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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
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反感に彩られ

地鳴りのように重々しい音が町の中に響き渡る。

白地に赤色の剣が浮かび、それが頭上から町を見下ろす。帯剣した男たちが、占領した町を巡回する兵士のように左右を見回しながら進んで行く。それは、少し前に起こった赤剣隊の行進と同じようで、まったく違ったものだった。


以前は若い女の隊長が、先頭を頼りなさげに歩いていたが、今回はそれよりも若かった。

黒ローブで隠されているものの、歩みに合わせて見え隠れする顔は幼い少女だったが、その雰囲気はそんな可愛らしいものではない。後ろに付き従う赤剣隊たちは、先頭を歩く幼い指導者に倣うように、鋭く瞳を光らせて周囲に威圧と緊張を振りまいている。


「誰もはぐれちゃダメ。 敵に連れ去られるからね」


少女の声だというのにそこには服従を強制する力が宿り、赤剣隊たちはそれに従っていた。


赤剣隊は隊長のレイラを失い、指導的立場の人間を失っていた。そこにこの少女が来て、混乱状態の赤剣隊をまとめたのだ。不思議なものだった。この少女が放った言葉はまるで魔力がやどっているかのように人の心に入り込み、仲間の死におびえていた赤剣隊を怒りに燃える集団に仕立て上げたのだ。


「私たちの仲間が殺された。あなたたちも許せないでしょ? だったら犯人を見つけて殺そうよ」


あまりにも単純で攻撃的な言葉。しかし、その言葉が彼らの心を捉えて離さない。


「そうだ!許せない!」


誰かが言った。それは、教会で爪痕を刻まれた死体を見た者だった。


「助けないと!」


それは、隊長が居なくなったことに一番に気づいた者だった。


これにより生まれたのが、ダリエル中の捜索だ。誰かが連れ去ったものだと断定し、町中の人間すべてを疑う。人の通らない小路から、怪し気に見える家屋まで、ダリエルの町の人間に強制的に協力させて行った。もし家の中を隠すようであれば、そこは疑われ、帯剣した男たちの威圧に屈するしかない。


「やりすぎではないですか?」


その声は、始める前に一度だけ出た。

しかし、アイティラは言葉に躊躇ったあとに、顔を隠して言ったのだ。


「だったら、レイラは帰って来てくれるの?」


それを言われれば、赤剣隊の構成員なら力を貸すしかない。

彼らはアイティラとレイラの交友を知っているのだ。エブロストスで二人が良く一緒に居た姿を何度も目にしている。それに、アイティラの気力が日々弱まっているのは、普段も多くない口数が極端に減ってきていることで伝わってきた。

それにこの少女でなくても、赤剣隊の誰もが頼りなく見える隊長のことが心配なのだ。


赤の剣を掲げる集団は、ダリエルの町を進み続ける。

それを見る目は、恐怖と反感に彩られて行く。自分たちを守るはずの剣は、他者を威圧する武器になっていた。暴力からの解放を望む象徴の旗は、自らが暴力の輝きを宿していた。

それでも、アイティラは止まらない。止まることが出来なかった。


それは本当の偶然だった。

アイティラたちはいつの間にか冒険者ギルドの近くまで来ていた。その時、扉を開いて出て来た男は、物々しく進む彼らに顔をしかめ、先頭に居た少女を見て目を見開いた。


「何やってやがる!」


止まらないと思われていた行進が止まった。

冒険者ギルドから出て来た男は、ずかずかと先頭に向けて進んで行く。勇気ある男の行動に、ダリエルの町の人間は心の中で応援した。


「ちょと、誰ですか?」


少女の後ろに居た赤剣隊たちが止めようとするが、それを無視して男は先頭の少女の前に立ちはだかった。


「剣なんてもって町中歩き回って、どういうつもりなんだ」


Bランクの冒険者プレートがアイティラの視界に入ってきた。

アイティラは道を間違えたことに気づいた。


「剣は持ってるだけ。町の人には使わない」


「使ってるのと同じだ。こんな大人数で威圧してちゃあ、こっちは不安でしょうがねえ」


「. . . . . .」


黙りこくった少女に気づいて、赤剣隊の隊員が守るように前に出る。が、少女はそれを手で押しとどめて、乱入者に目を向けた。その目は、すでに人のものではなかった。


「私は自分の意思でやってる。邪魔しないで」


鋭く異様な瞳で見つめられ、冒険者は小さくうめいたものの、すぐに勢いを取り戻した。


「何か問題が起きたんなら協力してやる。だから、今すぐこれを止め...」


しかし、少女は言葉の続きを拒むように前へ抜けた。冒険者は言葉を止めて小さな背を視線で追うと、聞こえるか聞こえないかの小さな声が届いて来た。ごめん、と。


「探そう。止まってる時間はないもの」


赤の行進は再開された。背後に、一人の男の悔やむ視線と、いくつもの恐怖と敵意の視線を受けながら。


***


こことここ、それからこっちも。

そう一人で呟きながら、狭い部屋内に広げた町の地図上に小石を並べていく。

全て並べ切ったところで、金髪の青年はふうと息をついた。


「これで全てか」


地図と言ってもかなりおおざっぱで、主要な道と建物が描かれているだけだ。そこに、小石がいくつかの塊を作っていた。この小石は、消えた赤剣隊が最後に目撃された場所だ。実は、レイラが居なくなったあと、そしてアイティラが赤剣隊を率いる前にも幾人か消えた赤剣隊がいた。そのため、小石の数は片手には収まりきらない数になっていた。


「やっぱり、いくつかに固まっている」


アレクが呟いたところで、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは、片目の従者である。


「お持ちしました。こちらを」


アレクが手に取ったものを開くと、そこには広げられた地図とそっくりのものがあった。しかし、こちらは家屋の数もおおざっぱではあるが追加されている。その中に、いくつか目印がつけられた場所があった。

アレクは早速それを小石を並べた地図と比べて、徹夜明けで鋭くなった瞳を光らせた。


「8か所だな」


それは、消えた赤剣隊たちが居るかもしれない場所だった。シンが持ってきたのは、ここ一月で新たに借り入れられた家を調べたものだった。思えばおかしかったのだ。この町に来た当初、どの宿屋も埋まっていて、どうしてそんなに人が増えたのか疑問だった。だが、どこかの勢力が入り込んでいるのだとしたら納得だ。そもそも、そのうちの一つとはあの教会近くで接触済みなのだ。

そのどこかの勢力が拠点周辺で赤剣隊を襲い、拠点に連れこんでいる可能性をアレクは考えていた。


場所が分かったのなら後は調べるだけなのだが、戦力は欲しい。出来れば赤剣隊を何十人も借りたいが、アイティラが連れ出しているらしいので帰ってくるのを待つ必要がある。


「あいつ、好き勝手動かしやがって」


アレクは不満を漏らしたが、だからと言って怒っているわけではなかった。もともと、この町を味方に引き入れることは上手くいっていなかった。ならば、あのくらいの暴走は許せはしないがそれほど気にすることでもないだろう。それに、何より、教会で見せたあの不安げな怯えた表情を見てしまえば、アレクには何も言えなかった。


「シン、この情報を向こうにも伝えてくれ。あいつならきっと協力してくれるはずだ。アイティラの方は、僕がここで待つことにする」


アレクはそれだけ言うと、シンは早速部屋を出ようとした。ちょうどその時、どこかの扉が開く音と、忙しい足音が聞こえて来た。


「あいつが戻ってきたのか?」


アレクもシンと共に部屋を出ると、上階に駆け足で昇っていくアイティラが見えた。一言くらい挨拶に来てもいいだろ、とアレクは不満げに漏らしたが、直後に再び勢いよく駆け降りてくる音が聞こえて来た。下りて来たアイティラは、片手に紙のようなものをひらひらさせていた。


「おい!話したいことが...」


アレクは大声で呼びかけたが、アイティラは気づいていないかのように無視して外まで一直線に走った。この距離なら明らかに聞こえていたはずである。


「なんだあいつ」


アレクは眉間にしわを寄せながら、鼻を鳴らして部屋に戻っていった。

シンは主人の背中を視線で追いかけてから、アイティラと同じように外へ出て行った。

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