平穏のおわり
オスワルドとアイティラが共同生活を続けてから1か月ほどが過ぎた。
「ねえオスワルド。
今日はこっちの方に進んでみない?
なんとなくだけど、こっちには獲物がたくさんいる気がするの!」
そう言ってアイティラは、森のいつも進まない方を指さしながら告げる。
アイティラはオスワルドの「分かったから。もう少しゆっくり歩いてくれ。」といった言葉を期待していた。
だが後ろを歩くオスワルドは言葉を返さない。
アイティラは少し不機嫌になり、「ねえオスワルド。聞いてる?」と問い返そうとした。
だがその前に、背後でドスンといった何かが倒れた音がする。
驚いたアイティラが振り返ると、オスワルドが地面に倒れていた。
「オスワルドッ!大丈夫!?」
オスワルドは何も言わない。
アイティラは、自身の体が急速に冷たくなったように感じる。
青ざめた顔で、震える足を動かしてオスワルドに近づく。
「オスワルド。こんなところで寝てちゃダメだよ。
早く起きて。」
声が震える。頭が回らない。
オスワルドはぐったりしたまま動かない。
「とりあえず、戻らなくちゃ。」
***
すっかり拠点となっていた、アイティラが封印されていた場所でオスワルドを横たえる。
アイティラはこういったとき、どうするのが正しいのかわからない。
人の殺し方ならなんとなくわかるが、人の治し方なんてわからないのだ。
そうしてアイティラが不安に陥っていると、小さなうめき声が聞こえ、オスワルドが目を開いた。
アイティラはとてつもない安堵感で満たされた。
オスワルドが目を覚ましてくれた。だからこれからも一緒に過ごせるんだと。
アイティラは視界を涙でにじませながら、オスワルドに話しかける。
「オスワルド。
急に倒れたからびっくりした。
このまま会えなくなるんじゃないかって、すごく怖かった。」
オスワルドはゆっくりとこちらを向き、何かを悟ったような目をして口を開いた。
「それは悪かった。
だがもう少しでわしはお前さんとお別れしなくちゃいけないみたいだ。」
アイティラはその言葉が信じられないように、涙をこぼしながら首を振る。
「違う。違うよオスワルド。
もう目を覚ましたんだし大丈夫だよ!」
そう言って首を振ってイヤイヤ言っている姿は、本当にただの小さな少女だった。
その姿をいとおしそうに目を細めて眺めながら、オスワルドは言った。
「わしはもう年だし、魔術の研究でかなり体に無理もさせてきた。
お前さんの封印を解いたのだって、死ぬ前にどうしても大昔のことが知りたかったからだ。」
「わたしはまだ記憶を思い出してない!
だから死ぬのはまだ早い!」
少女のように泣きわめくアイティラを見据えていたオスワルドは、手を伸ばしアイティラの頭に乗せた。
「お前さんの記憶を聞けなかったのは残念だが、そんなものより大事なものをわしは見つけられた。わしは今、とても満足してる。」
アイティラはどうしようもなく悟ってしまった。
もうオスワルドは、自分の死を受け入れているのだ。
オスワルドは言葉を続ける。
「だがどうせ死ぬなら、何か残すものが欲しい。
そこでだ、お前さんに一つ頼みがある。」
アイティラは、その言葉に縋りつくようにしてうなずいた。
「うん、...うん。
何でも言って、オスワルド。」
オスワルドの鋭い目に力が入った。
そうしてオスワルドは力強い声で言った。
「わしの血を吸ってくれ。」




