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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
北の帝国
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帝国十傑

熱に浮かされた一夜が過ぎ、忌々しいほどに眩しい太陽が空に昇り始めた頃、エブロストスの遥か北側の大きな天幕で三人の人間が顔を合わせていた。

そのうちの一人である白髪の老人は、老いなど感じさせないほど真っすぐに背筋を伸ばしたまま、この場にいる他の二人の顔を眺めた。


「戦いの流れは説明したとおりだ。<傀儡(かいらい)>の操る魔物は中央から左の丘までに布陣し、開戦と同時に攻勢をかける。<操弾(そうだん)>は丘上に陣取り、それを援護する。ここまでで何か聞いておきたいことはあるか?」


老人は真面目な顔で、他の二人を見回した。

すると二人のうちの片方、くすんだ金髪の若い男が、軽薄そうな表情を浮かべてにやりと笑った。

この男がこの表情をするときは、たいてい碌なことを言わないため、老人は眉を寄せた。


「<老将(ろうしょう)>のおっさん。ずっと引っかかってたことがあったんだがよ、王国の奴らにわざわざ一日時間を作ってやったのは何でだ?俺は準備を待たずに進撃した方がいいと思ったんだがなぁ」


老人は痛いところを突かれて閉口した。

それに気を良くしたのか、金髪の若者はしばらく笑った後、悪い悪いというように軽く手を振って一息ついた。


「別に責めてるわけじゃねえよ。十年も昔の戦いで、おっさんと向こうの旗頭にどんな因縁が残っちまってるのか俺は知らねえからな。ただ、戦いには私情を持ち込みすぎないよう注意してほしいだけさ」


「無論、そこは弁えている。わしに兵を預けてくれた皇帝陛下に報いるためにもな」


老人が彫の深い顔でしみじみと呟いているのを見て、金髪の若者は満足そうに笑った。

そして、その二人をじっと見つめている視線があることに若者は気づき振り向くと、二人を見ていた人物は咄嗟に視線をそらした。その様子を見て、若者はその顔に嗜虐的な色を浮かべた。


「おい、さっきからどうしたよ<傀儡>。お前もこの爺さんをいじってやれ。いい年したおっさんが、なに失恋した乙女みたいに昔のことを引きづってるのかってな」


若者に傀儡と呼ばれた人物は肩をはねさせた。

そして、つややかな黒髪を揺らしながら顔を上げると、困惑したような愛想笑いを浮かべて頬をかいた。


「えっと、そこまで言う必要は...ないんじゃ...」


最後の部分はしりすぼみになってしまい、言い終わる前に顔を俯けてしまった。

この反応に勢いをそがれてしまった金髪の若者は、老人と顔を見合わせたあとため息をついて言った。


「まったく、本当にどうしたんだ。ここには帝国十傑の内三人が集まってるんだぞ。それだけじゃない。もう一人も、エブロストスの城門を押さえてくれているはずだ。不安に思うことなんて何もないんだぜ」


金髪の若者からは、すでにからかいの色は消えており、本当に心配そうに気弱な後輩を案じていた。

しかし、その後輩の顔は晴れず、むしろ肩を抱いて震えだした。


「分かってるんです。でも、怖いんです。王国にはあの化け物がいるかもしれない」


震えたその言葉を聞いた老人は、眉を下げると黒髪の青年の肩に手を置いた。

そして、真面目な表情を崩さないまま言い聞かせた。


「ああ、<黄金槌(おうごんつい)>が王国の何者かに殺されたことは聞いている。一緒にいた君が、それを怖がるのも当然だ。だが、その相手がこの戦いに出てくるとも限らない」


「そうさ。今回の戦いはお前が主役なんだ。そんなにうじうじしてると、俺が主役の座を奪っちまうぜ」


老人の言葉に続けて、金髪の若者もからかい交じりにそう言った。

そのおかげか、黒髪の青年の震えは収まり、二人は表情に出さずとも心中で胸を撫で下ろしていた。


その時、天幕の入り口の方から駆けてくる音が聞こえ、一人の兵士が現れて報告した。


「王国側に動きがありました。陣形を整え始めております」


その報告を聞いて、金髪の若者は再びその顔に軽薄そうな表情を貼り付けると、兵士の横を通り過ぎて天白を出て行った。<操弾>の二つ名を持つこの若者は最後に一言、


「<傀儡>、あんま気負うんじゃねえぞ。心配なら、俺が援護してやるからよ。<老将>のおっさんも、まだ死ぬには少し早いから気をつけろよ」

と言って去っていった。


天幕には老将と傀儡の二人がのこされた。

老将は、操弾が出て行った天幕の入り口を眺めながら、傀儡に向けて言葉をかけた。


「金髪の小僧は口が悪いが、あれでも頼りになる若者だ。いざとなれば、助けてくれるだろう。それではわしも、そろそろ配置につかんとな」


老将はそう言うと、同じく天幕を出て行った。


最後に残された傀儡は、顔を俯けてしばらく動かずにいたが、突然怯えたように肩に爪を立てた。


「あの化け物を知らないからそう言えるんだ。あの笑い声が、今でも耳に残ってる...」


この青年は、王国のダリエルという小さな町で、<黄金槌>という老人と一緒にとある計画に従事していた。そこでこの少年は見たのである。心臓を貫かれてもなお、狂った笑い声をあげて相手を殺そうと動く化け物を。


青年は目の下にできたクマに指先で触れながら、暗い響きのこもった怪しげな声を出して笑った。


***


その日、乾いた大地が広がる平野で、帝国とエブロストスの両陣営は再び対峙した。


エブロストス側から見て右手には、小高い丘があった。丘には、葉を大きく広げた木々がまばらに生い茂り、それが丘の姿を隠すように覆いつくしている。

エブロストス陣営では、中心から右手のその丘にかけてを赤剣隊が陣取っていた。赤剣隊は剣に同じ長さの赤の帯をつけ、緊張に顔をこわばらせながら計二千五百人が集まっていた。

対する帝国陣営では中央から丘にかけてを、傀儡の操る魔物たちが埋め尽くしていた。

魔物たちは、腹をすかせた野犬のように獰猛な唸りを上げて、駆け出すときを今か今かと待ち望んでいるようだった。


反対に、エブロストスから見て左側には、木々が密集した林があった。木々が天からの光を遮っているためか、林の中は薄暗さに包まれている。木々の間隔を考えれば、馬に乗ったまま飛び込むことは危険だと判断できる。

エブロストス陣営では、中心から左手の林に向けて、武装した伯爵の兵士たちが足をそろえて待機していた。鎧はもちろんだが、その手には大きな盾と槍を持っている。その数は、三千以上いた。

帝国陣営でそれに相対するのは、同じく鎧をまとった人間の兵士達だ。盾と片手剣を備えた集団が正面に構えていたが、他にも身軽な軽装に身を包んだ集団もいるようだ。すべて合わせれば五千から六千人いるであろう大集団を指揮するのは、老将と呼ばれる白髪の老人だ。


かくして配置についた両者は、戦いが始まる時刻である『太陽が真上に上った時』を待った。


「ふむ。そろそろ時刻だな」

老将は天を見上げて呟いた後、号令を発した。


時が来たことを告げたのは帝国軍のあげた鬨の声だった。

それと同時に、エブロストスから見て中央から右側を埋め尽くしていた魔物たちが一斉に動き出す。

異形の姿をした魔物たちは、統制も何もなく、殺戮衝動のままに前へ前へと押し合いながら駆けだした。

それに相対する赤剣隊は、誰もが恐怖に息を呑み、迫りくる脅威を睨みつけていた。


そんな彼らの様子を眺めながら、中央に一人立っていたアイティラは、黒ローブを纏った姿でゆっくりと一歩を踏み出した。右手に魔力の粒子が集まって、剣の姿を形作る。やがて現れた赤い剣は、血に濡れたような光沢を示しながら光を反射させ白く光った。


そして、たった一人魔物たちに向けて歩いていくアイティラの姿に、戦場の全ての視線が集まった。


アイティラが一人で行動することを知っていたのはごく少数。そのため、エブロストスの兵士達、そして赤剣隊らは一人で前に進んでいくアイティラに驚愕して騒めき始めた。

アイティラを遠くから見ていたレイラは、恐怖と緊張で鳴りっぱなしの心臓を押さえながら、アイティラの無事を祈った。

また、驚愕していたのは味方だけではなく、帝国の誰もがその無謀な行動に言葉を失っていた。

その姿を見た老将は、その勇気ある行動に驚愕するとともに、この後意味もなく魔物に踏みつぶされ蹂躙される光景を想像した。


数々の思いが巡り、その視線を一心に受けたアイティラは、前方から迫りくる魔物を視界に収めると目を細めて笑った。


「今度は誰も失わせないよ。その前にすべてを終わらせるもの」


アイティラはそう呟くと、向かって来る魔物の群れに向かって疾駆した。

遠く離れていたと思われた彼我の距離は一瞬にして近づき、飢えて獰猛な唸り声を上げていた魔物たちの姿がはっきりと見えてくる。魔物たちは、恐れることなく一人で向かって来る少女に何かを感じたのか、先頭の魔物たちの足が鈍った。しかし、それでも進みを止めることはなく、ついにアイティラと魔物の距離はゼロになった。


赤い血が一つ宙に舞うと同時に、アイティラは魔物たちの濁流にのみこまれて、観客たちの視線から姿を消した。




四方を魔物に囲まれた少女は、思わずといったように笑い声を漏らすと、その背に一対の黒い翼が現れた。牙を持った四ツ目狼が、人間であろう少女を食い破ろうと飛び掛かり、しかし次の瞬間には首だけが宙を舞う。勢いよく噴き出す血に黒ローブを赤に染め上げながら、肩のあたりで切られた黒髪がずれたフードの間からこぼれた。

そして、先ほどまで人であったはずの少女は、悍ましいほどに見開かれたその瞳に、爬虫類めいた縦に割れた血のような赤を滲ませていた。


化け物が、すぐそばで大きな棍棒を振り上げた巨体の魔物に剣を振るう。それと同時に地面から血のような赤い槍が現れ、周囲の魔物たちを串刺しにしていった。

各所からあふれる血は、土と交じり合って赤黒く変色して地面を流れる。


それを見ながらアイティラは、楽し気に目を細めて残酷に笑った。


「あはは。誰も見てないし、相手は魔物だもの。少しくらい、いいよね」


血に濡れた化け物は、高揚した笑い声を響かせた。

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