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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
赤き剣の反逆者
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出発点

「この方法で本当に行けるのか?」

「分からないけど、このまま終わるよりはいいじゃん」


話し合いは続き、アイティラと伯爵は一つの計画を完成させた。机の上には、羊皮紙に絵や文字が書き加えられたものが乱雑に広がっている。ここに書かれていることは伯爵の復讐の計画であり、これから行われる作戦を書いたものだ。

伯爵は髭をなでつけ、後ろに控える爺やに向けて声をかける。


「パラード、水を用意してくれ。二人分だ」

「かしこまりました」


爺やはどこか嬉しそうな声を出して、部屋から出て行った。なにかいい事でもあったのかもしれない。

アイティラは消えていく爺やの背中を見送ってから、目の前の伯爵へと視線を向ける。

そこでアイティラは目を細めた。なぜなら伯爵の顔は爺やとは反対に、どこか曇った表情をしているからだ。


「なんでそんなに浮かない顔してるの?」

「ん?ああ、いや」


伯爵はアイティラに声をかけられても、その顔は晴れなかった。

アイティラはその様子から不安を感じ取り、伯爵の顔をうかがうようにのぞき見る。

これは伯爵の復讐であり、伯爵としても喜ぶべきことのはずだ。それなのにどうしてそんなに暗い顔をしているのだろう。


「私は頼りなさそうに見える?」


伯爵は慌てて否定する。


「いや、そうではない。Sランク冒険者になった君の力は信頼している」


僅かに腰を浮かせた伯爵は再び腰を落ち着けると、小さく息を吐いた。

そしてまた曇った表情になったかと思うと、顔を上げアイティラのことを探るように見た。


「教えてくれないか?君がなぜ私に協力してくれるのか。言っておくが、これから行うことは明確な国への反逆だ。上手くいかなければ、君もその代償を支払うことになる」


そこにはわずかな疑念も含まれているようだったが、それだけでなくどこか罪悪感めいた感情も含まれているように感じた。


「それは...」


アイティラはわずかに言いよどんだ。初めはただ敵が共通しているから、利用するために会いに来た。だが、事情を知った今は協力する理由も変わってしまった。

アイティラが口を開きかけたとき、爺やが部屋に戻ってきた。しかしそこにいた爺やは慌てた様子で、アイティラと伯爵は驚いた。


「旦那様、お客様がいらしております。」

「客だと?いったい誰...」


伯爵がそう言いかけたとき、爺やの後ろから一人の人影が部屋へと押し入ってきた。


「久しいなコーラル伯爵。勝手に上がらさせてもらったぞ」


入ってきた男は伯爵とそう年も変わらなそうな男だ。服装からして高貴な出なのだろうその男は、座っているアイティラと伯爵の前まで、まるでここが自分の家であるかの様な態度で進んできた。


「誰この人?」


アイティラが伯爵に向けてそう言うと、入ってきた男は鋭くこちらを睨んできた。アイティラは睨まれたので、男に向けてにらみ返す。

伯爵は眉を寄せて入ってきた男を見据えると、アイティラと話していた時とは違った険のある声を出した。


「ザビノス子爵。貴公を招いた覚えはないが、何の用だ。それに、こちらも客人を迎える準備というものがある。勝手に入ってくるのはどうかと思うが」


伯爵はそう言いながら、机の上に広がった羊皮紙を自然な流れで集めた。そして、男からは見えない位置へとこっそり移動した。


「なに、大層な歓迎をしてくれるのはありがたいが不要というもの。大した用ではないのですぐ終わる」


ザビノス子爵と呼ばれた男はそのまま伯爵を一瞥すると、伯爵の対面を占領しているアイティラのもとまで近づいてきた。


「女、そこを退け。そこはお前のような奴が座っていい場所ではない」


ザビノス子爵はアイティラを無理やり追い立てると、アイティラお気に入りのソファーにどかっと腰を下ろした。それからアイティラには興味を失ったように目もくれない。

アイティラはザビノス子爵を鋭く睨みながら、伯爵の後ろに移動した。

ザビノス子爵はその様子を鼻で笑うと、眉をしかめたままの伯爵へと視線を向ける。


「コーラル伯爵。貴方もずいぶんと落ちぶれましたな」

「......何がだ」

「そこの娘はずいぶんと粗末な身体をしている。あの伯爵様がそういう女が好みだとは知らなかった。まさか奴隷でも買われたのか?」


ザビノス子爵は、その口元を歪めて言った。


「......奴隷?」

アイティラの手に魔力が集まり、剣の姿を形作る。しかし行動に移すことはしなかった。ここで殺したらせっかく考えた伯爵の復讐が台無しになってしまうからだ。

伯爵の影に隠れたアイティラがそんなことを考えてると知らないザビノス子爵は、伯爵の反応を楽しむかのように伯爵の様子を細めた目で見る。


「......ずいぶんと口が過ぎるな、ザビノス子爵。爵位で言えば私の方が上だというのに、子爵位である貴公がそのような言動をするのは不愉快だといえよう」


伯爵はその声に怒気を含ませて言った。まるで今にも襲い掛かりそうな鋭い瞳は、見るものを竦めさせるような迫力があった。

ザビノス子爵は額に冷や汗を浮かべながらも平静を装い、机の上に一通の手紙を放り出す。

伯爵はザビノス子爵を鋭く見止めてから、机の上へと出された手紙へと視線を移し、そして固まった。


そこには王家の紋章が描かれた封蝋がされていた。


「王家...から...だと」


伯爵は、震える手で封を切り中の手紙を取り出す。


「ッ!!」


ザビノス子爵の笑みが深まった。


「見たなコーラル伯。いや、レイモンド・ジ・コーラル。貴様はもはや貴族とは言えない。」


伯爵は手紙を手に持ったまま微動だにしない。その様子にザビノス子爵は勝ち誇ったような顔になる。


「一週間後にお前は貴族位を剝奪される。まあ、安心するがいい。この町も、お前の持つ領地もすべてはこの私が引き継ぐことになる」


そこまで言ったザビノス子爵は、驚いた様子のアイティラと執事を視界に収めると、コーラル伯を嘲るように見て言った。


「城塞都市エブロストスの時と同じように」


もはやザビノス子爵は、伯爵を見下す態度を隠そうともしなかった。それでも伯爵は動かない。

その様子に満足したのか、ザビノス子爵は堪えきれない笑みをその顔に浮かべている。


「では私は帰るとしよう。見送りは結構だ!」


それを最後にザビノス子爵は立ち上がり、この場から立ち去った。

後に残ったのは、手紙を握りしめたまま震えている伯爵と、後ろで立っている爺やとアイティラだけだ。

アイティラは伯爵に近寄り、手紙の内容を覗き込んだ。


その手紙に書かれていたことは、簡単に言ってしまえば伯爵の爵位を取り上げるとともに、先ほどのむかつく男に領地を引き渡せということだった。

一週間後に荷物をまとめてカナンの屋敷から離れ、王城に登城したことを最後に伯爵位を剥奪される。

余りにもひどい仕打ちだった。


「私は...これでも...この国に貢献してきた。帝国の侵入を防ぎ...国のために命を捧げてきた。」


伯爵は肩を震わせ、手紙を強く握りしめる。手紙がくしゃりと音を立てた。


「それなのに...。それだというのに!王は息子だけでなく、わずかに残ったこの町すら奪うのかッ!!」


伯爵は手紙を破り裂き、机に強く叩きつけた。

怒りに震える伯爵は、拳を強く握りしめると再び机にたたきつけようと腕を上げる。

しかしその腕は振り下ろされることはなかった。アイティラは伯爵に近づいていき、伯爵を優しく抱きとめたからだ。

伯爵は小さく身体を震わせた後、その腕をゆっくりと下におろした。


「......すまなかったな、アイティラ嬢。少し取り乱した。」

「大丈夫だよ伯爵。落ち着いた?」


伯爵は深く息を吸い込むと、机の上に散らばった王家の手紙を見て歯を食いしばった。


「私は正直迷っていた。先ほど考え出した復讐の計画には、多くの血が流れる。私が守るべき領民を、再び犠牲にしなくてはならない」

「うん」


伯爵は俯き、震える声で言った。

しかしその声の震えは恐怖からではない。静かに燃える熱情からだ。


「だが、このまま奪われるよりはましだ。あのザビノス子爵が領主となり、領民が虐げられるようになるよりはずっといい」


伯爵は顔を上げ、アイティラの目を真っすぐと見た。その理知的な瞳には、強い怒りが宿っていた。


「アイティラ嬢。すまないが、この私の復讐に付き合ってはもらえぬか」


伯爵の力強い視線に、アイティラは初めて少女のような可憐な笑みを見せて頷いた。

これでアイティラも安心して協力できる。


「そういえば、どうして私があなたの復讐に協力するかまだ言ってなかったよね」


アイティラは、伯爵から離れて対面の方へと進んでいく。


「私、家族を大切にする人が好きなの。だからあなたに協力したい」


そこまで言って振り返った少女の姿を見て、コーラル伯爵は小さく息を呑む。


「復讐も愛の一つの形でしょ?」


そういった少女の姿は美しかった。


***


「お客さん。もうすぐ目的地まで付きますよ、起きてください。」


不規則に感じる振動に身体を揺られながら、ローブを纏ったその人物は身体を起こす。


「しかし、今のあの都市に行きたいなんて言う人も珍しいですね。お客さん見た感じだいぶ若く見えますが、親しい人に会いに行くとか、そんな感じですか?」


ローブの人物は声をかけてきた御者の奥に見える、大きな壁に囲まれた都市を見てそのフードを持ち上げた。


「......ううん、違うよ。私はあそこで、小さな種をまきに行くの」


車輪が石に躓いたのか、馬車が大きく振らされる。御者の男は馬を落ち着けて、前を見ながら困惑した声を出した。


「種まき?種まきですか?あの都市に大きな畑なんてありませんよ?だってお客さんの目的地はーーー」


御者は息を吸い込んで、その言葉を発した。


「王国の最北に位置する大都市、城塞都市エブロストスなんですから。」

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