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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
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赤い羽根飾り

森の中に断続的な音が響き渡る。

それは弓が引き絞られる時の緊張と、放たれる時の静かな開放による音だった。


風に揺れる金色の髪を煩わしそうにかきあげながら、アレクは腰につけた矢筒から矢を一本引き抜き、弓を正面目掛けて構えた。

狙うは木につけた×印。弓を引き絞るようにゆっくり力をかけていくと、青緑色の光沢を示す弓は新しい持ち主に反発するように抵抗を大きくする。力が限界まで達したところで押さえていた手を離すと、矢は勢いよく一直線に飛んで行った。...×印の少し右に。


だが、そのまま木の横を通り過ぎて行くように思われた矢は、突然軌道を変えた。それは×印の刻まれた木の幹に吸い込まれるように向かっていき、そのまま木に突き刺さった。


「ふう」


胸の中にあった緊張を呼吸とともに吐き出したアレクは、そのままの足取りで木に近づき、なれた手つきで矢を回収する。これはアレクの日課であり、シンを説得した末に得たものだった。


「やっぱり、思った以上に曲がらないな。まあ、軌道を変えられるだけですごい事だがな」


アレクは自身の手にある青緑色の弓を見ながら言った。

この弓は、<操弾>と名乗った帝国人が使っていた弓である。操弾はこの弓を使って、矢の軌道を自由自在に操っていた。しかも、一度に複数本の矢を。

しかし、今のアレクに出来るのは、矢の軌道を僅かばかり左右にずらすだけであり、それでもかなりの集中力と疲労を感じている始末だ。あの帝国人がいかに規格外だったかを、今になって知ってしまった。


「お見事です。アレク様」


離れて見ていたはずのシンが、いつの間にか近くまで来ていたようだ。


「シン、今のはどうだった。なかなか惜しかったと思わないか?」


アレクとしてはシンを説得して弓の練習を始めたため、少しでもいい出来を見せつけてやりたかった。そのことが、アレクの声に無意識な虚勢を張らせていた。


「はい、少しずれていましたが、軌道を曲げた結果命中したので問題ないかと思います」


「そうだろう。僕も少しづつ上達しているんだ。よし、もう一回...」


「アレク様、次は矢の軌道を変えないで射ってみてください」


「なんでだ? せっかくこの弓が特殊なんだから曲げる練習をした方がいいだろう」


アレクの声に、シンはいつもの表情の読み取りずらい顔で言った。


「アレク様、その能力は相手に知られていないことで力を発揮するものです。むやみに使うものではなく、本当に必要だと思った時だけ使うのがいいかと。ですので練習するのはいいですが、曲げることを前提に的を狙うのはおやめください」


「......」


アレクは閉口した後、手の中で矢を転がしてから拗ねたように言った。


「お前に言われなくたって分かってたさ。次は一発で当ててやるからそこで見てろよ」


アレクが次に放った矢は、目印の僅か左に突き刺さった。


***


アレクたちが帰途に着くころには、すでに日が暮れ始めていた。

王城の中での生活を長く続けていたアレクとしては、人々がせわしなく行きかう町を歩いていることは奇異に思えることだったが、すれ違う人間に見下される生活に比べればずっとこっちの生活の方が気に入っていた。

宿に帰れば食事も用意されているだろう。店主の料理は、たまに出される味の悪いシチュー以外はたいてい満足できるものだった。


「この宿にいるんだろ? 部屋さえ教えてくれればいいだけだ」


宿に入ると、宿屋の店主が二人の男に囲まれていた。


「その子に何の用があるのか聞かないと教える気にはなれんな」


「他人には聞かせられない話でね、金をやるから教えてくれ」


「金などいらん!」


店主に詰め寄っているのは二人の内の背丈が大きな方で、赤い羽根飾りが付いた帽子をつけている男だった。もう一人の方は片腕がない男で、少し離れた位置で黙って立っている。

アレクはシンに目配せすると、シンは頷いた。暴力沙汰になりそうだったら、この従者が止めてくれるだろう。とりあえずは様子見しようと考えたアレクだったが、この時に赤羽帽子の男が口にした言葉を聞いて、そうも言ってられなくなってきた。


「黒ローブの女がここにいるってことは知ってるんだ。教えないならずっとここに居座ってやる」


「!」


黒ローブの女と言われれば、アレクの頭に浮かぶのは一人しかいない。

もし想像通りの人物が目的なら、何か厄介ごとを持ってきた可能性はある。

にらみ合っている店主とその男に近づくのは気が進まなかったが、アレクは顔をしかめながらも仕方なく近づいた。


「その黒ローブの女に何の用だ?」


「あ?誰だ」


振り向いた赤羽帽子の男は割と年齢が高そうだった。帽子からはみ出た髪と口ひげは共に白くなっていたからだ。


「その女に何の用があるのか教えてくれればこちらも名乗る」


いきなり高圧的な態度のアレクだったが、帽子の男は少し考えた後にこう返した。


「名前も明かせないやつに教えられる話じゃない」


男の言葉は確かに道理であった。アレクは何処までなら明かせるか考えながら話し始める。交渉術など知らないので、当然言葉は慎重になった。


「僕は...そうだな。お前たちが探している人物を知ってるんだ。それで、力になれると思ってね」


「なんだそうだったのか。 だったら初めから言ってくれればいいものを」


「それで教える代わりに何の用があるのか聞きたいんだ。ただの好奇心だから、誰にも言いふらしたりしない」


帽子の男の目が細まり、アレクに顔を寄せた。後ろでシンが警戒したように身を強張らせたが、男はアレクにだけ聞こえる小さな声で言った。


(実はその女が借金してるから取り立てに来てるってわけだ)


アレクは離れていく男の顔を見ながら、それが嘘だと直感した。明らかにこの男は何かを隠している。

だが、再び目元に帽子の影を作った男は、さも当然の要求のようにアレクに言った。


「こっちは教えたから次はそっちの番だ。その女の居場所を答えな。はぐらかしたりすればよくないことが起きるかもな」


アレクは形式的には教えてもらったことになったので、居場所を言わなくてはいけなくなった。だが、このまま教えてもろくなことにならないと感じていたので、どうにかごまかすことにした。


「あいにくと、そいつは夜中はいつも出歩いているんだ。だからまた朝になったら来るといい」


苦しい言い訳だったが、堂々と言ったことで信じてくれないかとアレクは男を見上げた。

男はアレクの後ろをちらりと見た後、その目元にしわを作った。


「そうか、教えてくれてありがとうな。だが、今日は出歩いてないみたいだ」


「は?」


アレクが呆けた声を出して振り向くと、そこには丁度帰ってきたばかりのアイティラが、不思議そうな顔をしていた。

アイティラは状況が分かっていないように首をひねり、シン、アレク、赤羽帽子の男と順に視線を巡らせ、赤羽帽子の男と一緒に居た片腕が無い男に視線を止めてじっと見つめ始めた。見つめられた男は額に汗をかきながらも、アイティラを睨み返している。


「ここで話をしてもいいんだが、他に聞かれるとまずいんじゃないか。そっちも」


赤羽帽子の男が意味ありげに言ったことが気になったが、どっちみち宿の入り口でこれ以上問答しているわけにもいかず、一度場所を移すしかなさそうだ。


「とりあえず僕らの部屋...は狭くて入りきらないな」


アレクたちの使っている物置部屋は狭すぎたので、結局アイティラが使っている屋根裏部屋に移動することにした。道中、片腕の男をアイティラがじろじろ見ていたが、結局なにも起こらずに済んだ。


屋根裏部屋には、簡易ベッドが一つと棚が一つだけだった。椅子もないため、寒い部屋の中で立ち話をするしかないようだ。かと思えば、赤羽帽子の男だけが構う様子を見せずに床に座り込んだ。


「さて、やっと会えたわけだ」


それはアイティラに向けての言葉だったが、アイティラはいまいちよく分かっていない様子だ。


「あなたは誰? それとそっちの腕が無い人、どこかで会ったことある?」


指名された片腕の男は、怒りの為かその目を充血させるほど睨みつけたものの、口を開閉させるだけで言葉は出なかった。それを遮るようにして、赤羽帽子の男がおもむろに話し始めた。


「そこから話さなくてはな。まず俺の名はゼルフォンスだ。盗賊団の...いや、傭兵団の頭をしている。こっちの腕がないやつは俺の仲間で、つい最近あんたに腕を奪われたんだ」


あまりにも自然に放たれた言葉にアレクは驚いてアイティラを見た。当たり前の反応だ。

だが、アレクの困惑をこの場にいる人間たちは待ってくれないようで、赤羽帽子の男の話は続いて行く。


「こいつのことはいいんだ。早く本題に入りたいからな。それで本題だが、俺たち傭兵団の仕事に協力してもらいたいんだ」


「協力だって...?」


アレクは警戒した様子で男を見た。


「ああ、俺ら傭兵団は今一つの依頼を抱えている。だが、それがどうも上手くいっていない。このままじゃあ、報酬の大金を逃すことになってしまう。そこで、協力をお願いしたいってわけだ」


「は、なんで僕らが...」


「その依頼ってのが、クルーガー侯爵領内の村の人間を捕えるか殺せってやつだからだ」


この言葉にアレクの思考は少しの間停止したが、言葉を理解した瞬間、アレクは驚きのあまり声を漏らして男を見た。座っていることと帽子が邪魔なことで男の表情は見えなかったものの、落ち着き払った男の顔が透けて見えるようだった。


「そっちの女が妨害したことも仲間を殺したことも、これで帳消しにしてやる。だから保護した村人連中を俺たちの所まで連れだしてくれ。そうしてくれれば、後はこっちでやっておく」


声色を変えずに恐ろしい事を言う男に、アレクは信じられない思いで一歩距離をとっていた。

いつの間にか気圧されていたアレクだったが、そこに怒りを含んだ別の声が聞こえて来たところで我に返った。


「そんなこと、するわけないでしょ」


赤い羽根付きの帽子が上がり、少女が手に持っている赤い剣を視界に収めた。

帽子の男はそれでもなお続けて言った。


「これは悪い取引じゃない。引き渡してくれれば依頼主から渡される報酬も分けてやるし、そうした方が結果的に不幸になるやつは少なくて済む」


アイティラの目が細まり、その瞳が危険な赤に輝いた。

アレクもそんなアイティラを見て、いつもの不遜さを取り戻したのか、男に向かって突き放つように言ってやった。


「...僕も認められないな。 確かに僕らの陣営の資金は厳しい状況だが、だからと言って力の無い彼らを売ることなんてしない。そのくだらない取引に付き合うつもりはないね」


このアレクの言葉が決定的な破局を告げた。

アイティラは赤い剣を持ったまま帽子の男に近づいていく、片腕を奪われたといわれた男が、睨みながらも怯んだように少女から距離を置いた。しかし、帽子の男は動揺したそぶりも見せずに、たった一言で少女の動きを止めた。


「やめた方がいい。 俺らが生きて戻らなきゃ、大変なことになる」


「へえ、どんな風に?」


「そうだなぁ。町の周りを取り囲んでいる俺の仲間が一斉にこの町になだれ込んでくるとかか?」


男は殺される心配はないと思っているのか、その言葉には妙な自信が込められていた。それが、男が語った言葉が虚勢ではないことを物語っていた。


アイティラは剣を持つ手を一度下げた後、葛藤したようにその場を動かなかった。

アレクから見ても、こうなってしまえば手を出せないと感じていた。だが、アイティラは悩んだ挙句に、それでも目の前の男を殺そうと剣を振り上げたため、これにはアレクが咄嗟に飛び掛かって止めることになった。


「落ち着け! 今ここで殺したらどうなるか...」


「まだ時間はあるでしょ?だったら、こいつらを殺した後にそっちも殺しに行けばいいだけ」


「そんな無計画な!」


アイティラとアレクが争っている間、元凶の男は静かに笑ってから立ち上がった。


「別にすぐに決めなくていい。俺はこの町のどこかにいるから、取引に応じる気になったらいつでも言ってくれ。そう遠くないうちにその時が訪れると思うがな」


帽子の男が去っていき、残された片腕の男もそれについて行った。

片腕の男は最後にアイティラを睨みつけると、憎しみのこもった言葉を投げつけた。


「そうしてられるのも今の内だ。この化け物」


二人の招かれていない客が帰った後、追いかけたらまだ間に合うと言うアイティラと、それを止めるアレクの問答が続いたが、結局アイティラの行動は実現しなかった。

アイティラの行動を止めたアレクだったが、アレク自身も本当の所は悩んでいた。どうせ敵対することになるのなら、アイティラの言ったことを実行するまではいかなくとも、あの場で何か行動を起こした方が良かったのではないかと。


「赤剣隊に伝えて...冒険者ギルドも協力してくれるか? 外部の人間を町に入れないように掛け合ってみる必要も...だが誰に?」


ここでアイティラを止めた判断が、今後どうつながっていくのかは分からない。だがそれでも、アレクは現状打てる手を考えるために、心労を費やすことになった。

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