ダリエルの町の冒険者
ダリエルの町にやってきたアイティラだったが、それより前にこの町に来ているはずの人たちがいる。
しかし、何処にいるのかは知らされていなかったため、アイティラはあてもなくさまよっていたのだが、ついにそれらしき場所を見つけることが出来た。
なぜその場所だとわかったのかと言えば、隣接している家屋と同じ構造、同じ高さをしていながら、正面に赤い剣を模した旗が己の存在を大きく誇示していたからだ。しかも、そこを出入りしている人たちが、皆粗末ではあるが帯剣し、自警団さながらあたりを徘徊しはじめれば確定だと言っていい。
町の人々がその建物から距離を置いて歩いていることが気になったが、とにかく目的の人物に会うのが先だと思い、その目立つ家屋に入ることにした。
建物の前にいた赤剣隊の者たちは、小柄な黒ローブの姿を見てすぐに気付いたのか中に入ると一人の人物を引き連れて来た。自信なさそうな足取りで出て来た栗色髪の頭が上がると、その目が大きく開かれ、アイティラの前まで駆けよってきた。
「あ、あ、アイティラさん。もう来てたんですね。えっと、そちらは大丈夫でしたか? あの方たちの方は...」
現れたのは、一足先にダリエルで活動を始めていた赤剣隊のレイラだった。
あの方たちとは、エブロストスまで護衛してきた村人たちのことだろう。アイティラは、村人たちを無事に連れて帰れたことを伝えると、レイラは胸を撫で下ろして安心した様子だ。どうやら心配していたらしい。
「こっちは大丈夫なの?」
アイティラは壁掛けの大きな旗を気にしながら聞くと、レイラは途端にその顔を曇らせた。
「それなのですが、あの、あまり良くは無いです。こっちの町に来てから、赤剣隊の数は全然増えてませんし、あの、あまり受け入れられていないようです」
肩を落として話すレイラからは、落胆の色が感じられた。
アイティラは、話を聞きながら一つのことを思い出した。バルトと酒場で話したときのことだ。
バルトは赤剣隊のことを明らかによく思っていない様子だった。赤剣隊を町に争いをもたらす火種のように言っていたのを思い出す。
そのときはバルト一人の考えだと思っていたが、もしかするとそれがこの町の共通した認識なのかもしれない。この町は、あの夜に多くの血を流した。だからこそ、再び血が流れることを恐れて、外から入ってきた赤剣隊を受け入れがたいのかもしれない。
ただ、彼らがそう思っていても、早急にこの町を味方につけなければいけない理由が赤剣隊にもあるのだ。
「味方を早く増やさないとまずいことは、私でも分かっているつもりです。こ、このまま負けて、全てを奪われることだけは避けたいですから」
レイラが俯きがちに言った。
アイティラはその様子を見て、一言だけ口にした。
「手伝いは必要?」
その瞬間、ハッと顔を上げたレイラは、三度頭を振ったあと突然大きな声を出した。
「い、いえ! 必要ないです!」
そして、驚いている様子のアイティラの顔を見て、慌てたように言葉を修正した。
「あ、いや、必要ないってのは、拒んでるとかじゃなくて、その...」
言葉尻が小さくなっていき、ついにはどうにか聞き取れるくらいの大きさで呟いた。
「わ、私も、少しは頑張ろうと思うんです。 助けられてばかりでなく、少しは自分でも...」
「...分かった。じゃあ、必要な時は呼んで」
「は、はい」
レイラの返答は自信にあふれるものではなかったが、それでも決意を感じさせた。
別れた後、アイティラは建物に入っていくレイラの背を見たが、赤剣隊の仲間たちに迎えられている様子を見れば、こちらは問題はなさそうに思えた。
あれでもレイラは赤剣隊の隊長なのだから。
宿に戻ると、そこではアレクとシンが一階のテーブルを囲んで何やら話していた。
テーブルの上には見慣れない青緑色の光沢をした弓が乗っており、話し声が一部アイティラのもとにまで聞こえて来た。
「アレク様が戦う必要などありません。自分がアレク様の身をお守りしますので」
「だからといって、戦うすべを知らなければお前が居ない時危ないじゃないか」
「片時も離れなければ問題ありません」
「だが!そもそも戦いに勝てなければ、いくらお前がいたところで無意味だ!それを考えると、僕も戦えるようになった方がいいだろう!」
アレクが声を荒げることはよくあるが、それが従者に向けられることは珍しい。
そして、主人の言葉に対して固く否定をするシンの姿も珍しいものだった。
アイティラは二人に気づかれることなく、自分の部屋となっている屋根裏部屋に向かいながら考えた。
レイラ・レーゼはこの町で、味方を増やすため頑張っている。
コーラル伯爵も、カナンの町で同じように頑張っているのだろう。
二人に限らず、赤剣隊と伯爵の兵士たちもそれは同じだ。
そして、今しがた、あの第二王子でさえ戦うことを覚えようとしていた。
「......」
アイティラは宿を出て、何度も通った道を進んでその建物の前で立ち止まる。
赤いブローチがついていることを確認し、扉に手をかけた。
扉についていたベルが、カランコロンと心地いい音色を響かせた。
***
街道を見下ろせる丘の上で、木々に身を隠した複数の男たちが暇な時間を過ごしていた。
この街道はダリエルの町ともう一つの町を結ぶ道であり、ここは彼らの狩場であった。
ダリエルの町で噂されている野盗たちは、この場所を通る獲物のことを思い、長い待ち伏せの時間を耐え忍んできた。しかし、ついに一人から不満が漏れる。
「さすがに噂が広まりすぎたんじゃないですかね?全然通らないし、通るとしても冒険者を護衛につけた奴ばかり。場所を変えましょうぜ」
不満をぶつけられたのは、彼らのリーダー格である男であった。
しかし、その男は不満を漏らした男をじろりと睨みつけた後、考えるそぶりすら見せずにすかさず言った。
「変えられるわけねえだろ。もう金はもらっちまったんだ。それに、もうしばらく続けてればまた金が入る。何の不満があるんだ」
「そりゃ...」
言いよどんだ男に向けて、リーダー格の男はあきれたように言った。
「俺は生きるために他の奴らから奪ってるんだ。遊びで奪ってるわけじゃない。危険を冒さずに飯が食えるなら、そっちの方がいいじゃねえか」
不満を口にした男は黙り、周囲の仲間たちもしぶしぶ頷く。
それを気にしたのか、リーダー格の男は一言付けたした。
「だからといって、護衛もなしに能天気に歩いてくる奴らがいたら、見逃してやる理由もねえ。次に奪ったものは、みんなお前たちにやるよ」
一人が嬉しそうに口笛を吹きならし、それによって、不満も少しは柔らいだらしい。
暇によってすり減っていた気力がわずかばかり回復し、一人が再び街道を眺めると、そこに人の姿があって喜びの声を上げた。
「来たぞ!護衛は一人だけ!でもあれは...」
しかし、その喜びの声はしおれてしまう。
街道を通る荷馬車はダリエルの町の方向に進んでいる。発見した男がリーダー格の男に視線を向けると、頭を振りながらため息がもたらされた。
「ありゃだめだ」
「でも、護衛は一人だし、物資も多そうですが」
「それでもだ。ダリエルから出てくる奴は襲ってもいいが、入っていく奴に手を出すなというのが向こうの指示だからな」
「...何の意味があるんです?」
「俺が知るわけねえだろ」
リーダー格の男は再び頭を振った。
これでまた、獲物が通るのを待つことになるわけだ。
"護衛が少ない"、"ダリエルの町から出てくる"という二つの条件を満たした獲物を。
これが、彼らを悩ませている暇の原因だった。
だがしかし、彼らの辛抱に味方したのか、ついにその対象が現れた。
「また来た!今度は護衛なし!ダリエル方向からだ!」
その声に、全員がついにかと笑みを浮かべる。
待ち続けたことにより、その瞳に獰猛な色が浮かぶ。
「よし、行くか!」
リーダー格の男の声により、身を起こした彼らは丘の傾斜を駆け降り、いつもの略奪に及ぼうとした。
彼らは知らない。彼らもまた、赤の二対の瞳に見られていたことを。




