更に一か月が過ぎた
その日は休日であり、初めての給料日であった。
と言っても、ジェイコブは給料をもらっても何かを買おうという気持ちはない。
だから、特別な日と言うわけでもないのだ。
それよりも、休日なので、いつも通り射撃場へと向かおうとすると、部屋に備え付けられた電話がなった。
この電話の番号を知る者は一人しかいない。
マイケルだ。
「よう!ジェイク。元気してるか?」
電話は、やはりマイケルからの連絡であり、ジェイコブは喜ぶ。
「ああ」
「そうか。今日休みだって言ってただろ?エミーが会いたがってるんだけど、今日は暇か?」
ここに来てから週に二日の休日があったが、用事がある日など一度もなかった。
休日は、だいたい銃の練習をしているか、ダッドに会いに教会に行っているだけだった。
「ああ、マイケルは?」
「悪いけど俺は手が離せなくてな。昼の12時にホワイトライトストリートで待ち合わせてくれって」
マイケルが来ないのは残念であるが、久しぶりに仲間に会えることが、ジェイコブはとても嬉しいのだった。
「わかった。すぐに行くよ」
「ああ、頑張れよ」
何を頑張るのかわからなかったが、マイケルはそれだけ伝えると、早々と電話を切った。
ジェイコブは部屋を出て、下へと降りて、そのまま外に出ようとする。
「なんだジェイク。珍しいな。ていうか初めてじゃないか?外に出るのは」
そこをライアンに呼び止められた。
「ああ」
短く返事をして、ジェイコブは外に出ようとした。
「まあ、待て。時間はあるのか?」
ジェイコブが時計を確認すると、まだ時間はあったため頷く。
「じゃあちょっと来い。お前、今日が給料日だって忘れてないか?」
ジェイコブは、忘れていたわけではないが、急いで金を受け取る必要もないと思っていた。
モニタールームへと入ると、そこにはもちろんマイルズもいる。
「どうしたライアンの旦那。ジェイクは今日休みだぜ?」
ジェイコブの姿を確認すると、すぐにマイルズが話した。
「ああ、どこに行くのかわからんが、珍しく外に行こうとしてたんでな。給料を渡しとこうと思ってな」
そう言って、ライアンは机へと向かう。
「なんだよジェイク?珍しいな。女か?」
その隙に、マイルズはジェイコブに絡んだ。
エミリーは指摘された通り女であるのだから、ジェイコブは頷く。
「おいおい、ジェイクに限ってそんな……え?」
ライアンが頷いたジェイコブに対して驚いた。
「マジかよ!?そんな素振り今まで見せなかったじゃあねえか!」
更にマイルズも、茶化したつもりだったが、予想外の事に驚いた。
対するジェイコブは、何故そんなに驚かれるのか理解できないのだった。
「まあ、ジェイクもお年頃だからな。じゃあなおさら金が必要だな」
「ていうかお前、そんな恰好で行く気かよ?」
ジェイコブは似たような服しか持っていない。
とてもラフな、黒のシャツに、黒のズボンだ。
「駄目か?」
「駄目じゃねーが……」
マイルズは悩む。
しかし、諦めた。
「服は今更どうにもなんねーか。せめて花でも買っていってやんな」
「花?」
「ああ、ベタだが、女ってのは花が好きなもんだぜ」
そう言われてみると、ジェイコブにも思い当たる節はあった。
エミリーは花屋のリリーとも仲が良かったし、花屋のリリーがくれた花もよく食べていた気がする。
「わかった」
「じゃあ、ほらよ。給料だ」
ライアンは、ジェイコブに金の入った封筒を手渡した。
「ていうか外に出るなら口座作って来いよ。あ、いや、今日はいいか」
そして、続けてそう言ったのだが、すぐに撤回した。
ライアンも、デートの日に口座を作って来いなど言うべきではないと、すぐに気付いたからだ。
もっとも、デートのつもりではないジェイコブからしてみれば、何故撤回されたのかもわからなかったが。
「じゃあ、早く行ってやんな。遅刻だけは厳禁だぜ」
マイルズに後押しをされて、ジェイコブは急いで待ち合わせ場所へ向かったのだった。
♦
ホワイトライトストリートは、ジェザの抗争に巻き込まれた時荒らされてたが、一か月経った今となってはもう元通りとなっていた。
「おう!元気にしてたか?ミリアーノファミリーに入ったんだって?もうガキなんて言えねーな」
ジェイコブが通りに入ると、そんな風に話しかけられる。
ジェイコブはそれに適当に答えると、花屋へと向かった。
「あ!ジェイク!久しぶり!」
花屋の娘のリリーがジェイコブを見つけると、元気に挨拶をしながらジェイコブの元へと駆けてくる。
久しぶりと言っても、一か月ぶりである。
ただ、あんなことがあったから、久しぶりに感じるところはあった。
「花を……」
「花が欲しいの?」
「エミーにあげようと思って」
そう言うと、リリーはとても嬉しそうに笑う。
「ええ!あのジェイクが、エミーに花を贈るなんて驚きよ!」
「言われたから……」
「なるほどね。マイケル辺りかしら?」
全然違うが、面倒なのでジェイコブは黙っていた。
「じゃあ、ちょっと待っててね!」
そう言って、リリーは再び店へと戻って行ってしまう。ジェイコブはその後を黙って追っていった。
「よう、ジェイク。エミーに花を贈るんだって?ミリアーノファミリーに入って、色々変わったか?」
リリーの父親であるアンソニーが、ジェイコブに問うてきた。
「そんなことはないですよ」
ジェイコブはそう答える。
「それは良かった。変わっちまったらリリーが悲しむからな。忙しいんだろうで悪いが、これからもリリーと仲良くしてやってくれ」
もちろんジェイコブは頷くのだった。
「はい!選んできたよ。きっとエミーも喜ぶわ!」
リリーが選んできた花束をジェイコブは受け取り、封筒を取り出して金を払った。
その時に、初めて封筒を開けたのだが、思ったよりも多くの金が入っていて、ジェイコブは驚いたのだ。
「エミーはいつ来るの?」
時間を見れば、もうすぐ12時である。
「もうすぐ来る」
そしてその通りに、少し待てば、エミリーは時間通りに姿を現したのだった。
「ジェイク。久しぶり」
やはり、久しぶりと言うような時間ではないのだが、エミリーもジェイコブも、かつては毎日顔を合わせていたのだ。
たったの一か月でも、久しぶりという気分になるのは自然な事である。
「久しぶり。その、これ……」
ジェイコブが花束を差し出すと、エミリーは満面の笑みを浮かべたのだ。
「嬉しい!ジェイクが選んでくれたの?」
「あ、いや……」
選んだのはリリーであるため、そう言おうとしたジェイコブだが、エミリーの後ろでリリーがバツマークを出しているのを見て言い淀んでしまう。
「なんてね。リリーが選んでくれたんでしょ。ありがとう」
エミリーからしてみれば、ジェイコブがそんな気遣いを出来ないことなど分かり切ったことである。
だから、リリーの返事も待たずに、エミリーはリリーの頭を撫でた。
「あーあ、バレちゃった」
そう言うリリーの顔は残念そうでもあり、嬉しそうでもあった。
「さて、エミリー。早速で悪いんだが、これから二人で出かけるんだろう?なら、花束は邪魔だろう。こちらで預かっとくよ」
アンソニーの提案に、もちろんエミリーは賛成であった。
「ありがとうございます。帰り際にまた来ますね」
「ああ、楽しんでおいでよ」
「はい、それじゃあ後で」
「またねー!」
そんなやり取りをして、ジェイコブとエミリーはその場を後にしたのだ。




