おわかれ
「わしの血を吸ってくれ。」
アイティラは初め何を言われたかわからなかった。
だが意味を理解すると同時に、オスワルドの真意が理解できなかった。
そんなアイティラにオスワルドは言葉を続ける。
「お前さん、前に吸血鬼が血を吸うのは魔力を得るためだと言っていただろ。
そしてお前さんは、まだ封印から解かれてから血を吸っていないし、魔力も万全の状態じゃないだろう。どうだ当たっているか?」
アイティラは驚いた。
確かに時間とともに魔力は少しずつ回復しているが、封印が解かれたばかりでは炎の矢一本も作り出せなかったほどだったのだ。
それに、封印の影響なのか、回復した魔力も体の修復と維持で大半が持ってかれていた。
その為、なかなか力が取り戻せていなかった。
そのことに気づいていたオスワルドにアイティラは驚いたのだ。
「あってるよ。確かに今は万全の状態じゃない。
でもその為にオスワルドの血を吸うのはなんか違う。」
吸血鬼は人の血を吸って魔力を取り入れる。
つまり、自身を吸血鬼だと認識しているアイティラにとって、人の血を吸って糧にすることに何ら罪悪感は持たない。
だがなぜか、オスワルドの血を吸ってしまうのは嫌な感じがした。
自分でもよく分からないが、血を吸うことでオスワルドをただの餌として扱っているような感じがして、とてもいやなのだ。
そんなアイティラにオスワルドは優しく言う。
「お前さんの考えてることはなんとなくわかるが、わしの考えも伝えておこう。
わしはお前さんに何か残してやりたいんだ。
わしの血を吸うことでお前さんの力になれるんだったら、それは何よりも素晴らしいことだろう。
わしはお前さんの血肉となって、お前さんとともにいられるのだからな。」
アイティラはしばしうつむいた後、ゆっくりと顔を上げる。
「血を吸われるのは、すごく痛いらしいよ。」
「そのくらい覚悟の上だ。」
そうしてアイティラはオスワルドのうえに馬乗りになる。
「最後にお前さんに言っておくことがあった。」
「何?」
すずしい風が2人の間を通り過ぎていく。そうして風は、木の葉をカサカサと鳴らしていく。
「詳しいことは知らないが、お前さんは今まで縛られ続けてきたんだろう。
自由もなく、ただただ奪われ続けて、そして奪ってきたんだろう。」
アイティラは何も言わずに、きれいな深紅の瞳を向ける。
「だが、今のお前さんを縛るものはない!
自由にこの世界を見て回り、たくさんの出来事を糧にしてほしい!」
オスワルドは死期が近いとは思わせない力強さを感じさせる声で言った。
「お前さんは自由なんだ!アイティラ!」
アイティラはその赤い目を見開らいて動きを止めた。
そうして涙で顔を汚して、何かをこらえるように言った。
「ねえ。オスワルド。
わたし一つ思い出したことがあるんだ。
封印される前の世界では、確かに自由を縛られていて苦しい思いをしていた。
でもね。一人だけ、オスワルドみたいにわたしを助けてくれる人がいたの。
その人にわたしは最後まで言えなかった言葉があったの。」
そうしてアイティラは優しく微笑んで口を開いた。
「ありがとう、オスワルド。」
オスワルドはその言葉をきいて、満足そうに笑っていった。
「どういたしまして、アイティラ。」
森の中ぽっかり空いた空間に、空から光が差し込んでくる。
その様子は、天から神が祝福しているかのようだった。
そんな神々しい空間で、一人の少女は一人の老人に顔を近づける。
「さようなら、オスワルド。」
オスワルドが最後に見た少女の顔は、とても大人びて見えていた。




