魔人
ジェイコブが目覚めてから一週間が経った。
ジェイコブは疑問を感じながらも、穏やかな日常を続けた。
それは、今まで変わらない日常ではある。
元々、ミリアーノファミリーにいた時から、エミリーと過ごす事は多かったからである。
しかし、何故だかジェイコブは、この一週間を今まで以上に穏やかに感じていたのだ。
「でも、駄目なんだ」
それでも、ジェイコブはそう考える。
突然のジェイコブの言葉に、傍にいたエミリーは驚きながらも、少し考えてから答えた。
「……そんなに駄目かしら?」
エミリーの顔は悲し気であり、更にジェイコブからは顔を背けたような状態である。
「ああ……」
ジェイコブの返事に、エミリーはジェイコブの方へと向き直す。
「このままずっとここで、一緒にご飯を食べて、一緒に本を読んで、一緒に眠って!それじゃ駄目なの!?」
エミリーは、喋っているうちに少しづつ声を荒げた。
その勢いに、ジェイコブは目を逸らす。
「ごめん……」
しかし、はっきりと拒絶した。
「そう……」
やはりエミリーは悲しそうに俯き、そして長い沈黙が訪れる。
「本当は……本当はわかっていたの。こんな状態長く続かないって、だから特別隠してもいなかったわ」
明らかに不自然な生活であった。エミリーが本気で隠していないからこそ、不自然な部分が残されたのである。
「例えば、スマートフォンとか、食べ物の賞味期限とかね……」
「え?」
賞味期限と言われて、ジェイコブは驚く。そんなことは気にもしていなかった。
そんなジェイコブの顔を見て、エミリーは笑う。
「ふふっ、あなたって賞味期限なんて見ないものね。子供の頃はみんなそうだったけど」
なんだかバツが悪くて、ジェイコブは頭を掻いた。
「それで、本当はどれだけ経ったんだ?」
しかし、すぐにジェイコブは真剣な顔に戻ると、エミリーへと聞く。
エミリーは一か月と言った。しかし、賞味期限の話をしたという事は、それが嘘であるという事である。
エミリーは迷う様子もなく、きっぱりと言い放った。
「あなたが死んでから10年が経ったわ」
「……え?」
それはジェイコブの想像を超えており、ジェイコブはかなり困惑する。
それに、
「ま、待ってくれ!死んだって……」
それはおかしい。
何故ならジェイコブは間違いなく、ここに生きて存在しているのだから。
「ええ、間違いなく死んだわ」
エミリーの目は真剣そのものであり、嘘をついたり、ふざけているようには見えなかった。
「どうやって……」
ジェイコブはそう言うしかなかった。
「それは、長い話になるわ……」
ジェイコブは黙って頷く。
「マイクがモンスターシードを開発したのは、金儲けや戦争の火種の為だけではないの。死んでもいいから使い捨てのコマが欲しかった事と、魔物と人を混ぜた新しい生物を作るためでもあったの」
急にマイケルの話をされ、ジェイコブは戸惑う。
しかし、その後に続いた話で、うっすらと自分の事が理解してきた。
それでも、黙ってジェイコブは話を聞いた。
「それは、本当に偶然だった。私が昔通っていた大学がアポルネファミリーの勢力圏にあったのは知っているわよね?」
やはり、ジェイコブは黙ったまま頷く。
「私の研究室の教授がアポルネの一員だったの。ここまで言えばわかるわね?その教授はモンスターシードの研究に関わっていたのよ。教授は大学でも研究をしていた。というか、大学が副業でマフィアが本業だったのでしょうね」
エミリーは一息つく。
「私はその事実に気が付いた時、ジェイクの助けになるかと思って、研究の資料をコピーして持ち帰ったの。でも、すぐにアポルネのモンスターシードの精製所は潰されたわ。これはジェイクの方が詳しいわよね?」
それは5年前の――いや、15年前の話である。まだ、デービッドがいたころの。
「それからも、私は暇なときにモンスターシードとそれに関する研究をし続けた。これも、ジェイクの助けになるかと思って……でもジェイクに伝えたら止めるでしょう?だから伝えなかった……」
間違いなく止めただろう。ジェイコブは、エミリーにマフィアの世界に関わって欲しくなかったから。
「その時に、マイクが関与していることを知ったわ。でも、それ以上の事はわからなかったし、どうすればいいかわからなかった。だから黙ってたの……それが、間違いだった」
間違いではあるが、その時に何かをしていたとしても、状況が変わったのかはエミリーにも自信がない。
「ある日、イーサンから連絡が来たの。マイクが何をしてきたかを、そしてジェイクを殺そうとしているって。ジェイクを連れて別の国に逃げろって。でも出来なかった。あなたに伝える前にマイクに気が付かれたから」
この時にはもう、マイケルは仲間を信用していなかったことがわかる。
「マイクは言ったわ。全てを伝えてもいいが、逃げようとしたら二人とも殺すって……私はどうしたらいいかわからなくなったわ……イーサン達にだって止められなかったのよ」
イーサン達だって、マイケルを説得したはずである。
しかし、それが意味をなしたのかは、結果を見れば簡単にわかる。
「そして、もうマイクを止める方法はないと悟った私は悪魔の取引をしてしまった。ジェイクの死体だけはもらえるように、顔だけは綺麗な状態で。そう言ったの……」
流石に頭を吹き飛ばされてしまっては、どうしようもないのだろう。
「マイクは快諾したわ。代わりに、私にモンスターシードの、その先の研究を続けることを対価として求めて来た。でもこれは、私にとっても都合が良かった。ジェイクを蘇生させる道に繋がるのだから……」
それは、仕方のない事だったともいえる。
「元々マイクが開発しようとしていたのは強い兵隊よ。モンスターシードを使っても死なない肉体。そして、それは完成してしまった。魔物と人を融合させたもの。それを私達は魔人と呼ぶことにしたわ」
確かに、モンスターシードを使った人間は化け物のようになっていった。
それに耐えうる肉体を持ったものは、やはり化け物なのであり、それを超えた存在でもあるのだ。
「あなたが死んですぐに、マイクの目を盗んであなたを手術したの。でも、魔人化は死んだ人間を蘇生させるためのものではないわ。体を改造して、モンスターシードを流し込んで、それでなんとか体は動いた。でも意識は戻らなかった。それからあなたを完璧に蘇生するまでに10年かかったわ」
辻褄は合っている。
だが、いくらなんでも滅茶苦茶である。
「私自身にも手術を施してあるわ」
それが、エミリーが歳をとっていない理由であった。
「私も、あなたの体も、もうモンスターシードなしでは生きていけないわ……毎晩注射を打っていたでしょう?あれがそうよ。それに、同時に鎮静剤も打っていたの……」
ジェイコブは鎮静剤のせいで、穏やかな気分だったのである。
「つまり、私はあなたを裏切ったのよ……ごめんなさい……」
エミリーは頭を大きく下げながら、涙をとめどなく溢れさせた。
エミリーはずっと罪の意識を感じていたのだ。だからこそ、ジェイコブをこの場に本気で縛りつけようともしていなかった。
「いいよ。仕方がなかったんだ……」
ジェイコブはエミリーを優しく抱きしめた。
突然、自分が人間ではなくなったという話を聞かされ、ジェイコブは困惑している。
それでも、ジェイコブはエミリーを攻める気はなかった。
「荒唐無稽な話だと思うでしょう……外に出れば10年経ったことは嫌でもわかるわ……でも、必ず帰って来て。お願い……」
エミリーは名残惜しそうに、ジェイコブから離れる。
その涙は止まっていなかった。
「ああ、必ず帰って来るよ」
ジェイコブはそう言うと、外へと向かったのだった。




