どうか自由に
それからオスワルドとアイティラの共同生活は始まった。
明るいうちは森の中に入り、野生動物を狩って食料を得る。
「おい、アイティラ!
そっちに逃げたぞ!」
「わかった!」
アイティラは、今追っている獲物のイノシシを見据える。
その瞬間、何もない空間から突如、炎を纏った矢が現れる。
炎の矢は一直線に進み、イノシシの眉間を貫いた。
オスワルドの方からわずかに感嘆の声が聞こえた。
「無詠唱魔術か。」
その声に反応してアイティラは、オスワルドに質問する。
「そんなに珍しいの?」
オスワルドは何やら考えこんでいるようだ。
「確かに珍しいな。人間は基本、詠唱しないと魔術は使えない。
詠唱なしで魔術を使うのは魔物と一部の例外くらいだな。」
アイティラは少しだけ考え込むようにして呟いた。
「魔物....。」
その反応を見たオスワルドは、その鋭い目をした老人の顔に似合わず、慌てて告げる。
「いや、お前さんを魔物と言いたいんじゃない。
実際に、人間の中でも詠唱しないで魔術を使える奴らもいるから安心しろ。」
アイティラは、そこまで機嫌を悪くしてはいなかったのだが、慌てているオスワルドが面白かったので、訂正しないでおいた。
***
それから何日かが過ぎた。
日が出てる時は、森で狩りをして獲物を獲る。
そうして夜になるになると、アイティラが封印されていた森の開けた場所で、オスワルドの話を聞くのだ。
「いいかアイティラ。
お前さんが封印されていた時代のことは分からねえがな、この時代にもろくでもない人間はたくさんいる。過ぎた力を持っている奴は、たいていずる賢いやつに利用されるか、排斥の的になる。
お前さんは吸血鬼だし、まさにその対象だ。
だからこそ、その力の使いどころはよく考えろ。」
「....」
アイティラは、その特徴的な赤い目でオスワルドを見据える。
「なんでオスワルドはわたしに良くしてくれるの?」
「前に説明したろ?お前さんから大昔の時代の話を聞くためだ。」
オスワルドは何でもないような口調で言う。
だがそれでもアイティラは、納得できなかった。
「でもわたし、その時の記憶全然思い出せないし。
オスワルドに助けてもらってばっかりだよ?」
「いいんだ。
わしはお前さんからもうたくさん大事なものをもらっている。」
アイティラは、何のことか全くわからずに首をかしげている。
そんなアイティラに構わずに、オスワルドはアイティラの肩をたたきながら言う。
「もう夜も更けてきたことだし、さっさと寝ろ。」
オスワルドはいつもと同じ鋭い目付きをしているのに、なぜだかその目はとてもやさしそうに見えた。
***
オスワルドは隣ですやすや眠っているアイティラを見ながら考える。
(全く、この子は少し人を信頼しすぎだ。)
封印を解いた当初は、こちらに向けて警戒を抱いていたようだが、今ではこちらを信頼しすり寄ってくるようになった。
ここ最近は、幼い少女にふさわしいような純粋な笑顔も向けてくれる。
オスワルドは今まで、国で魔術と古代魔道具の研究ばかりしていた。
弟子は何人かいたものの、そこまで親密な関係ではなかった。
今回アイティラの封印をといたのも、古代魔道具の作られた時代のことを知りたかったからで、決して子供の世話をするためではなかった。
だがこうして自身に信頼を寄せてくるアイティラを見るたびに、自分の中でこの少女の存在がどんどん大きくなっていくのを感じる。そしてそれを受け入れている自分も。
(この子との出会いがもっと早ければ、もっと一緒に過ごせたのだがな。)
そんな考えが自然に浮かんでしまう自分に苦笑する。
そんなことを考えていると、アイティラがうめき声をあげた。
アイティラは寝ているときに、たまに何かを恐れるような声を出すのだ。
出会ったばかりのころは、今よりももっと激しくうなされていたのだが、最近は少しだけ落ち着いてきている。
以前アイティラが寝言で、「いやだ。もうめいれいされたくない。」などと呟いていたのを聞いたことがある。
ダンジョンから拾った本には、あまり詳しくは書かれていなかった。
ただ、戦争で多くの人間を殺した吸血鬼を勇者が封印した程度のものだった。
戦争。そう戦争だ。
吸血鬼が人間を憎んで殺していたのではなく、敵国の兵士を殺してたのだ。
そう考えると、この幼い吸血鬼の少女はおそらく戦争のための兵器として利用されていたのだろう。
(この少女は、国に縛られ戦争のために自由と未来を奪われた被害者なんじゃないのか。
それが勇者に封印され、この地に縛られ続けたのだとしたら救いがない。)
実際にこの少女は、戦争で多くの命を奪っているらしい。
それでもオスワルドは願ったのだ。その少女が縛られることなく自由に生きることを。
(アイティラ。吸血鬼の少女よ。
お前さんには、どうかこの世界のいろんなものを見てほしい。
楽しいことも、つらいことも、喜びも絶望も。
もう二度と縛られることなく、この世界で自由に生きてくれ。)
オスワルドはその鋭い目を細め、優しい手つきでアイティラの短い黒髪を梳いた。




