転機
オリビアは逃げていた。
ホワイトライトストリートに向かう道の間で、銃を持った三人組の男に出食わした時、咄嗟にエミリーと二手に分かれ、オリビア自身は敵を挑発した。
それが功を制したのか、男達はオリビアを追ってきたのだが、体格の差から考えて、オリビアはすぐに追いつかれるはずではあった。
しかし、男達は遊んでいるのだ。
それはオリビアにもわかっているのだが、なんにせよオリビアは逃げるしかないのだ。
「ほら、追いついた」
男の一人が、オリビアの前に立ちふさがる。
後ろから捕まえずに、わざわざ追い越している辺りやはり遊んでいるのだが、オリビアにとっては好都合である。
時間さえ稼げれば、マイケル達が助けに戻って来てくれるかもしれないからだ。
そのために、有名な絵本のように、ポケットに入っていたものや、いつも身に着けていたものを道に投げ捨てて来た。
そう考えながら、オリビアは小さい体を活かして、男達を避けていく。
時間さえ、時間さえ稼げれば――
「捕まえたぞ」
しかし、大の大人が三人がかりでは、どうあがいても捕まる時は来てしまうのだった。
「いや!離して!」
無駄だと悟りながらも、オリビアは大きな声で叫ぶ。
「そう叫ばれると、興奮するぜ……」
男のうちの一人が、道端だというのにズボンを脱いだ。
とはいえ、これだけの騒ぎでも、スラム街では、いやスラム街だからこそ、関わろうと顔を見せる人間はいない。
「早く済ませろよ、このロリコン野郎」
残りの二人は、そう言いいながら、オリビアが動けない様にきっちりと拘束をし、口に布を突っ込み声が出づらいようにした。
これから何が起きるのかは、オリビアにも容易に想像がついた。
だが、それも、オリビアからすれば運が良い方なのである。
そんなことは、奴隷として売り払われそうになった時に散々仕込まれたのだし、命を奪われないことの方が良いのだ。
そして、無造作にオリビアの服は引き裂かれ、その後、オリビアのくぐもった悲鳴が少しだけ響き渡り続けたのだった。
♦
マイケル達は焦りながらも、全員で固まってオリビアが残した痕跡を追っていた。
エミリーとオリビアが別れた現場へと向かい、そこでイーサンが、オリビアのお気に入りだったストラップを発見したのだ。
しっかりと、それをオリビアのメッセージとして受け取り、全員で追いかけたのだった。
「待て」
ジェイコブが音に気付き、曲がり角で、小さい声で仲間を制した。
その音は、微かな金属音である。
そして、角から少しだけ顔を出したジェイコブだったが、すぐに顔を引っ込めるたが。
次の瞬間には、激情に駆られ敵の前へと飛び出していた――
「動くな!」
ジェイコブは銃を構えながら叫ぶ。
その目線の先には、ズボンを履きかけて、ベルトを締めている男に、その近くタバコを吸っている男が二人、そして――
黄ばんだ白っぽい液体が大量にかかり、地面で裸でぐったりしていて、ぴくりとも動かないオリビアがいた。
「おっ?」
男達三人は、ジェイコブに銃を向けられても反応は薄く。
まるで焦っている様子はない。
「リビア!」
ジェイコブの後からついてきた仲間達は、凄惨な状況のオリビアを見て、全員が叫んだ。
「なんだ?このガキの仲間か?」
タバコを吸っている男は、吸うのをやめもせずに、余裕をもって喋る。
「だったら悪いことしたなあ……」
ズボンを履き終えた男が言った。
「興奮しすぎちまってよ、つい力が入り過ぎちまったよ」
それは挑発なのか、事実なのか、どちらかはわからないが、ジェイコブに引き金を引かせるには十分な効果のある言葉だった。
だから、ジェイコブは怒りに震える手で銃を撃ったのだ。
「ぐわ!」
「うお!まじで撃ちやがった」
男達は、まるで緊張感のない声を出し、しかし銃弾は一人にしか当たらず、ジェイコブは空になった銃の引き金を引き続けた。
その隙に、無事な男二人が逆に銃を引き抜き、ジェイコブ達に向ける。
「所詮はガキだな。俺達が銃を持ってないとでも思ったのか?」
ジェイコブ達は銃を向けられ、今度は逆に自分達が動けない様になってしまう。
「くっそ!このガキ共!俺の足を撃ちやがった!」
更に、撃った男の一人も、銃弾が足に当たったものの、命までは奪えてなかった。
「この馬鹿がハッスルしすぎたからよ。悪いけどそろそろ時間でな。ガキだろうが全員死んでもらう」
そして、銃声が轟く。
ジェイコブ達は咄嗟に目を瞑り、手を守るように顔の前に出してしまう。そんなことは何の意味もないし、銃声が聞こえてからでは間に合わないのに。
ジェイコブはゆっくりと目を開ける。
それが出来るという事は、ジェイコブは死んではいないのだ。
目の前には、先ほどまで、自分達に照準をつけていた男達が血を流して倒れていた。
そして、その後ろから、また別の男達がぞろぞろとやってくる。
先頭の少し年老いた男が、オリビアの近くにしゃがみ、オリビアの顔を触った。
「ああ!汚いですぜ!ダッド!」
また別の男がそう言う。
汚い液体にまみれたオリビアの体に対して、それは事実である。
しかし、仲間を汚い呼ばわりされたジェイコブに怒りが湧き、その男へと走り出して殴りかかった。
「おい!ジェイク!」
後ろから、マイケルの声が聞こえたが、ジャイコブは止まらず男へと殴りかかる。
「おっと」
しかし、男はジェイコブの拳を軽々と躱しながら、ジェイコブの腹へと蹴りを入れたのだった。
ジェイコブは悶絶し、倒れてしまう。
「やめなさい」
そう言いながら、オリビアの元にしゃがんでいた男が、オリビアに高そうなコートをかけながら立ち上がった。
「ダッドは子供にはあめえなぁ」
その様子を見ていた、ジェイコブをのした男が、呆れたようにそう呟いた。
マイケル達は倒れたジェイコブの元へと駆け付け、ダッドと呼ばれた男も同じようにジェイコブの側へと歩いてきた。
そして、首を振りながら言ったのだ。
「お仲間は残念だが……」
その言葉に、全員がショックのあまり、何も言えなかった。
しかし、いち早くマイケルが頭を下げた。
「どなたかは存じませんが、ありがとうございました」
この集団は、マイケル達カラーズが撃ち殺されそうになっているところを助け、更にそのボスと思しき人物は、裸で死んでいたオリビアにコートまでかけてくれたのだった。
だが、それを理解できたからと言って、感謝をするまでの感情を出すのは、マイケル以外には難しかった。
「おいおい!この方を知らないのか?ミリアーノファミリーのボスだぞ!」
それを聞いて、マイケル達全員はとても驚いた。
このメリカ王国のニューシティは、三つの巨大なマフィアが牛耳っているといっても過言ではない。
ミリアーノファミリーと言えば、そのうちの一つである。
つまり、とんでもない大物と出会ってしまっというわけになる。
「それは失礼をいたしました!」
マイケルが再び、深く頭を下げ直した。
仲間達も全員、同じように頭を下げる。
「気にしなくて良い。それより仲間を弔ってあげなさい」
その言葉に、ジェイコブ達は急いでオリビアへと駆け寄る。
しかし、マイケルだけは動かないのだった。
マイケルだけが、別の事を考えているからだ。
「どうしたのだ?」
そして、マイケルは膝をついて土下座をした。
それにはジェイコブ達も驚く。
「俺達もミリアーノファミリーに入れてください!」
「おいおい……俺達はベビーシッターじゃないんだぜ?」
マイケル達はそんな子供ではないが、それはガキの遊び場ではないという事であり、素直に断っているのはマイケルにももちろんわかる。
だが、マイケルは頭を上げなかった。
「お願いします!俺達ジェザの下で働いてました!なんでもします!他に生き方はないんです!」
「そりゃお前ねえ……」
困る構成員に、ミリアーノファミリーのボスが割り込んでくる。
「いいだろう」
「え?ダッド!?本気ですかい?」
「ありがとうございます!」
マイケルは頭を下げたまま、感謝を述べた。
「君達もこっちに来なさい」
ジェイコブ達もオリビアの元から離れ、一旦マイケルの近くへと来る。
「私達の組織は全員ファミリーだ。私は君達のダッドであり、ここにいる全員はブラザーだ」
「はい!わかりました!ダッド!私はマイケルと言います!よろしくお願いします!」
マイケルがそう返事をすると、ジェイコブ達も同じように自己紹介をし、ダッドと呼んだ。
だが、エミリーの番になると、マイケルが止める。
「すいません。彼女は関係ないんです」
「え?」
突然の事にエミリーが驚く。
「そうか、わかった」
全てを察したように、ダッドは優しく返事をした。
「ちょ、ちょっと!」
それでも食い下がろうとするエミリーの口を、ジェイコブが手で塞いだ。
ジェイコブには、何故マイケルが止めたのか理由はわかっていない。
だが、何か必要な事であると感じたのである。
それで、エミリーは黙ったのであった。
「新しい息子達ともっと話したいのは山々だが、まだ残党を狩らないといけない。だから、あとは任せるぞ、デービッド」
紹介が終わると、そう言って、ダッドは仲間を連れて去って行ってしまった。
「ええ……わかりましたよ……本当にダッドは子供に甘いんですから……」
デービッドは恨み言を言いながら引き継ぐ。
「俺はデービッドだ。ミリアーノファミリーのアンダーボスだな」
アンダーボスと言うと、組織の二番手の人間である。
かなり偉い人間なのは間違いないのだ。
「よろしくお願いします。デービッドさん!」
マイケルはとにかく笑顔で、威勢よく返事をする。
「とりあえず、明日ここに来い」
そう言って、デービッドは紙をマイケルに渡した。
「あとさっきも言ったが、ガキの遊び場じゃねえからな。お前ら仲良しグループかもしれねーが、同じ所で働けると思うなよ。住む場所もこっちで用意する」
それを聞いて、マイケル以外はざわつく。
「はい!よろしくお願いします!」
それでも、マイケルだけは笑顔で返事をするのだった。
「じゃあ今日はもう終わりだ。その……明日までに色々やる事があるだろ?」
デービッドがオリビアの死体を見ながら言う。
「わかりました」
「この辺の掃除は終わってるだろうが、気を付けるんだな。あと気が変わったら来なくてもいいからな。今ならまだ追ったりはしねーよ」
そう言うと、デービッドも去って行ったのだった。




