ドライブ
事件が起きた翌日となる。
事件とは全くの無関係なことだが、ジェイコブには、マシューの話を聞いた時から心配な事が一つだけあった。
その日は偶然門番は休みの日であり、それでも時間がくればデービッドに呼び出されるのは明白だったが、急いで外へと出て自分の車へと乗りこんだ。
ジェイコブが運転する車は、走り慣れた道を通り、あるアパートの近くへと止まる。
そして、ジェイコブは時計を頻繁に確認しながら、そのアパートから人が出てくるのを待った。
間もなくして、目的の人物はアパートから顔をだし、そしてすぐにジェイコブの車に気づくと、走って車の窓を叩いた。
ジェイコブは、それを受けて窓を開く。
「どうしたのジェイク急に」
その人物はエミリーである。
「エミーの顔を見たくなってさ」
ジェイコブはそう答えたが、当然嘘である。
「そんなこと言うようにはなったけど、用もなく来ることなんてないじゃない」
実際にそうであるし、用がなければ電話だってかけてこないのである。
だから、エミリーの方から電話をかけることが多いのだ。
「少し気になることがあって、送ってくから乗ってくれ」
「わかったわ」
ジェイコブが助手席を開け、エミリーが乗ると、車は走り出した。
「それで、どうしたの?」
エミリーは大学生となっており、宣言通りに医学部へと進学を果たしていた。
だが、ジェイコブからしてみれば、それが問題でもあるのだ。
「実は、アポルネファミリーがミリアーノに麻薬を流しているみたいで、いざこざが起きそうなんだ」
そして、エミリーが通う大学は、アポルネファミリーの勢力圏にあるのである。
どうしても、エミリーが通える医学部のある大学が近くではそこしかなかったのだ。
「それで……心配して見に来たのね」
「まぁ……」
エミリーからしてみれば、ジェイコブが自分の為に急いで来てくれたことはとても嬉しい事である。
だが、ジェイコブからしてみれば、大真面目なことでもあるのだ。
「大丈夫よ。電車で通ってるんだし、大通りしか通らないし、マフィアみたいな人なんて見たことないもの」
しかし、シマと言っても、ニューシティをマフィアの縄張りとして三分割した場合にそこが入っている、という程度であり危険な場所というわけではないので、エミリーはそんなに心配をしていない。
「わかってる。ただ、しばらくは警戒しておいてくれ」
「もう……わかったわ」
車の運転をしているジェイコブからは見えないが、やはりエミリーはとても嬉しくて、ニコニコとしている。
そんなことは電話でもいいのだ。わざわざジェイコブが来てくれたことが嬉しいのである。
車は走り続け、ミリアーノの勢力圏を超え、アポルネの勢力圏へと入っていく。
しかし、スラム街でもないそこは平和そのものであり、当然何事も起きずに車は大学へと着く。
「それじゃあ、また」
ジェイコブからすれば、休みの日くらいは、帰りも迎えに来たい気分ではあるのだが、必ず来れるとも限らないので約束するのはやめておく。
「うん。ありがとう」
エミリーもそれをわかっており、軽く挨拶をすると、車を降りて大学へと向かったのだった。
そして、車を発進させたジェイコブであったが、タイミングよく電話がかかって来る。
おそらくデービッドであろうとジェイコブは考え、車を走らせたまま急いで電話に出たのだった。
「よう、ジェイク。今暇か?」
しかし、意外にも電話はデービッドからではなくイーサンからであった。
「ああ、まあ暇ではあるけど……」
少し遠くにいるので、ジェイコブは微妙な言い返しをしてしまう。
「じゃあ、ホワイトライトストリートの飯屋に来てくれよ。いつもんとこさ」
ジェイコブ達も、もうそれなりの給料はもらっている。
しかし、子供の頃助けてくれたホワイトライトストリートには返しきれないほどの恩があるのだ。
だから、今でもこまめに通っていた。
「わかった。少し時間かかる」
「待ってるぜ」
電話を切ると、ジェイコブは車のスピードを少し上げたのだった。
♦
ホワイトライトストリートに着くと、ジェイコブはまずリリーに軽く挨拶をする。
「リリー元気してたか?」
「あ!ジェイクだ!さっきイーサン達も来てたよ!」
リリーは15歳になり、見た目も歳相応となった。しかし、精神的には子供っぽさがまだ目立ち、親であるアンソニーは心配しっぱなしである。
「じゃあ、また」
「はーい!」
ただでさえ待たせているので、ジェイコブは無駄話はせずにイーサンの元へと向かった。
ホワイトライトストリートは狭いので、少し歩けば、すぐに目的の飯屋へは辿り着く。
「よう、ジェイク」
「遅ぇよ」
中に入ると、イーサンの他に、ジョシュアがおり、悪態をつきながらジェイコブを迎い入れた。
「そう言わないね。お前らと違ってジェイコブは忙しいね。待ってな今飯作るよ」
更に、飯屋の店長のチュンが、何故かジェイコブのフォローをする。
「ありがとうございます」
ジェイコブは、厨房へと消えていくチュンに礼を言うと、席に着く。
「今日はどうしたんだ?マイクじゃあるまいし」
ジェイコブは答えようとしたが、その前にジョシュアが割って入って来る。
「マイクはすげえよな。アンダーボスのワイアットさんに気に入られてよ!その下で働いてるんだから!そりゃ俺らみたいな下っ端と会ってる時間はねえわな」
すでに酒瓶がいくつも空いており、ジョシュアは所謂出来上がった状態であった。
「ははっ、それを言うならジェイクもだぞ」
「ああ!全く羨ましい限りだぜ……」
ジョシュアはその言葉と共に、机に突っ伏して動かなくなった。
更に、小さいいびきまで聞こえてくる。
「え?おい、ジョッシュ!ジェイクは来たばかりだぞ」
イーサンが急いでジョシュアの体を揺らすが、ジョシュアは一向に起きる気配はなかった。
「すまん、ジェイク。来たばっかなのに、ジョッシュを連れて帰らないと」
「いや、俺が遅れてきたのも悪かったよ」
「ああ、忙しいもんな。デービッドさんはどうだ?」
どうだと聞かれても、ジェイコブからすれば困る。
「いつも通り無茶ばかりだ」
ミリアーノファミリーの構成員は10万人にものぼる。
だから、本来であれば、その巨大な組織の2番手に当たる、アンダーボスの一人であるデービッドが直接現場に出たりする必要はないのだ。
しかし、デービッドは自分で動かないと気が済まない性分であり、ある意味ジェイコブはそれに振り回されていると言えなくもない状態である。
「こっちとは大違いだな。俺も小さい事務所は任されてるんだが、やる事は前と変わらない雑用だし、部下は二人だけだ。しかも両方女だしな」
イーサンとて女性差別をする気はないが、マフィアともなれば話は別であり、流石に女だてらという話になってしまう。
「お互い大変だな」
ジェイコブとイーサンは笑い合う。
「はい、おまちよー。ってこいつ寝ちまっただか」
ちょうど、チュンが料理を持ってくる。
「ええ、仕方ないからもう帰りますよ。会計お願いします」
イーサンが立ち上がったため、ジェイコブは財布を出そうとする。
しかし、イーサンはジェイコブを止めると、
「飯食っといてくれ」
と言って、会計を始めてしまう。
ジェイコブが食べ終わらないと帰れない事もあり、ジェイコブは大人しく従ったのだった。金を持つようになっても、食べ物を無駄にすることはない。
その後、ジェイコブは黙々と飯を食い、すぐに食べ終わる。
「車か?」
「ああ」
「じゃあ俺が運転するよ」
「頼む」
そして、二人でジョシュアを抱え上げて店を出て、イーサンがジェイコブの車を運転して帰ったのだった。




