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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
赤き剣の反逆者
52/136

カナンにて

時は少しさかのぼり、ちょうど城塞都市エブロストスで赤剣隊が結成されたあたりでそれは起こった。


カナンの町で、いつもの賑わいを見せる冒険者ギルド。

木製の丸机を囲んで盛り上がっている冒険者たちを横目に、Sランク冒険者のシュペル・クルーガーは壁に背を持たれたまま、小さな手記に目を通していた。


「うーん。あっ!じゃあじゃあ、これはどうよ。黒い外套を翻しながら悪魔を真っ二つにした姿から、≪黒衣の天使≫!」

「アポーラ。その名前に似た冒険者パーティーがもうすでにあります。それに、本人がいないところで勝手に二つ名をつけるのはあまり良くないんじゃないですか?」

「だってしょうがないじゃん!あれからずっと帰ってきてないんだよー。それに、二つ名って本人が考えるんじゃなくて周り勝手に呼ぶものでしょ?」


シュペルのすぐそばのテーブルで、女冒険者が机に両腕を投げ出して口を突き出している。そして、その隣に座っている線の細い男冒険はあきれた風にため息をついている。


「だからアイティラちゃんが戻ってきたら、その二つ名を伝えて驚かしてやろうって思ってさ。なんなら歓迎パーティーでも開こうよ。アイティラちゃんに助けられたって人も多いから、大人数になるねー」

「それを知ったら余計に戻りずらくなりません?」


シュペルは聞こえてくる話を無視しつつ、口元に手を添えて考え込む。今目を通している手記には、この町で起こった悪魔騒動について調べたことがまとめられている。だが、調べて分かったことは余りにも少ない。

まず、悪魔を崇拝していた彼らがどうやってここまでの大事を起こせたのかが分からない。誰にもバレずにあそこまでの人数を増やすことが出来るのか、それに資金はどうやって集めていたのか分からなかった。出てきた証拠品も決定的なものは何もなく、関わっていた人間は悪魔として殺されているか、コーラル伯爵の所で尋問を受けているところだ。尋問の結果を聞きに行ったこともあったが、有益なものは一つもなかった。

シュペルは行き詰っていることを実感しながらも、手掛かりを得られる方法を思案する。


その時、意識を研ぎ澄ましていたシュペルに小さな音が聞こえてきた。それは建物の外から聞こえてきて、金属同士がこすれる音と集団の重たい足音だった。

シュペルがギルドの扉へ目を向けると、その木製の扉が勢いよく開かれて一人の男が入ってきた。

鈍い光沢を放つ鉄の鎧に身を包み、細長い槍の先端を天に向けたその男は、兜のスリットからギルド内を見回して口を開いた。


「今ここに集まっている方々!これより伯爵様から大切なお話があるため、中央広場に集まっていただきたい!この町に住むすべての者に関係のある話のため、ご参加願おう!では、失礼する!」


男は慌ただしい様子でそれだけ伝えると、風のように一瞬にして去って行った。ギルド内にいた冒険者たちは近くにいた人たちと顔を見合わせて、不思議そうに首をかしげた。


***


シュペルたち冒険者が到着するころには、すでに人々でごった返していた。カナンの町の中央広場は円形に広がっているが、もはやその中に入り切れなくなっているため、そこにつながる大きな道にまではみ出してしまっている。本当にカナンに住む人間がすべて集まっているかのようだ。

広場の中心には、今まではなかった大きな壇が設えられており、その上に伯爵とその執事、兵士が五人とボロボロの薄汚れた服を着た三人の男女が立っていた。

シュペルはボロボロの服を纏ったその三人に見覚えがあり、静かに目を見開いた。


「傾注!これより伯爵様から大事なお話がある!心して聞くように願おう!」


壇上に立つ一際大柄な兵士が、広場を埋め尽くす全ての人間に聞こえるような大声を上げた。

それと同時に、中心に立つ伯爵がーーいつもの格調高い貴族服ではなく、重厚な鎧を身に纏っているーー高い壇上から、ここにいる全員を視界に収めるように見回して、口を開いた。


「カナンの人々よ。私の呼びかけに答えてくれたことに感謝しよう。今の私には決断までの時間があまりにも足りなかったため、こうして君たちを集めさせてもらった」


伯爵は声を張り上げて、この場にいる人々に語り掛けた。先ほどの兵士に比べればその声は迫力のあるものではなかったが、不思議と良く響くその言葉が何の違和感もなくするりと心に入ってくる。

そしてその堂々とした立ち振る舞いはまさしく貴族然としていて、不思議と人を従わせるような力があった。


「隠すことなく今の私の状況を伝えよう。およそ一週間ほど前に、私のもとに陛下から書状が届いた。その内容を簡単に説明すると、私の爵位を取り上げ、新しい領主にこの町を任せるということだ。先日の悪魔騒動により、私の統治能力が疑われたらしい」


伯爵がそこで言葉を区切ると、人々の間にどよめきが広まった。あまりにも突然で衝撃的なことだったため、シュペルたち冒険者も目を見開いた。

確かにあの悪魔騒動は、今でも壊された建物の跡が町中に見られ、カナンに住む人々の中に暗い影を落としている。それでも、この騒動でカナンの住民はコーラル伯爵のことを恨んではいない。それどころか感謝しているのだ。悪魔騒動の時も、伯爵が送りだした兵士たちによって多くの人が助けられた。そればかりでなく、伯爵自身も剣を取って戦いに参加していたのだ。

騒動が終わった後も、家族を失い悲しみに暮れる人々の元を訪れ、壊れた家屋の修繕まで手配してくれた。そのためカナンの住民は、颯爽と現れて悪魔を斬っていった小さい冒険者と同じくらいに伯爵のことを好意的に見ていたのだ。


だからこそ、その伯爵が責を問われることに納得いかなかった。


そんなどよめき広がる広場に、再び静かなる声が聞こえてきた。

しかし、その言葉はさらに彼らを混乱させることになる。


「だが、私はこれを受け入れるつもりはない。このまま剣を折られることは防がなければならない。だからこそ、ここに宣言しよう......私はッ、国王陛下に刃を向けッ、今の王政を打倒するとッ!!」


「なッ!」


シュペルは驚きの声を上げ、絶句した。

あたりまえだ。確かに納得は出来なかったが、その決断は過剰すぎる。

爵位を奪われ、力を失う。それだから王に反旗を翻すなど、正気ではない。

だが、揺れた民衆の心も、次から語られる言葉で変わってしまう。


「無論、私はそれだけの為に陛下に敵対するのではない。パラード、こいつらを前へ」


執事が薄汚れた服の三人を、人々の前に立たせる。人々は彼らが何者なのか知らないため、困惑の表情を浮かべた。


「こいつらは、先にあった悪魔騒動を引き起こした者たちだ。冒険者によって捕らえられ、つい最近まで私の方で情報を聞き出していた。そして、皆に伝えねばならぬことを口にしたため、ここで発言させる」


それを聞いた人々は一斉に殺気立ち、薄汚れた格好の三人組を見た。大勢の民衆が怒りを宿した瞳で注目して、今にも飛び掛からんばかりの剣幕だ。それほどの敵意を一身に浴びれば、普通の人間は卒倒してしまうだろう。

しかし、その三人は生気のない動きで膝を折ると、先頭の人物がしわがれた声で話し始めた。


「私たちがあなたがたを傷つけたことは本心ではありません」


その言葉に民衆の間に沈黙が落ちると、爆発するような怒号が響き渡った。

今にも襲い掛かりそうな民衆だったが、大柄な兵士が怒鳴ることで何とか静まった。

だが、彼らの怒りは健在である。

場が静まると、その人物は続けて話し始めた。


「私たちは命令されたのです。とあるお方に。そうすれば、私たちに多大な恩賞を与えると約束してくれたのです」

「して、その人物は?」


伯爵が問うと、薄汚れた人物はうつろな目で虚空を眺めたまま答えた。


「そのお方は、この国の宰相様です」


怒りを宿して聞いていた人々は、一瞬にして耳を疑った。

なぜここで宰相という地位の人物の名前が出てくるのか、この町の中で生きていた彼らには理解できない。

そして、この中で一番衝撃を受けていたのはシュペル・クルーガーだった。

騒然とした雰囲気の中で、伯爵が再び口を開く。


「聞いての通りだ。君たちには衝撃的な内容だろう。しかしだ、あの宰...」


伯爵はそこで言葉を区切って、静かにある一点を見た。

それはこの広場につながる大通りの一つ。その先に何があるのか、伯爵は静かに見つめていた。

そしてシュペルは遠くから聞こえてきたその音に、勢いよく背後を振り向いた。


遠くの方から、馬に乗った集団がこちらに向かって来ていた。

その身に纏う色は、少し前に見た覚えがある。まるであの時と同じように、彼らが駆けてきていた。


「紅の騎士団...?」


そう。向かって来ているのは紅の騎士団だ。ただ、前回よりも人数が少なく、多くても五百騎ほど。

さらに先頭を走っているのは団長のイグリス・フォティアではなく、見覚えのない騎士だった。

なぜ紅の騎士団がここにいるのか分からず、シュペルが伯爵の元を眺めると、大音声を出していた大柄の兵士が壇上から降りているところだった。

その兵士は民衆をかき分けながら、どこかへ消えてしまった。


やがて聞こえてくる音が大きくなり、ついに騎士たちは広場につながる大きな道を埋め尽くす民衆の前で止まった。シュペル達から少し離れているが、騎士たちは民衆が集まっているこの異常事態に驚愕の表情を浮かべていた。

しかし先頭の騎士が壇上にいる伯爵のことに気づいたのか、民衆のざわめきにかき消されないように大声で言った。


「コーラル伯爵!この集まりは一体何なのですか!?我々は貴方に用があるため、この者たちを今すぐ解散させていただきたい!」

「私に用があるならば、この場で言えばよい。それとも何か言えない理由でもあるのか」


騎士は伯爵にそう呼びかけたが、伯爵はそれに冷ややかな視線を浴びせかける。

思っていた反応と違ったのか騎士は呆気にとられると、目を吊り上げて怒りだした。


「役目など、貴方が一番理解しているはずだ!貴方には登城命令が出ている!王令を無視した言い訳があるのなら聞かせてもらおう!」

「言い訳などはない。これは私の決断だ」

「ならば、王令を無視したと認めるわけだな!こちらへ来い!我々とともに陛下のもとまで来てもらう!」


騎士がそう叫んだが、伯爵は壇上から動かない。焦れた騎士は、伯爵のもとまで行こうとするも、そこまでの道を民衆が塞いでいるため進むことが出来ず、さらに苛立つ。

そして、苛立った騎士はこの場で最も悪い一手を打ってしまった。


「ええい!どけ!我々の邪魔だてをするというならば、その者も同罪だ!すぐに道を開けろ!」


騎士は、腰に差していた剣を鞘から抜き取り、民衆の前に掲げた。

その騎士は、ただの脅しのために抜いたのであり、民衆を殺すつもりはなかった。

だが、人々は先ほどの話で、宰相に、そして王に不信感を持っていた。

そこに民衆を守るはずの騎士団が剣を抜いたことで、民衆は騎士たちをはっきりと敵だと認識したのだ。

民衆は伯爵を渡すまいと、騎士たちに敵意を向けて道を遮った。


「!?」


そして、騎士もその反応は予想外だったのだろう。剣を掲げたまま、固まってしまっている。

そこへ、厳かな声が響いた。この場で唯一この事態を治められる人物の声だ。

しかしその人物の口から放たれたのは、この場を治めるものではなかった。


「私は、決断した。このまま首を絞められて殺されるよりも、一矢報いる方がはるかにいい。血が流れることになろうとも、その血の上に新たな芽生えがあるのなら、私は戦おう」


「「突撃!我らが敵を貫け!」」


伯爵の言葉が言い終わると同時に、どこかから大音声が聞こえてきた。

そして、幾重にも重なった金属のこすれる音とともに、勢いよく駆ける足音が地を鳴らす。

騎士たちは突然の出来事に面喰い、ついで何かに気づいたのか焦った表情で腰の鞘に手を伸ばす。

しかし、その時には遅かったようだ。


大きな通りに馬に乗って立ち止まっていた騎士たちは、その左右を挟むようにして立っている建物の隙間から現れた者たちに襲い掛かられていく。

建物と建物の隙間からとめどなくあふれる濁流のように現れたのは、伯爵に従う兵士達だった。

鉄の衣をまとった彼らは、手にもつ長い槍で騎士たちの身体を貫いていく。

騎士の数は多かったが、兵士たちはそれに負けないほどの人数と勢いですべてを蹂躙していく。

騎士たちの大半は剣を抜いた瞬間には手遅れとなり、戦闘態勢を整えた者も繰り出される無数の長槍には敵わず、一人、また一人と倒れて行った。


あまりの出来事に、人々はその光景に言葉を出すことも出来ず見入ってしまう。

そこに、再び言葉が掛けられる。今度の言葉には、威厳が、そして迫力があった。


「カナンの人々よ!分かっただろう!もはやこの国を治めるべき者たちは、君たちに剣を向けることに関して何のためらいもない!」


人々は、その声に、言葉に、かつての国境の護り手として名を馳せた、若かりし頃の伯爵を幻視した。


「賽は投げられた!力及ばず倒れ伏すのでない限り、私は止まらずに戦い続けることを誓おう!私はこれより城塞都市エブロストスへ向かう!そこでは、私の信頼できる小さな友人が戦っているからだ!」


そして、人々は熱に浮かされたように高揚し、伯爵をたたえる叫び声を上げた。

騎士と戦った兵士たちは、しばらく身に付ける機会のなかった重厚な鎧と兜に、そして、勝利の高揚に笑みを浮かべていた。


この瞬間、カナンの町の人の心は一つにまとまっていたことだろう。




「......用心深いあの宰相が、自分の役職を明かすものなのか?...どこか違和感がある」


ただ一人、白銀の槍を持つ冒険者を除いて。

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