旅立ち
「さようなら、オスワルド。」
そう言って少女は、老人に顔を近づけた。
少女の小さな口にある小さくとがった牙が、首筋に突き立つ。
そうして少女は老人の血を吸った。
太陽の日差しが降り注ぐ中、少女の姿が変わっていく。
少女のきれいな深紅の目は、瞳孔が縦に割れ、爬虫類のような印象を与える目に変わる。
背中からは漆黒の何かが伸びて、それは次第に蝙蝠の羽のような形になっていく。
そして、幼い少女の顔は変わらないものの、どこか艶めいていて自然と目を奪われてしまうような雰囲気になる。
その姿は、根源的な恐怖を呼び起こすと同時に、とても美しく魅了される姿だった。
「ねえ、オスワルド。
この姿になってから、また一つ思い出したことがあるの。」
オスワルドは何も答えない。
彼はすでに息を引き取っているのだから。
それでも吸血鬼--アイティラは、オスワルドが知りたがっていた記憶を少しでも思い出せたことがうれしかった。
そうしてアイティラは、自身が思い出した記憶を、オスワルドに語って聞かせた。
***
真夜中の森の中、サクッ、サクッという小さな音が響き渡る。
その音の正体は、何かが地面を掘り返す音だった。
アイティラは、魔術で作り出したまがまがしい深紅の剣で地面を掘り返していた。
そうしてしばらく掘っていると、地面に大きな穴が出来上がった。
アイティラはそこにオスワルドを静かに横たえると、今度はその上に土をかぶせていった。
最後の仕上げとばかりに、彼が持っていた魔術師らしい杖をその上に突き立てる。
「オスワルド。
あなたは血を吸われることで、わたしの血肉となり共にいられるといったよね。」
その声にこたえる者はいない。
アイティラは先ほどまでの姿と違い、漆黒の羽はなく、目もかわいらしい深紅の目に戻っている。
「だったらわたしの中で、わたしの活躍をみててよ。
あなたが与えてくれた自由で、あなたが願ってくれた自由を見つけるからさ。」
その声は泣き虫な少女ではなく、力強さを感じさせる声だった。
いつの間に夜が明けていたのだろう。
まぶしい朝日が森の中を照らし始める。
少女はオスワルドからもらっていた魔術師らしいローブを握り、少しだけ何かをこらえるように震えていた。
そうしてオスワルドに背を向けて、深い深い森の中を見据える。
「行ってきます。」
そう一言呟いて、少女は足を進めた。




