表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
82/136

再会

帝国との戦いが終わり、熱を宿した平穏がエブロストスに訪れた時、この都市に小さな噂が広がった。

それは一人の靴屋の主人の話に端を発している。


「わしは皆が伯爵様を見送るために城門に集まっていた時、腰が痛くて店に残ってたんだ。そしたら外から大きな音が聞こえてきたんで音の方に向かってみると、二人の人間が戦っているようだった。どちらも目にも留まらぬ速さで、恐ろしく烈しく火花を散らしておったわ。わしが誰かを呼びに行こうとしたときにはすでに終わっとって、どちらも血を流しながら離れて行ったよ。ありゃ、いったい何だったんだろうねぇ」


この話は、エブロストスの一部の人々の間に伝わったがそれ以上は広がらなかった。

人々にはそれがさして重要なものであるとは思えなかったし、華々しい勝利に不穏の影を差すことを嫌がったからだ。

この噂はやがて人々の間から忘れ去られ、再び話題に上ることもなかった。


***


アレクはエブロストスの大通りを、あたりを探るように見回しながら進んでいた。頭まですっぽりと隠した茶色の地味な外套が視界を制限して煩わしさを感じながらも、アレクは後ろについてきているはずの同行者を振り返った。


「なに?」


不機嫌さを隠そうともしない同行者は、初めて見る刺繡入りの白い服を着ているアイティラだった。仲がいいとは言えないアイティラと一緒に出掛けているのは、アレクにとって大きな理由があるからだ。

この二人きりの状況を作り出すために、アレクがどれだけ苦労したことか。


ちなみに、この外出の目的は "エブロストス内の状況視察" となっている。

戦意の高まりに影響されたことによって、都市のいたるところで変化が起きている。それは、今は問題にならなくても、のちのちに大きな事態に発展するかもしれない。その危険を防ぐために、都市内を調べて回る必要がある。...そういった建前を述べることで伯爵を納得させたアレクは、その視察にアイティラも同行させたいということを伯爵に伝えた。

伯爵はその提案に頷き、渋るアイティラを見事に説得して見せた。そして現在、二人とも正体がばれないよう普段と違う服装をして、都市内を散策しているわけだ。アイティラはどういうことか素顔をさらしているはずなのに、あのローブを着ていないだけで驚くほどバレていないことが、アレクは無性に気に入らなかった。


余談だが、いつもであればアイティラとアレクが近づくことを必死に止めようとする片目の従者は熱を出している。矢を受けた傷によって体力を消耗していたにもかかわらず、無理して祝宴の際ずっとアレクに付き添っていたことが原因のようである。シンはアレクが城を発つ際、ベットに身を横たえたまま手を伸ばして、「アレク様、あの女と二人きりにならないでください。一緒になっては危険です」と必死に懇願してきたが、アレクはシンを安心させる言葉をおざなりに告げて逃げて来た。


ここまでして、アイティラと二人きりになりたい理由。

それは、アレクが帝国との戦いの最中に見た、信じがたい光景にある。

あの時、操弾の二つ名を持った帝国人を倒した後、その操弾がつけていたゴーグルのような魔道具をアレクは使った。それは、遠くの場所まで見ることが出来る機能を持っており、それによってアレクは見たのだ。魔物が埋め尽くす場所で、黒の大きな翼を広げ魔物を殺していたものの姿を。あれは間違いなく、現在アレクの一歩後ろを歩いている少女だった。間違いなく!


あれは一体何だったのか、それをこの少女から聞き出そうとアレクはこの機会を作り出したのだった。


「別に何でもない。ちゃんとついて来てるか確認しただけだ」


だが、アレクは二人きりになることに成功したが、そこからどうすればいいか分からなかった。

なんとか話しかけたとしても、返ってくる言葉には不機嫌どころか、わずかばかりの敵意すら混じっているように感じるのだ。これではとても聞き出せそうにない。


「まったく、面倒なことになったな。なんで僕が会話にすら気を使わなきゃならないんだ」


アレクはアイティラに聞こえないように小さくぼやいた。


「あれ?」


不意に後ろからアイティラの声が聞こえ振り返ると、歩きながらあたりを見渡しているアイティラの姿があった。アレクは反射的に「どうしたんだ」と返そうとしたが、とある露店に注意が向いてそちらを見た。その露店は、小さな装身具を取り扱っているようで、アレクは閃いた。

そもそも、アイティラに嫌われているのはブローチを落としてひびを入れてしまったからだ。ならば、新しいのを買ってやれば機嫌を直すんじゃないかと。

アレクはアイティラを引っ張って、その露店まで行った。

そこに並べられた商品は、当たり前であるが王城で何度も目にしたようなものと比べればひどく劣っていた。だが、そもそも貴族がつけるような高価なものなどアレクは求めていない。適当に一つを選んで、さっさと渡してしまおうとアレクは品物を眺めた。


「無駄に種類が多いな。まあ、これでいいか...」


手に取ろうとすると、男の店主が声をかけて来た。


「そちらにしますかい?それは恋人に贈るとその二人は永遠に結ばれるってやつでして...」


「そ、そうなのか、やっぱりやめよう。だったらこっちのは...」


「それは死後もいっしょになれるまじないがあって、最近この都市では互いに送りあうっていうのが流行ってるみたいですねぇ。なにせ、この都市は反乱中。いつ死ぬか分かりませんしね」


「...これらにそんな意味が込められているのか、面倒な。まて、じゃあ、貴婦人が身を飾っていたあれらの宝飾品も一つ一つに意味があったとでもいうのか?」


アレクは嫌な顔をしながらも、並べられた商品の前で視線をさまよわせ続けた。

そしてアレクは最終的に、壊した赤のブローチに形が似た緑のブローチを購入した。そのブローチをしげしげと眺めた後、そういえばさっきからずっと喋らないなと思っていたアイティラの方を振り向いて...その姿が見えず困惑した。

すると、その様子に気づいたのか男の店主はアレクに言った。


「もう一人のお嬢さんのほうを探してるのかい?それなら、さっきどこかへ行ってしまったよ」


アレクはしばらく口を開閉したあとに、これまでため込んでいた怒りを全て使い果たすかのように叫んだ。


「あいつ!僕がせっかくいろいろ考えてるのに、僕の頑張りを無駄にする気か!」


地団駄を踏みそうな勢いで怒りを表すアレクに、店の前で騒がれた店主は困惑顔をするしかなかった。


***


アイティラは入り組んだ道を進んでいた。

幅は人が二人並べるほどの狭さで、建物の屋根が日光を遮り薄暗い。ねずみがいるとしたら、こういうところだろうと想像できるような道だ。

そんな場所へ、アイティラは深く入り込んでいく。それは、先ほどアレクといたときに感じた血の匂いを辿ってだ。帝国との戦いで、多くの血の匂いを嗅いできたからか、アイティラはその匂いに敏感になっていた。この先に、何かがある。そう感じたアイティラは匂いが強くなる方に進んでいく。誘い込まれるように。


湿り気を帯びた空気の中、ついに血の匂いがすぐそばまで迫った時、アイティラは赤い剣を出してその場所に躍り出た。アイティラの影が壁に揺らめき、角を曲がった先の光景が視界いっぱいに広がる。

そこには、槍を構えた人影が鋭い瞳でこちらを睨みつけており、そしてその目が驚きに見開かれるのがアイティラには分かった。


「君は...」


相手の口から洩れた言葉を聞き、アイティラは剣を消した。

そこにいたのは、かつてカナンの町で知り合ったSランク冒険者のシュペルだったからだ。


「どうして、ここに...」


シュペルはそう続けて、白銀の槍を下におろした。

驚いたのはシュペルだけではない。アイティラはもそうであった。

久しぶりに見た知り合いの姿に、アイティラは嬉しくも思ったが、シュペルの姿がアイティラを困惑させた。シュペルは横腹のあたりに包帯を巻いているが、その包帯は血で真っ赤に染まっている。その様子からも、傷が深いものだということが察せられた。


「どうしたの、その傷。大丈夫?」


アイティラはシュペルに近づき、包帯で覆われた箇所を気にした。シュペルは未だに驚きが抜けて居ないようだったが、警戒を解いて壁に背を預けた。


「心配はいらない、この程度すぐ直る。それより君は、どうしてこんなところにいるんだ。カナンの皆は、突然消えた君のことを心配していた」


シュペルの声色は相手に冷たい印象をいだかせるものだったが、少しの間ともに行動したことのあるアイティラには、それが決して悪意のあるものではないことが分かった。輝くような金髪も、氷のように冷たい蒼の瞳も最後に見た時と全く変わっていない。アイティラは不思議と安心して、久々の再開にもかかわらず昨日も会った様な平然さで話せた。


「ごめん。こっちでやることが出来ちゃって、お別れ言えてなかった」


「そうか...」


シュペルはアイティラから目をそらし、まっすぐ前を見た。そこには長い年月を感じさせる石壁しかないが、それでもシュペルは前を見ていた。湿り気を帯びた停滞の中で、シュペルは突然話し始めた。


「俺もこっちに用が出来たんでカナンを離れた。どうしても確かめたいことが出来たんでな」


「それは?」


アイティラが聞くと少しの沈黙が返ってきたが、やがてシュペルは話し出した。


「...今は言えない。ただ君にも関係のあることだから、全てが終わったあとに必ず話そう」


シュペルはそう言うと、壁から背を離して白銀の槍を持ち直した。

その際、腹のあたりに負った傷が痛んだのか、その整った表情がわずかに歪んだ。


「大丈夫?私は手当てできないけど、出来そうな人の所に連れていくことは出来るよ。治してからの方がいいと思うけど」


アイティラは心配になって言った。アイティラ自身は傷を負っても自然と治ってしまうので、どの程度の傷で人が死ぬのか分からなかった。その為、久々に会ったシュペルの傷が、どれほど深刻なのかもわからない。アイティラは人が簡単に死んでしまうものだと知っている。アイティラはシュペルにはなんとなく死んでほしくないと思っていた。


「問題ない。あいにくと傷の治りを待っている時間はないようだ。出会って早々すまないが、俺はもう行かせてもらう」


「また会える?」


「俺の用事が終わった後に。その時には、カナンを離れた後の話でも聞かせてくれると嬉しい」


シュペルは冷たい蒼の瞳を最後に向けると、背を向けて去って行った。遠ざかる後ろ姿には、傷口を覆う包帯の赤と槍の鋭い白銀の色が残っていた。

アイティラは姿が見えなくなるまでそれを見送っていたが、ふと自分はアレクと視察の途中だったことを思い出して嫌な顔をした。アイティラは仕方なくアレクがいる方へ戻っていった。



アレクは機嫌悪く足を踏み鳴らしながら、城へと戻ってきていた。途中で伯爵に声をかけられ、アイティラは一緒ではないのかと聞かれたが、アレクは「あいつは知らん!」と怒鳴ったまま通り過ぎてしまった。そして、己の従者が寝ている部屋まで足早に向かっていたが、途中の廊下でその従者が壁に手をついて必死に歩いているのを見つけた。そばには執事のパラードが付き添っている。


「熱があるのですから、お部屋にお戻りなさいませ」


「いえ、アレク様に何かあったら、自分は...」


「アイティラお嬢様がついておりますから、心配はいりませんよ」


「......それでも、心配なのです」


「シン!」


アレクの声にシンは顔を上げると、すぐに居住まいを正そうとした。そして、何事もなかったかのように言った。


「アレク様、お帰りなさいませ。お早いお戻りで何よりです」


その平静な声色としっかりした立ち姿は、熱を出していることを感じさせないほど見事だった。

アレクはため息をつき、取り出したそれをシンに渡してやった。

それは、アイティラの機嫌を取るためだけに買った緑のブローチだった。


「これは...自分にですか?」


「ああそうだ。お前への礼だ」


シンは初めて主人から贈り物をしてもらったことに驚き、熱のせいもあってしばらく放心していたが、すぐ横を通り過ぎようとしていく主人に気づき急いで感謝を告げようとした。


「ありがとうございます。アレクさ...」


「別に感謝はいい。それより僕は疲れた!さっさと休む!」


アレクは大きな声でそういって、自室の方へと進んでいった。


自分の部屋まで戻ってきたアレクは、せっかくアイティラの正体を聞き出す機会を作ったのに、それを台無しにされたことを振り返り再び不機嫌になった。


「いつか正体を暴いてやる!あいつの正体は、きっと人を怒らせることが好きな悪魔に違いない!」


アレクはそう叫びふて寝した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ