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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
北の帝国
65/136

闇夜の襲撃

その日、エブロストスの城に一人の客人が招かれた。

その客人は、城主のコーラル伯爵と長い間話をした後、疲れた様子でその部屋を出た。


「終わった?」


部屋を出たところで、その客人に声がかけられた。声の方向に顔を向けると、そこには裕福な家の娘のような真っ白の衣装を着た少女の姿があった。

声をかけられたラファイエットは、その姿を疑うように見る。


「?」


しかし、少女は不思議そうに見上げるだけだ。その様子は、昨夜のローブを纏った恐ろしい姿の少女とは似ても似つかない。だが次の言葉で、やはり夢ではなかったと確信する。


「なんて伝えたの?伯爵は安心してた?」


気にかけるように扉の向こうを見ながら問いかける姿に、ラファイエットは本当に同一人物なのかと疑いながらも答える。


「ああ、民衆派を襲った赤剣隊と民衆派の一部がつながっていたと伝えたさ。どちらもこちらで処分しておいたともね。君のことは伏せておいた」


「そっか」


「あの伯爵が安心していたかは分からなかったが、少しは重荷もなくなったはずだ」


目の前の少女は、それを聞いて満足したようにうなずいていた。

ラファイエットはそれだけ伝えれば、後はもう用もないだろうと思って城を出ようと歩き始めた。

だが、最後に伝えておきたいことを思いついて足を止めた。


「...僕は、やはり血が流れるやり方は好きじゃない。伯爵が王と争うのだって、この都市に暮らす一人として今も不安だ。だから、もし血の流れない解決法があるならば、伯爵を説得しておいてくれ」


少女は何も答えなかった。

だが、ラファイエットは気にすることなく前を向くと外に出るために歩き出す。

戻ったらやることは沢山だ。ダルソンとケープの行方を、民衆派のみんなになんて話せばいいか考えると気が滅入る。

しかし、いずれは民衆派を立て直してさらに仲間を集めるためにラファイエットは前へと進んだ。


***


アイティラは、遠ざかるラファイエットの背中を眺めながら考えた。

これで民衆派の問題はひとまず片付いた。代表の二人が消えたことで、しばらく民衆派は落ち着くだろう。伯爵も目の前の反乱に集中できるはずだ。

あと一つ、残っている問題があるとすればそれはーー


アイティラは、そのことを思い浮かべながら城の外に出ることにした。




城の外に出ると、平和な都市の風景が広がっていた。とても反乱中だとは思えない様子だ。

この都市に来たばかりの頃は、道行く人はまばらで暗い面持ちをしていたように思えるが、今では人通りも多くあのときの暗い雰囲気は無くなっていた。

たまに見かける赤剣隊はどうやら都市を巡回している様子で、しっかりと仕事をこなしているらしい。


アイティラはそんな都市を以前の光景と見比べながら、一方向に向けて進んでいく。どんどんと城から離れていき、このままだと都市の端、外側の城壁のそばまで行きそうだ。

やはりというべきか、都市は外側に近づいていくほど人が少なくなっていく。

そして、ついに外側の城壁の傍までたどり着いてしまった。ここには、外壁に沿うように道が作られているようだが、誰かが使っているわけでもなさそうだ。一番近くにある民家からも距離があり、少しの喧騒など聞こえてこないだろう。


アイティラはその場で立ち尽くし、目的の人物を待った。

ここ最近ずっとアイティラの後をつけていた何者かを。


すると、アイティラが通ってきた方向から何者かが歩いて来た。

道の真ん中を堂々と進んでくるのは薄茶色の外套を纏った人物だ。頭まですっぽりと覆っており、どうやら口元まで布で隠しているらしい。

その人物は、歩みを止めることなくアイティラの方に向かって来る。


「だれ?」


アイティラの問いにも返事はない。

相対する人物は幽鬼のように外套を揺らめかせながら、生気のない足取りで近づいてくる。

ついに両者の距離が十分に近くなったところで、相手は腰に差していたダガーを引き抜くと、飛び出すようにアイティラに突っ込んできた。


姿勢を低く下げたまま駆け抜けるその人物は、アイティラにダガーが届く距離まで近づくと、その切っ先を躊躇いなくアイティラへと向けた。狙われた少女は、その身を守る武器もなく、避けるだけの能力もない。その人物の目にはそう思っていたのだろう。だからこそ、次に起きた出来事に襲撃した人物は激しく狼狽することになる。


澄んだ音が響き、襲撃者の動きが硬直した。


襲撃者の差し出したダガーは、何処から現れたのか不明な赤い剣によって防がれていた。

何が起きたのか理解が遅れた襲撃者は、攻撃が失敗したことを悟ると、今度は左手で二本目のダガーを引き抜いた。

だが、二本目による攻撃が行われる前に、少女の赤い剣を持つ手に力が籠められたことによって、襲撃者は飛ぶように少女から距離をとった。

両者の間に広がる距離が、襲撃者が抱く警戒を現していた。


「......」


表情の読み取れない襲撃者は、両手にダガーを持ち直すと姿勢を落とした構えをとった。

どうやら逃げるのではなく、戦う意思があるようだ。

アイティラも剣を片手に持ち直し、相手の動きを待つ。


襲撃者は予兆もなく、いきなり飛び出した。

相手は姿勢を低く保ったまま、下から狙いを定めるようにダガーを突き出した。アイティラはそれに合わせるようにして剣で防ごうとする。

剣とダガーが触れ合った。するとその瞬間、相手は刀身に沿ってダガーを滑らせるように動かした。それにより、心臓へと吸い込まれるようにダガーの切っ先が向けられた。一瞬の攻防の中、アイティラはそれに気づくと後ろに倒れこむようにしてダガーを避ける。勢いのつけられたダガーは、その持ち主とともにアイティラの上を通り過ぎて行った。


態勢を崩したアイティラは急いで身を起こし、背後に通り抜けた相手を確認するために振り返る。

すると、相手は城壁を足場にして上空から飛び掛かかって来ていた。そのまま二人は、間合いを無視した接近戦へと移行する。ここまで近づけば、刀身の長い剣ではまともに振るえないとでもいうように、距離を詰めながらダガーで攻めてくる。


勢いのつけたダガーの刺突を、アイティラは剣で弾いた。

その瞬間、相手は好機と言わんばかりに、剣の内側に入り込むように身をひねった。その鮮やかな身のこなしは、アイティラも驚くほどだった。

それと同時に、残ったもう片方のダガーを取り出すとがら空きの心臓部に切っ先を向ける。

驚いたように目を丸くするアイティラの様子に、勝利を確信した襲撃者はとどめを刺そうとしてーーー

しかし、襲撃者は驚愕することになる。


ダガーを突き出した手がピクリとも動かないのだ。

驚いた襲撃者が自身の腕を見ると、なんと少女によって掴まれていた。とっさに振り払おうとするも、その力は異常というほかなく、とても目の前の少女に出せるとは思えないほどだった。


「くッ!」


襲撃者が暴れると、掴んでいた手は不意に離された。その瞬間、腹部に鈍い痛みが走り襲撃者はうめき声を上げながら吹き飛ばされた。アイティラが、蹴りを入れたのである。


相手は城壁にぶつかり地面に落ちると、ふらふらと立ち上がりアイティラを警戒したように構えをとった。しかし、その構えは先ほどと比べるとひどいもので、立っているのがやっとのようだ。

今剣を交えれば、きっと簡単に倒せるだろう。しかし、アイティラはその場から動かなかった。

相手はじりじりと横に移動しアイティラから離れていく。

そして、最後までアイティラが動かないことを確認すると、襲撃者は背を向けて都市の中まで逃げて行った。


「...やっぱりそうだ」


アイティラはその人物が消えた方向を見ながら、何か確信を得たように呟いた。


***


その日の夜。

音を殺して、静かに部屋の扉が開かれる。

深夜の為明かりはない。真っ暗闇の中、開かれた扉に身を滑らせるように人影が侵入する。

侵入者は手にダガーを構えながら、暗闇の中警戒したように一歩ずつ進んでいく。

そして、部屋に設えられていたベットの傍まで行くと、動きを止めた。

ベットには人がいるようなふくらみがない。侵入者はベットの上に投げ出された布を乱雑にめくりあげ、誰もいないことを確認する。


侵入者は動きを止め、部屋の中を見回した。すると、部屋の隅にクローゼットがあることに気づいた。

ダガーを構えながら進んでいき、クローゼットの取っ手に手を触れたところで勢いよくそれを開いた。

しかし、中にあったのは普通のものだ。闇のせいか、同じ黒色に見えるローブがいくつかと、他一種類の服があるだけだ。クローゼットの下の方には、下着の類が籠の中に乱雑にしまってあるだけだった。

侵入者がそれを見ていると、この場に聞こえてはまずい声が後ろからかけられ、肩をはねさせた。


「こんなところで何やってるの?」


侵入者は反転して、ダガーを突き出した。しかし、その腕はつかまれ引っ張られてしまう。

態勢を崩した侵入者は、声をかけてきた恐るべき相手に受け止められる。

恐る恐る顔を上げると、予想していた化け物の赤い瞳が真っすぐとこちらに向けられていた。


「たしか、シンって名前だよね。あの王子と一緒にいる」


少女からそう呼びかけられて、シンはダガーをとり落とした。

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