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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
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合流

エブロストスの大きな城門前で、年齢がバラバラの四人組が集まっていた。

それぞれの表情は厚い雲によって覆われているように暗く、ただ一人フードで顔を隠した人物だけが表情を伺えないだけであった。そんな陰惨漂うなかで、最年長である老人が日に焼けた皺のある顔で、最年少組の片方に説明を始めた。


「わしらが隠れ場所に選んだのは道中の岩場にある洞窟で、ここからだと四日はかかる位置にあります。食料も逃げるときにそれほど多くは持って来なかったので、急がなければたどり着く前に尽きてしまうでしょう」


そう説明した老人の顔には終始不満と困惑が見え隠れしていた。本人は一応隠しているつもりなのかもしれないが、説明された側のアイティラにははっきりと分かってしまった。

その理由は、アイティラでもある程度は想像がつく。村人側にしてみれば、生き残るために必死に手を伸ばした相手がたった一人しか戦力を送ってくれなければ、見捨てられたと感じることはあるだろう。それも、アイティラは普通にしていればただの少女にしか見えない。不満どころか、見捨てられたとの考えから怒りすら抱かれているかもしれない。


だが、村人たちにも考えがあるように、アイティラにも考えがあった。

アイティラにとっては、困ってそうだったから手を貸しただけであり、それで不満をぶつけられるのはおかしなことであった。なにより、アイティラはエブロストスを離れたレイラたちに早く合流したかったので、この問題はすぐに終わらせてしまいたかった。レイラの行先はダリエルの町だという。別に何があるわけでもないが、ダリエルという名前の響きに妙な不安を感じるのだ。


「じゃあ、すぐに出発しよっか。その洞窟はどっちにあるの?」


「方角としてはあちらで...」


老人の骨ばった指が指し示した方角を見ると、アイティラはそっちに一歩目を踏み出した。

だが、アイティラが進んでいくにも関わらず後ろからは足音が続くことはなく、アイティラは振り返ることになる。不満顔で振り返ったアイティラを迎えたのは、おかしな表情でこちらを見ている三対の目だった。


「たしかに洞窟はそちら側にありますが、その道だと近くに町がなく...。それに、森沿いに進むことになると、この人数だと危険で...」


「食料は用意したんだから町に寄る必要はないし、森から何か飛び出しても守ってあげるから」


「いや、しかしですな...」


老人はなかなか納得した様子を見せずに抵抗を続けてくる。それに段々と苛立ちを募らせ始めてきたアイティラは、"方角は分かったんだし一人で向かおうかな"といった考えが脳裏に浮かび始めてきた。だが、城の中では一言も喋らなかった中年の男が、ここで老人だけを手招きして二人で場所を離れたことにより、アイティラは不満を表すことが出来ずその場で待たされることになる。老人を呼んだ男がアイティラを気にした様子を見せつつ離れる姿は、こちらに聞かれたくない話なのだろうことを示していた。


「ここは従うしかないでしょう」


「何を言う。あの年端も行かない少女を信頼するのか?あの姿で、魔物や狼を退治してくれると」


「そうではないですが、伯爵様が遣わした人ですし心証を悪くすることは避けた方が...」


「そのために、わしらの命を危険にさらすというのか?」


「仕方ないでしょう。戻って、まともな兵士を出していただくよう説得しなおすわけにもいきませんし、ここは従ったほうがいいです。それに、洞窟で待っている皆の食料が残り少ない事も確かなんですから」


「...わしらは見捨てられたんだろうか?助けてくれると思うたのに、結局あの人も他のお貴族様と変わりはない。いや、一人送ってくれただけでもまだましか。役に立たなそうな乙女だがな」


アイティラから離れた場所で、二人はそんな会話をしていたがアイティラの耳には届いていない。

二人の村人が欠けている間、仕方なくアイティラは待つことにしたが、そんなアイティラを見続けている視線に気づいてそちらを向いた。

それは、アイティラと同年代か少し下に見える少年だった。その目には、少なくとも好意的なものは無いように感じられた。アイティラと目が合うとその目をそらし、何も話さないという意思表示のように口をつぐんでいた。


やがて、二人の村人の話がまとまったらしく、洞窟の方へ向けて真っすぐ急ぎで向かうことになった。


***


大きな岩がいくつもぶつかって巨大な塊となった岩場に、隠されるようにその空洞は口を開けていた。

空洞の正面にある岩が、遠くから向けられる視線を遮り、さらに鬱蒼とした木々も外部からその場所を隠すように手を広げている。


この空洞は、常であれば風も入り口近くを通り過ぎるだけで、静かにその暗い口を開けているだけだったが、今はいくつもの音が低く響いていた。

なぜなら現在この洞窟は、襲撃された村人たちの逃れ場所として、百を少し超える人数を内部に迎え入れていたからだ。


その空洞内を満たす音にはいくつかあったが、それらは必ずある感情を帯びていた。


「私たち、助かるんでしょうか?」


何度繰り返されたか分からない言葉が、今再び発せられた。


「大丈夫だ。あの三人が助けを呼びにここを出たのを見ただろう。きっと伯爵様がわしらに助けを送ってくれる...」


「でも、その伯爵様も信用できるんですか?」


「何度も同じことを言わせないでおくれ、信用しなくちゃ他に逃げる場所がないんだ」


そう言葉を締めくくると、初めに不安を漏らした女は黙り込んだ。それを見て、宥めた側は疲れたように、自身の禿げた頭を撫でまわした。そんな時だった、外から駆け足で見張りの男が戻ってきて、皆に知らせるように言ったのは。


「誰かがこっちに向かって来るッ!」


男が口にした瞬間、洞窟のいたるところで座っていた逃亡者たちの顔に緊張が走った。男はすぐにまた外へ出てしまい、洞窟内に不安のみを残していった。先ほどまで村の一人の不安をなだめていた禿げ頭の老人も、その後を追うように外へ向かった。


「誰かというのはどこにいる?」


背後から声をかけられた見張りは、肩をはねさせたのち闇の中を指さした。


「村長、あれです」


禿げ頭の老人が指の先を見ると、そこにはたしかに揺れるように動く一つの火があった。それが、真っすぐにこちらに向けて進んできている。


「まさか、奴らにバレたんでしょうか」


見張りの声が震えていたが、禿げ頭の老人の声は明瞭だった。


「居場所がばれたのならもっと大人数で来てもおかしくはない。ならば、まだそう考えるのは早いじゃろうて」


「でも、間違いなくこっちに向かって来ていますよ!」


見張りの抑えた声には切迫感が宿っていた。そして、一見落ち着いて見える禿げ頭の老人の方も、その声につられるように内心の焦りは増していく。しかし、その焦りも長くは続かなかった。

彼らの焦りはやがて見えるようになった人影が四人であったことで薄らぎ、炎が照らしだす姿が知っている人物たちのものであったことで安堵へと変わったのだ。


到着した四人を迎えた禿げ頭の老人の顔には、汗がいくつも浮かび上がっていた。


「まったく、驚いたわい。寿命が二十年は縮んだ」


アイティラを迎えた言葉はそれだった。禿げ頭の老人は、エブロストスまで助けを呼びに行った三人の顔を順番に見回し、見慣れない顔であるアイティラの上で止まった。


「この子は一体?」


「伯爵様のもとまで行って、助けを呼んできたんだ。この子は、伯爵様が遣わしてくれて...」


三人組の最年長だった男が説明すると、禿げ頭の老人は深く息をついた。


「そうだったか、助けを送ってくださったのか。それは良かった。して、その助けはどこにいるんだ?」


「この子がそうだな」


最年長の男はそう言ったが、禿げ頭の老人は首をひねってもう一度聞いた。


「この子のことは分かった。それで、送ってくださった兵隊さん方はどこにいるんだ」


「助けというのはこの子一人だ」


その瞬間、喜びと安堵を浮かべていた禿げ頭の老人の顔が固まったように見えたのは、アイティラの見間違えではないであろう。


「エブロストスまでの道のりは私が守ってあげるよ」


アイティラがそれに気づかないふりをしていうと、老人は何度もうなずいた後に奥に入って行ってしまった。その後は、アイティラも広い洞窟内に入って、幾人もの視線にさらされた。初め、村人たちは見慣れない少女を奇異の視線で見ていたが、やがて話が広まったのか、失望と不安の色が混じっていくようだった。


いくつもの視線にさらされた後、少女は禿げ頭の老人と幾人かを交えて話し合い、夜明けとともにエブロストスへ向けて出発することが決まった。食料もすでに底をつきかけており、アイティラがここに来た以上、この場に留まる意味もなかったからだ。そんなわけで、村人たちからは一応伯爵へ向けた感謝の言葉がアイティラに送られたが、本心から言っているようには聞こえなかった。それは、話し合いの後に案内されたアイティラの寝床が、入り口に一番近く冷たい風がちょうど当たる位置であったことが証明していた。


アイティラは仕方なくそこに腰を下ろして、ぼんやりと洞窟の中を眺めた。意外に広い洞窟内には、襤褸布を纏ったような村人たちがそれぞれ幾人かで固まっていた。そこではいくつものささやきが交わされ、決まって暗い表情になる。起きていても意味ないからか、それとも明日の出発に備えてか、いたるところで岩肌に横たわり動かなくなった彼らの姿は、泥で汚れた格好のせいで死体のような印象を放っていた。


アイティラも眺めるだけしかやることが無かったため、早々に意識を手放そうとしたところで、誰かの声が向けられて意識を保つことになった。


「どうしたの?」


アイティラに声をかけたのは、エブロストスまで来た三人のうちの最年少であった少年だ。


「...そのままでいいの?」


少年は力ない声でそう言ったが、アイティラは何について聞かれたのかよく分からなかったため聞き返した。すると、少年は地面に座ったアイティラを見下ろす形で言った。


「一人でこんな場所まで来させられたことについてだよ。向こうには兵士の人もたくさん居たはずなのに、君だけがここまで来させられた」


少年の言葉に、アイティラは首を傾げた。


「ここまで来たのは私が決めたことだし、兵士の人たちが居なくても問題はないよ」


「そんなはずないじゃん。あいつらが襲ってきたらどう立ち向かうっていうの。君はあのお貴族様に見捨てられたんだよ、僕たちと一緒に」


アイティラは伯爵の悪口を言われたように感じて、少年に敵意を向けそうになったが、少年の目に暗い影が出来ているのに気づいてそれをやめた。それが、少年の言葉を続けさせることになった。


「お貴族様はみんな同じだ。君と一緒にいたあの伯爵様も、他と変わりはしない。いつも、僕たちには目もくれないのに、しっかり苦しめることだけはするんだ。領地の端にある村なのに、わざわざ人を寄越して少ししかない作物もみんな奪ってくんだ。そして今度は、僕の両親までッ...」


「あなたたちの村を襲ったのも、本当にその貴族なの?」


「それ以外に誰が居るんだよ!僕たちの村には奪えるようなものはもうなかったのに。それでも襲うのは、僕たちを人だと思ってないあいつらだけだ」


ついに少年は、お貴族様という言葉からあいつらと口にするまでに至って、ようやく熱が冷めて来たらしい。最後に、アイティラに向けた目には、わずかばかりの同情が宿っているようだった。


「僕の言葉を、伯爵様に言いつけるのも好きにしたらいい。ただ、伯爵様のいいなりになっているのは、よくないと思うよ」


少年を黙って見送ったアイティラは、少年に怒りを抱くでもなく地面に身を預けた。


「外から見たら、私たちはそう見えることもあるんだね」


アイティラにとっては、伯爵と主従の関係になったつもりはない。伯爵の方も、アイティラをそういう風に見ていることはないだろう。だが、伯爵個人の人柄をあまり知らなければ、他の貴族の悪印象に引っ張られて、一種の偏見を生んでしまうことだってあるはずだ。エブロストスやカナンの町では、伯爵が直接統治したこともあるため住民は伯爵へ信頼を向けているが、それ以外の町の人たちは伯爵への信頼はそこまでないのかもしれない。


そのことが、これからにどう影響していくのか分からなかったが、あまり考えると疲れてしまうのでアイティラの頭からその考えは薄れていった。

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