐である。
「マイケルの旦那への恐怖と、高額なみかじめ料に耐えかねて、麻薬に逃げる人間が増えたのです」
それはここだけではなく、どこでもである。
「その結果がこれか?」
ジェイコブの言葉に、やはりカレブは首を振る。
「いえ……むしろもっと酷いでやす……ここに残ってるのはリリーだけでやす。他の奴は麻薬の副作用で死んだり、自殺したり、マシな奴は逃げましたがね……ほとんど死んだと思ってくだせえ。リリーも父親が死ぬまでは頑張ってやしたんですが……」
その言葉に、ジェイコブは立ち上がりカレブへと掴みかかる。
「死んだって言うのか!カーソンも!グレイソンも!チュンも!リリーの父親のアンソニーも!」
カレブはある程度予想していたのか、黙って頷いた。
ジェイコブは、喪失感を覚え、ふらふらと後ずさり、力なく椅子へと座る。
「あっしもどうにかしようとしたんですが……どうしようもなく……ですが、リリーだけはどうにかしようと面倒を見に来てるんですぜ!兄貴と仲が良かったのは知ってやすからね!……あっ!変な事とかはしてやせんぜ。ほとんど。ヒヒヒヒ」
ジェイコブは失意のままに、その言葉を聞いていたが、内容までは頭に入ってこない。
そのジェイコブの状態を考えて、カレブはしばらく黙り込む。
「マイクはどこにいる……」
ジェイコブがぽつりと呟いた。
「え?ええ、マイケルの旦那は今はもう表でも裏でもこのニューシティを牛耳ってやす。カラーズのボスであり、ニューシティの市長なんですや。あそこにデカいビルが見えるでしょう?あそこにいやす」
それを聞いて、ジェイコブは無言で立ち上がった。
「ちょ……まさか行く気ですかい?無理ですよ!」
「お前は来なくていい」
「いやいや、駄目でやすって!」
「気は進まないが、リリーを頼む」
花屋を出て、歩くジェイコブをカレブが必死に止める。
そんな問答をしている時であった。
轟音が響き渡り、ジェイコブ達の進行方向の建物が豪快に崩れる。
「なっ!」
突然の事にジェイコブは驚きながら、舞い上がった土埃が目に入らない様に、手で顔を遮った。
そして、土埃が落ち着くと、デカい化け物がジェイコブの目に入って来たのだ。




