野盗討伐
野盗たちのリーダー格の男は、もともとは農民であった。それは仲間たちも同じで、皆似たような出自だった。盗みを始めたきっかけは、生きていくのに苦しくなったからであり、それから人を襲っては奪いそれで食いつないできた。人を殺すことはめったにない。もし殺したりすれば、人通りが減るか護衛を付けられ、益にならないわかっているからだ。
自由気ままに場所を変え、人から奪ってはまた別の場所に移動する。それが彼らのやり方であり、彼らの生き方であった。あの男から声をかけられるまでの。
野盗たちの動きは速かった。いままで何度も繰り返したことであり、それが生きていくのに必要な術であったから。斜面を駆け降りる速度を落とさずに、そのまま荷馬車を包囲するように大きく回り込んでいく。
荷馬車が野盗たちの存在に気づき車輪を止めたがもう遅い。その頃には包囲が完了しており、たどってきた道には目をぎらつかせた男たちが余裕を表すように歩きながら近づいてくる。
荷馬車の御者台に居たのは、ふくよかな男であった。
互いの顔が良く見える近さまで包囲を縮めた野盗たちを見て、その顔は青くなっている。
「無駄な争いはしたくねえんだ。持ってるもの全てここに置いてきな」
野盗のリーダー格の男が剣に手を添えながら言った。
いつもであれば、この後には大抵すんなりと置いて行ってもらえるものだ。だが、この商人に思える男は恐怖で口がきけなくなったのか、何も言わずに後ろの幌付きの荷台を気にするように見るだけだ。
これに苛立ったのか、野盗の一人が商人風の男に詰め寄り、剣を突き出して怒鳴った。
「おい、さっさとそこから降りろ!死にてえのか!」
「ひっ!さ、差し上げます!すべて、すべて差し上げます!」
剣を差し向けられた途端、御者台にいた男は慌てて降りようとして地面に転がった。
土で汚れた商人風の男は、怯えたようすで盗賊たちを見上げている。
「わかりゃいいんだよ。恨むなら護衛を雇う金を惜しんだ自分を恨みな」
「リーダー!俺が中見てもいいですか!」
荷台の丁度後ろに居た男が、期待するような声を上げる。
「好きにしろ」
「へへっ、何が入ってやがるんだぁ?」
そのまま男は荷台に近づき、荷台を隠していた布をめくり始める。
しかし、その動きはすぐに止まった。
「おい、どうした?」
「人が乗ってる...?女だ!女が乗ってるぞ!」
興奮したようすの声が聞こえて来た。
リーダー格の男はその言葉に地面に落ちた商人風の男を見た。この男の娘だった場合、守るために必死に抵抗されるかと警戒したのだが、男は先ほどと変わらないまま怯えて縮こまっているだけだった。
そうこうしている内に、荷台を確認した男は上半身まで入り込んでいる。
「ちびっこくてみすぼらしいが、まあ使えは...」
だが、言葉が途切れると同時に男は荷台の中に引きづりこまれるように消えていった。
「あ? いま、どうなって...」
呆けた声を出したリーダー格の男は、たったいま男が消えていった荷台に視線を向けた。
するとその布がめくり上がり、中から人が出て来た。だが、現れたのが消えた男ではなく小柄なローブ姿だったことで、その表情が困惑を形作る。
「おい、今どうなってる!?」
リーダー格の男は、荷台の中にいるはずの男に声をかける。その声がなぜか焦ったものになっていたことに、本人は気づいていない。
声は中まで十分聞こえる大きさだったものの、荷台から声は返らなかった。となると、荷台から出て来たこのローブ姿に聞くしかない。
「さっき入ってった奴はどうしてる?」
黒いフードの下から赤い瞳が覗き返した。
「あなたたちが噂になってる盗賊?」
その声を聞いた瞬間、リーダー格の男は違和感を覚えた。
それは少女の声だったが、本来そこに含まれてるはずの恐怖の色がかけていたからだ。
理解できない違和感が、男の足を一歩下がらせていた。
「聞いてるのはこっちだ!?さっさと答えろ!」
他の仲間たちは違和感に気づいていないのか、少女から距離をとることはしていない。
むしろ、様子のおかしいリーダーの姿に不思議そうな視線を向けてすらいる。そして、その中の一人がその少女に近づいた。優位に立っていることを自覚してか、その声には侮蔑の色がある。
「大人しくしてろよ。そうすりゃ...」
だが、そこでおかしなものを目撃して足が止まった。
ローブ姿の少女は先ほどまで何も持っていなかったはずだ。
そのはずなのに、なぜか初めから存在したかのようにその手に不気味な赤の輝きがあったのだ。
その輝きに、野盗たちは目を奪われ、リーダー格の男だけが顔を引きつらせて叫んだ。
「逃げろ!」
その声が合図となり、呆けたように見入っていた二つが崩れ落ちた。
突然の脅威に反応できたのは一人だけで、その他は地面に落ちる仲間の姿を追うことしか出来なかった。
リーダー格の男は、崩れ落ちる音を背後に聞きながら丘上めがけて駆けあがる。あそこなら、木々の間に逃げ込めさえすれば追跡されることはないと、無意識の経験が教えてくれていた。
乱れた息を整える間もなく、頭の中が理不尽に対する罵詈雑言で埋め尽くされる。
(なんだあれは! なんであんなのが居やがるんだ! あの話は本当だったのか!?)
思考が空回り、自分の周囲の音すら入り乱れる楽器の音色のように分からなくなった。
背後の恐怖に負けた男がふと後ろを振り返ると、そこにはこれまで共に過ごした仲間たちの動かない姿があり、そしてそれを成したものが離れた距離を急速に縮めて来ていた。
「ふざけるな! 来るんじゃねえ!」
このままだと追いつかれる。それが分かっていながらも、真っすぐ走るしか出来ることが無く男は必死に前へ逃れようとする。
いつ追いつかれるか分からない恐怖に押されるまま、気づけば丘上目前のところまで来ていた。このまま入り込めば逃げられる。その気持ちに勇気を奮い起こされ、男は再び後ろを振り向いた。
しかし、現実は非情であった。
先ほどよりも距離が縮まり、たとえ木々に身を隠しても逃れられないと悟ってしまった。
こちらを捉える赤い瞳が、なおも向けられていたからだ。
自分の運命を知ってしまった男であったが、ここで不思議なことが起きた。
追いかけていたそれが突然振り返り、止まっていた馬車の方に気をそらしたのだ。
この幸運を男は逃すことはなく、必死に逃れようと足を動かす。
そして、ついに木々の入り組む森の中に入り込むことが出来た。
その瞬間、突然男はバランスを崩しよろけてしまった。
それと同時に、身体が思うように動かなくなる。どうしてかを理解する冷静さを男は失っていたが、視界に入り込んできたそれによって理解してしまった。
赤い槍のようなものと共に吹き飛ぶ人の腕。そして、まき散らされる新鮮な赤。
男はよろけた足を必死に動かし、さらに奥へ奥へと走って行った。
***
アイティラは馬車の前で倒れている盗賊の男を見下ろしてから、丘上の木々に覆われている場所を見た。
一人逃げ出した男がいたため殺しておきたかったのだが、協力してくれた商人の男が襲われてしまったためすぐに引き返すしかなかったのだ。引き返す直前逃げている男目掛けて赤い槍を放ったが、それが当たったのかも分からない。
視線を戻すと、そこには商人に襲い掛かった盗賊の男が血を流して倒れていた。
商人の男が危険な状態だったため、手加減などしていられなかった結果である。
「喋れる?」
「あ、ぅ」
後で話を聞くために一人だけ殺さずにおいたのだが、その一人がこの様子だと聞き出すのは難しいかもしれない。アイティラの瞳が妖しい赤色に輝いた。
「クルーガー侯爵領にある村が野盗に襲われたのは知ってる? あれ、あなたたちも関わってるの?」
「....」
「あなたたちの仲間はここにいるので全部? ほかに仲間はいるの?」
「......」
男はアイティラを焦点の合わない目で見ていたが、何もしゃべることはなかった。
そして、周囲に視線を走らせて、仲間の死体を見渡した後ぽつりとつぶやいた。
「りーだーは...逃げれたのか...」
それが男の最後の言葉となった。
反応のなくなった男を地面に置いたアイティラは、隅で固まったままの商人の男に視線を向けた。
すると男は飛び跳ねるように立ち上がった。
「仕事は終わったから、町に帰ろう」
「は、はい!」
「帰りもまた面白い話を聞かせてくれる? こんどは血が流れない話を聞きたい」
「え、ええ、ありますとも、ありますとも...」
冒険者ギルドの作戦に協力してくれた善意の商人は、血の気の引いた顔のまま、のそのそと御者台に上って行った。
 




