引き起こされた軋轢
冷たい空気が漂う早朝、まだ人通りの少ない道を二人が歩いていた。後ろを歩く背の高い方は、しばらく躊躇ったのち遠慮がちにもう一人へと声をかけた。
「あ、あの、アイティラさん」
「...なに?」
「も、もしかして、機嫌悪いですか?」
「......」
アイティラは、その問いかけに特に何も答えることなく進んでいく。その様子に、レイラは困惑した表情のまま後をついていく。
前回会った時は割と上機嫌だったというのに何があったのかは気になったが、聞くのも怖いのでレイラはこの話題にはあまり触れないことにした。
それに、これからレイラにとっても少し苦手な場所に向かうのだ。今はアイティラが暴走しないように気を付けることだけ考えていればいい。レイラは気を引き締めた。
するとその時、前を歩いていたアイティラが不意に立ち止まり振り返った。
レイラは驚いたが、アイティラはそのことを気にかけず、ある一点を凝視している。
レイラもつられて、アイティラの視線を追って振り向いた。
しかし、そこには何もなく、あるのは建物同士の間に口を開けた闇に満ちた小路だけだった。
「アイティラさん?」
「気のせいだったみたい」
それだけ言うと、アイティラはまた前を向いて歩き始めた。
二人はそのまま数日前にも通った道を進み、暗い路地裏へと入った。そして、古びた扉を開けると迷いもなく突き進んでいった。
「...おい....は...まずいんじゃ...」
「はくしゃくは...もしかしたら...ここを...」
二人が進んでいくと、部屋の奥からいくつもの話し声が聞こえて来た。内容は聞き取れなかったが、その声にはどれも焦りの色があった。
アイティラとレイラが室内に入ると、その場には十人ほどがおり、彼らの視線が一斉にこちらに向いた。だが、それは一瞬で、彼らはすぐに慌ただしく動き始めた。
「なにかあったのかな?」
アイティラは特に気にすることなく進んでいく。すると、奥の方に見覚えのある三人の姿があった。
ラファイエットとダルソンとケープの三人だ。何やら深刻そうな表情で話し合っている。
二人がそちらに近づくと、ラファイエットがいち早く気付いた。
「おや、この前の子か。今日も来てくれたのかい?だが、今は少し慌ただしくてね。また日を改めて来てくれ」
ラファイエットはそれだけ言うと、すぐに話に戻ろうとしたが、その前にアイティラはあるものを取り出した。それは、伯爵から預かっていた手紙だった。
ラファイエットは、困惑しながらもその手紙を受け取った。
「これは、なんだい?君が書いてくれたのか?」
「違う。届けるように言われたの」
「いったい誰から...」
すると、そのやり取りを聞いていた大柄なダルソンがアイティラに近づいて来た。アイティラと比べると、その巨体はまるで巨人のように感じられた。
ダルソンは、近くにいるにもかかわらず、うるさいほどの大声で話した。
「ラファイエット。手紙はむやみに受け取らない方がいい。とくに、身元も分からないこんな奴からはな」
「そんな言い草はないだろう。民衆派は、みんなの意見を尊重するから民衆派と名前をつけたんだ。この手紙だって、大切なことが書かれてるかもしれない」
「どうだかな」
ダルソンは遥か上から、アイティラのことを睨みつけた。
するとそこに、今度は別の声がかかった。それは、小柄なケープという男だ。
「ええ、ええ。ラファイエットの気持ちもよくわかります。しかし、今は多くの意見を求める時ではないでしょう。なにせ、今朝の問題もありましたし、代表のあなたが下手に意見を変えると下の者たちが混乱してしまいます」
ケープという男は、ダルソンほどあからさまではないが、アイティラたちに対する敵意を言葉の端々から感じさせた。
ラファイエットは、その言葉を頷きながら聞いていたが、ケープの言葉が終わるとすぐに顔を上げて言った。
「確かにそれも一理あるが、そこは僕自身が気を付けてるから心配はいらないよ。...おっと、すまないね君たち、話し合いに巻き込んでしまって。手紙は後で読むことにするよ。どうもありがとう」
ラファイエットは、アイティラたちに笑いかけた。
その後、アイティラたちは彼らの元から離れたが、二人の背中にはじっとりとした悪意が二つ向けられていた。
***
夜が明けて、次の日の朝が来た。
その日、城を取り囲む城壁の城門にて、百人はいるであろう人々が押しかけてきていた。
「おい、一体何の騒ぎだ!」
赤剣隊の副隊長は、城門前に陣を敷くように集まっている赤剣隊のもとに駆けてきながら叫んだ。しかし、その声は押しかけた民衆があげる怒号によってかき消される。
唯一近くにいた赤剣隊の一人が、副隊長に答えた。
「副隊長!それがよぉ、こいつらがーーー」
「お前が副隊長か!」
しかし、赤剣隊の声を遮るようにして一人の男が声をかぶせてきた。その男は、青いぼさぼさの髪をした身ぎれいな男だった。なぜかその顔は、怒りで歪められている。
「こんなことをして、それが君たちの選択か!」
その男はものすごい剣幕で怒鳴りつけて来た。
副隊長は彼らが何者で、なぜ押しかけてきているのか分からない。だからこそ、「いったい何のことだ」と問い返した。
するとその男の怒りは、さらに高まった。
「とぼけるな。こっちは、死人が出ているんだ。お前たち赤剣隊が、民衆派の人員を襲ったことはもう知っているんだぞ!」
「なに?」
副隊長は、心当たりが全くない出来事を突然突き付けられて狼狽した。しかし、相手の剣幕はそれが冗談ではないことを物語っている。それに、彼一人ではない。他にも大勢が門の前に、彼と同じように怒りを宿して集まっているのだ。あずかり知らぬところで何かが起こったことは明白だ。
「お、遅れてすみません!」
「隊長!」
するとそこに、赤剣隊の隊長であるレイラが走ってきた。その横には、小さき指導者様の姿もあった。
副隊長は助けが来たことに安堵して、青髪の男の様子をうかがうように見た。
だが、その男はレイラとアイティラの姿を見て、目を見開いて固まっていた。
「君たち、どうしてそこに。いや、それよりも隊長?」
レイラはその男に気づくと、こちらも目を見開いて驚いていた。
男の方は、しばらく呆然としていたが、何かに気づいた様子を見せると怒りに肩を震わせた。
「そうか、君たちは僕らをはめたんだな!この手紙もでたらめか!はなから話し合いなんか望んでいなかったんだろう!呼び出しも、代表の僕を捕らえるためかい!?」
男はそう叫ぶと、何やら手紙を取り出してそれを思いっきり破り捨てた。
風に揺られて地に落ちた紙屑を、アイティラが呆然と眺めていた。
副隊長は事態を飲み込めていなかったが、このとき何かが悪い方向に傾きつつあるのを肌で感じた。
すると今度は、青髪の男の傍にいた大柄な男が、空気を震わせるような大声で怒鳴った。
「赤剣隊は、卑劣な手段で平和を望む民を殺した!そして、伯爵もそれを知っていて黙認している!伯爵にとって、民はただ戦をするだけの道具なのか!」
その声は、空気をとどろかせて辺りに広がった。
まさかの言葉に、赤剣隊は皆一様に呆気にとられた後、激高した。そして、いち早く赤剣隊の副隊長は、槍を地面に投げ捨てると大柄なその男に殴りかかった。
「伯爵様を侮辱したか!」
副隊長が、怒りのままに殴りかかった。
大柄な男は顔を殴られてうめいたが、すぐに周りにいた人々が副隊長を押さえ込もうとした。だが、副隊長は数人がかりでも押さえ込めずに、なおも殴りかかろうとしている。
こうして暴力が起こってしまったからか、赤剣隊も押しかけて来た人々も、双方今にも殴り合いが始まりそうな険悪な雰囲気が漂ってしまった。
「ど、どうしましょう、アイティラさん!このままだと...」
「とりあえず全員身動きできないようにする?」
「い、いや、だめですよ!」
この状況に、レイラはまずいことを感じつつもどうすればいいのか戸惑った。
レイラとしては少なくとも、民衆派がどうしてここまで起こっているのか詳しく知りたいが、そんなことを聞けば相手を激高させるだけだろう。
レイラが早くも泣きそうになっていると、そこに救いの声が響いて来た。
「この騒ぎは、一体どうした」
そこには、伯爵と数人の兵士の姿があった。
「は、伯爵様、こ、これは...」
伯爵はその場の様子を見ると、城門前の押しかけて来た人々のほうに近づいていく。
すぐそばに控えた兵士から慌てて制止の声がかかった。
「あまり近づかれては危険です!お下がりを!」
「大丈夫だ」
伯爵はそのまま近づいていくと、伯爵を睨みつけている青い髪の男の前まで来た。
「このように押しかけて来たのは、いかなる理由だ」
伯爵は、青髪の男に問いかけた。その男は、伯爵を警戒したように睨みつけたまま話し始めた。
「...まず、名乗らせてほしい。民衆派代表のラファイエットだ。理由は、貴方がよく知っているのではないですか」
「あいにくと知らない。君の口から聞かせてくれないか」
ラファイエットは眉間にしわを寄せながら「いいでしょう」と答えた。
「昨夜、民衆派の一員が赤剣隊に襲われて殺された。それも、四人だ。それだけじゃない。民衆派に入っていない民衆までも殺されている。これは、あなたの指示じゃないのか」
「それは、本当に赤剣隊だったのか」
「間違いない。奴らは赤剣隊が持っているのと同じ剣を身に付けていた。それに、あの特徴的な赤い帯もだ。こちらの話が嘘だと思うなら、民衆派以外の奴にも聞いてみるがいい。目撃した者は多数いるんだ」
伯爵は横目でレイラの方を見た。レイラは血の気の引いた顔で、必死に頭を振っている。
「さあ、お聞かせください。あなたの弁明を」
誰もが手を止めて、場が静まった。これからの行動は、全てこの返答にかかっているからだ。
伯爵はゆるぎない足取りでとラファイエット、そして押しかけて来た人々の前まで進み出た。そして、その場でラファイエットに向けて頭を下げた。この行動に、赤剣隊の面々も、兵士たちも、押しかけた人々も、その行動に驚いた。
「な、何のつもりですか」
ラファイエットは動揺して、一歩後ずさった。
伯爵は頭を下げたまま、動じることなく伝える。
「すまない。これは私の失態だ。赤剣隊はあまりにも急ぎ足でつくられた集団ゆえ、内部の統制が不十分であった」
静かで落ち着いた声が響いた。
ラファイエットは呆気に取られていたが、聞いているうちに動揺も収まったのか、再び責めるように鋭くまなじりを上げて言い返した。
「統制が不十分?だから、人が殺されても仕方ないというつもりか!」
「いや、二度とこのようなことが起こらないように調査を急ごう。襲った犯人が見つかれば、こちらで罰すると約束する」
長い沈黙が起きた。
ラファイエットは、下げられた頭をしばらく眺めていた。どんな言葉を返すべきか迷ったのかもしれない。
「. . . . . .」
だが、やがて決心したように言った。
「...頭を上げてください。それと、こちらの非礼を詫びます。今後はーーー」
「ラファイエット!それでいいのか!」
「ダルソン...」
ラファイエットは、伯爵に対して譲歩の言葉をかけたとき、大柄なダルソンが怒鳴った。ラファイエットは、その言葉に眉を寄せた。
「...初めから争いは望んでいない。こうして、答えを聞けたんだ。もういいだろう」
そして、ラファイエットは伯爵に向き直ると小さくこぼした。
「まとめ役というのは大変なものですね」
「......」
その言葉を残すと、ラファイエットは伯爵から背を向けて集まっていた人々に戻るように伝えた。
押しかけて来た人々は、やや納得していない様子だったが、ラファイエットが促したことによりしばらくすると解散した。
そして最後に残ったのは、民衆派の代表3人と伯爵側の面々だけになった。
「それでは、信じています」
ラファイエットは最後にこの言葉を残して、ダルソンとケープを伴って戻っていった。
しかし次の日も、そのまた次の日も、民衆派の拠点付近であるエブロストス北部では、夜中に赤剣隊が住民を襲う事件が起こり続けた。




