海辺の道
ジェイコブが移り住んだ家は、ホワイトライトストリートの近くのアパートであった。
この場所を選んだ理由はいくつかある。
まずは思い入れがある場所であるというところ、そしてジェイコブの母とオリビアの墓が近いところ、またエミリーの家が近いところもである。
さらに言うならば、今のジェイコブはダッドの家の門番ではなく、正式にデービッドの右腕になっていたため、ダッドの家の近くである必要もなかった。
家を出たジェイコブは、ホワイトライトストリートへと入っていく。
用があるというわけではなく、ホワイトライトストリートの中にジェイコブの車を駐めているからである。
昔と変わらず周辺はスラム街であり、それでもミリアーノファミリーのジェイコブ・ブラウンの車に手を出そうという人間などいないが、ホワイトライトストリートの中に置いておけば、知らずに手を出してしまったという事もなくなるからだ。
ジェイコブがホワイトライトストリートを歩くと、住民達は声をかけてくる。これは数年前から変わらない事である。
「ジェイコブ。いい歯磨き粉があるんだ。買ってけよ」
「よう、ジェイコブ。エミリーの欲しがってた小説が入荷したよ」
雑貨屋のカートンや、本屋のグレイソンが話しかけてくる。同じような言葉を10年以上前から聞いている気がする。
「帰りに寄るよ」
それらに片手を上げて返事をしながら、ジェイコブはホワイトライトストリートを進んでいく。
「ジェイク!エミリーはどうしたの?」
するとやはり、花屋のリリーが話しかけてくる。これもいつもの事である。
「ああ、少し出ないといけなくなってさ」
「車使うの?私も行っていい?」
リリーはそう言うが、本気ではない。花屋の仕事の途中なのは見ればわかるからだ。と言っても、ジェイコブが昔冗談めかして「じゃあドライブに行こうか」と言ったら、本当に連れて行かされたこともあったが。
「悪いけど仕事なんだ」
「なーんだ。つまんないの」
リリーももういい歳なので、ジェイコブの仕事の危険性は理解しているし、邪魔をしてはいけない事も理解していた。なので簡単に引き下がり、ジェイコブへと手を振る。
「いってらっしゃーい!」
ジェイコブは黙って手を振り返すと、そこから少し歩き、自分の車へと乗り込んだ。
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ジェイコブが門番の仕事をしなくなってからは、デービッドとの待ち合わせ場所はまちまちになっていた。
とはいえ、今日の待ち合わせ場所は海の近くの駐車場であり、こんなところに呼び出されたのは初めてなので、ジェイコブは何かあるのかと気構えていた。
指定された待ち合わせ場所に着くと、すでにデービッドの車は既に止まっており、デービッドは車に寄りかかって煙草を吸って待っていた。
「待ちましたか?」
ジェイコブが車から降りて聞く。
「いや、今来たところだ」
デービッドは煙草を携帯灰皿へ突っ込んだ。
その時、ジェイコブはふと気が付いた。デービッドは、昔は携帯灰皿なんて持ち歩かずに、吸い終わったらその辺にポイ捨てしていたことに。デービッドが携帯灰皿を持ち出したのは、最近だと思うのだが、それがいつからかジェイコブには思い出せなかった。
「おい、どうした?ジェイク。行くぞ」
そんな関係ない事を考えているジェイコブを置いて、デービッドは勝手に歩いて行ってしまう。
「今行きます」
ジェイコブは急いでデービッドの事を追いかけるのであった。
デービッドはそのまま進み続け、何故か海辺の舗装された道を歩き続ける。
海辺の道には人はいなく、ジェイコブとデービッドの二人だけが横に並んで歩いているだけであった。
「カレブはどうしたんですか?」
カレブには門番の仕事を続けさせているが、5年経った今でも、相変わらずジェイコブの事を兄貴と呼び、所かまわずついてくるのであった。
「ああ、今日は来ないように言っておいた」
何かが変である。そんなことは今までなかったし、こんなにのんびりと海沿いを歩くことも今までなかった。
しかし、それに対してジェイコブは、どう声をかければいいのかわからなかった。
「最近は平和になったもんだよなぁ……」
その時、ぽつりとデービッドが呟く。
「そうですね」
それは、五年前、モンスターシードの事件があってからである。
あの一件以来、アポルネファミリーは組織自体が縮小し、モンスターシードもミリアーノやマランノに流れて来ることもなくなった。
更に、マランノファミリーのボスが死んで、息子のエイデンと交代した影響か、はたまた一度でも手を組んだ影響かはわからないが、マランノがミリアーノのシマを荒らすことは極端に減った。
つまり、ここ数年で、本当に平和になったのである。
「なあジェイコブ。俺がいくつになったか知ってるか?」
デービッドは少し開けた場所に来ると、柵に手を置いて海を眺めながら遠い目をする。
「はぁ……40でしたよね?」
うろ覚えではあるが、間違いないはずである。
「馬鹿!まだ39だよ!」
しかし、間違いだったようで、ジェイコブは怒られてしまった。
「お前と会ってから10年だからな……お前と会ったばかりの頃は29か。あの頃は若かったよな……」
デービッドは変わらずジェイコブの方には振り向かず、海を眺めながら呟く。
「そんな。デービッドさん。まだ若いですよ」
「馬鹿野郎。おべっかはいい」
ジェイコブはフォローするが、デービッドはそれを否定する。
「まあ、その、つまり、なんだ」
デービッドは、頭をかきむしりながらジェイコブの方へと向く。
「アンダーボスをやめようと思っててな」
その言葉はジェイコブには衝撃的であった。
「そんな!デービッドさんがいなくなったら、誰がアンダーボスをやるんですか!」
だから、ジェイコブはデービッドを引き留める。
「お前だよジェイク。お前にアンダーボスを継いで、ダッドの助けになって欲しいんだ」
デービッドは、真っ直ぐとジェイコブを見つめながらその言葉を言い放った。
急な事に、ジェイコブは困惑する。
「俺なんかじゃ務まりませんよ……」
そして、ジェイコブはデービッドの瞳から目を逸らした。
少しの沈黙が流れる。
「……まあ、すぐにとは言わねえよ。アンダーボスをやめても、俺はミリアーノを抜けるわけじゃないし、今すぐにアンダーボスをやめるわけじゃねえ」
その言葉を聞いて、ジェイコブは安心したように顔を上げる。
すると、デービッドはジェイコブのすぐ近くまで来ていた。
「だけど、考えといてくれよな」
そう言って、デービッドはジェイコブの肩を叩くと、すれ違って元来た道を帰って行った。
一人残されたジェイコブは、しばらくの間どうすればいいのかわからず、ただ茫然と海を眺めたのだった。




