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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
北の帝国
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車輪は廻る

城塞都市エブロストスで起きた反乱は、城主であったザビノス子爵の死によって達成された。


この反乱を勝利に導いたのは、かつてこの都市を治めていた王国貴族であるコーラル伯爵だ。しかし、それだけでなく都市の住民が自発的に立ち上がり結成した赤剣隊と名乗る集団の尽力も大きかったとされている。

この話は商人を中心に近隣の町や都市へと広がっていった。


この話を聞いた人々は、喜ぶものや疎むものは少数いるものの、カナンの住民を除き大半の者はその話に懐疑的であった。

中でも人々が信じられずにいる理由は、王国が誇る四つの騎士団の一つが敗北したという噂。

そして、エブロストス内で反乱を主導したのが幼い少女であったという噂だった。


***


エブロストスの中央にそびえる大きな城は、重厚な見た目通りの石で出来ており、外からの飛び道具を防ぐためか窓は小さく数も限られていた。その為、昼間だというのに壁掛けのランプが光を放つ部屋の中で、アイティラは何をするでもなく部屋の中を行き来していた。

何もやることがないのであれば、部屋の中に設置してある硬質なベットでゴロゴロすればいいのだが、何もしない時間は慣れないものでどうしても違和感が付きまとって休めなかった。


別に仕事が無いわけではない。

現に伯爵はザビノス子爵が死んだ日から今日に至るまで、城に戻っている時間はわずかだった。

なぜなら、反乱は達成されたものの後処理がまだ残っているからだ。

初めはアイティラもその後処理を手伝っていた。アイティラは力には自信があったので、大柄な男の死体であろうと二人を引きずって歩くことくらい簡単だった。しかし、それをやろうとしたら赤剣隊の面々や伯爵に止められてしまったのだ。


そして代わりに伯爵に頼まれた仕事が、城の中にいた女中たちの面倒を見ることだった。この女中たちは、この都市の人間でザビノス子爵に無理やり連れてこられたらしい。

だからアイティラは彼女たちに言ったのだ。


『ザビノス子爵はもういないから、ここで働く必要は無いよ。家族のもとに帰りたいなら手伝うから』


彼女たちが帰ってしまったらこの城を管理する人が居なくなってしまうけど、無理して働かせるほうがダメだと思っての言葉だった。

しかし、それを聞いた女中たちは困ったように小さく笑うと、アイティラの頭を優しく撫でて仕事に戻った。アイティラには何故だか分からなかったが、女中たちは変わらずに働き続け、アイティラの仕事はなく無くなってしまった。


そして現在に至り、アイティラは部屋の中を行ったり来たりしているわけだ。

重苦しい石の壁に、ランプの光に照らさしだされた少女の影が揺らめいていた。


アイティラがそんなことをしていると、どこかから車輪のガタゴトという音が聞こえてきてアイティラは動きを止めた。そして部屋に一つだけある小さな窓から顔を出し、音の正体に目を向けた。

そこには、この城を取り囲む城壁の間に挟まれた城門から、三台の幌付き馬車がゆっくりと進んできているところだった。そして、アイティラは先頭の馬車の御者をしている老人の姿を見て、急いで城の入り口まで走っていった。

アイティラが玄関口の立派な扉を開けると、それに気づいた老人の顔には優し気な笑みが浮かんだ。


「お久しぶりです、お嬢様。お変わりないようで安心しました」


コーラル伯爵の執事であるパラードは、一礼してからそう言った。

アイティラは小さな歩幅でパラードに近づいていき、すぐ目の前まで来てパラードを見上げた。

久しぶりに見たパラードは、相変わらずの白髪で顔には深いしわが出来ていたが、前に見た時よりどこか元気そうに見える。

アイティラは挨拶を返してから、パラードの後ろを覗き込んで言った。


「爺や、この馬車はなに?」

「カナンにある屋敷から必要になりそうなものを運んできました。しばらくあそこには戻ることが無さそうですから」


爺やはそう言うと横にずれて、馬車の中にあるものを見せてくれた。馬車の中には、調理器具や食料、置物、衣服、武器、その他にも色々なものが沢山積み込まれていた。


「これ、全部中に運ぶの?」

「ええ、とりあえずはそうしておこうかと」


爺やはそう答えたが、馬車の中にある荷物はかなり多い。後ろに続く馬車の御者をしていた男たちが二人はいるものの、全部を運ぶとなると大変そうだ。今は伯爵も兵士の人たちもここにいないし、女中たちに手伝わせるつもりは初めから無い。だからアイティラは自信満々に爺やに言った。


「私も手伝う。反乱を成功に導いた私に任せてよ」

「おや、それは頼もしいですね。ありがとうございます」


爺やは優しい眼差しをアイティラに向けた。


爺やとアイティラと御者の二人で馬車の荷物を城の中へと運んで行く。

馬車の中には本当にいろいろなものが入っていて、何に使うのか分からないものも中にはあった。

往復を繰り返していたアイティラは、次の荷物を手に取るとそれをちらりと眺めた。

それは両手で抱えられるほどの置時計のようだった。時計の文字盤の外側には、小さな緑の宝石が円を描いて囲むように取り付けられている。

アイティラはそれを確認すると目を離そうとして、何かに気づいて再び時計を見た。


その時計は緑色の小さな宝石で飾られている。しかし、はめられている宝石が一つ足りなかったのだ。

本来宝石が収まっているそこには、はめ込む用の穴だけがぽっかりと空いていた。

アイティラはそれを不思議そうに眺めて、近くに宝石が落ちているのではないかと見回したが、何処にも落ちてはいなかった。しばらくそうしていると、遠くの方から爺やの「お嬢様、そろそろ休憩にしましょう」との声が聞こえて来たので、宝石のことなど頭の中からすっかり消えてしまった。

アイティラは急いで時計を運ぶと、爺やのもとに駆けて行った。


***


「アポーラ、私たちもそろそろ何か依頼を受けません?」

「いいけど、何かいい依頼あったかなー?あまりランクの低い依頼受けすぎるとギルドマスターから怒られるし、Bランク以上の依頼があったら受けるよ」


カナンの町で二人の冒険者が話をしながら歩いていた。二人の冒険者はやがて目的の建物の前で立ち止まると、正面の扉を慣れた手つきで開け放つ。


「おっと、今日もにぎわってるねー。皆やっぱり暇そうだ。私たちも今日は休みにしよう」


扉を開けての開口一番、女冒険者アポーラはギルドを見回してそういった。隣の男冒険者ノランドは、その様子に深いため息をつく。

しかしアポーラはノランドのため息に聞こえないふりをして、ギルド内をきょろきょろ見回した。知り合いが居れば声でもかけようと思ってのことである。

すると、奥の方にある受付に、見覚えのある金髪の男性の姿が見えた。


「最近シュペルさんギルドにいること多いよね。前まではめったに現れなかったのに。シュペルさんも金欠かな」

「そんな訳ないでしょう。あの方は、報酬が少ないのに厄介な依頼でも引き受けるような善人ですよ。きっと今回も...」


二人がそんなことを話していると、受付嬢の驚きの声が聞こえた。アポーラとノランドは互いの顔を見合わせてからシュペルの方を見た。シュペルに動揺している様子はなく、その正面にいる受付嬢だけが驚きとともに残念そうな表情を浮かべている。


しばらく受付嬢との問答があり、シュペルは受付を離れると扉の方へと近づいて来た。アポーラとノランドがいる方向である。シュペルが二人の傍を通り過ぎようとしたところで、アポーラは先ほどの話が気になって声をかけた。


「シュペルさん。受付で驚かれてたみたいだけど、何を話してたんです?」


シュペルは二人を視界に収めると、少し間があった後に答えた。


「少し、いや...長期間この町を離れようと思ってな」


その言葉に二人は少なからず驚いた。シュペルは依頼で別の町に行くことはあるが、ほとんどカナンを出ることがなかったからだ。なぜこの町にこだわるのか理由は分からないが、少なくともシュペルはこの町にとって安心を与える要素にまでなっていた。

そのためノランドも、興味をそそられたように質問する。


「そうですか。ちなみにどちらまで行かれるのですか?」


今度の沈黙は長かったが、シュペルは青い瞳をノランドに向けて答えた。


「エブロストスに行くつもりだ。少し...気になる事があるからな」


ノランドはわずかに目を見開いた。エブロストス。それは今、もっとも噂になっている都市だ。


「...Sランク冒険者であるあなたに言うのはおこがましいですが、危険ではないですか?」


ノランドは、シュペルの表情をうかがうようにしてそういった。カナンの町にとっての最大戦力を引き留めたいという気持ちもあったが、ほとんどは本当に心配しての言葉だった。

しかしシュペルはただ一言、問題ないと告げただけで口を閉じてしまった。

ノランドにはその様子が、これ以上その話に踏み込むことを拒んでいるように感じて言葉に詰まる。

僅かな沈黙が流れると、シュペルは一方的に二人に別れを告げてギルドの外へと消えて行った。

扉の先に消えた背を、アポーラとノランドはしばらく呆然と眺めていた。




白銀の槍を携えたSランク冒険者は、建物を出たところで、丁重に布で包んだそれを取り出した。


「手掛かりはこれだけだ。二度とこの町に悲劇は起こさせない」


それは手のひらサイズの、小さな何かのようだった。

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