パンとチーズ
名前をもらってうれしそうなアイティラを横目に、オスワルドは腰につけていた小さいカバンからパンとチーズを取り出した。
「アイティラよ、お前はパンとかチーズは食べられるのか?」
アイティラは質問の意味がよく分からずにぽかんとしている。
そんなアイティラにオスワルドは言葉を続ける。
「ほら、お前さんは吸血鬼だろ。
だから血以外は飲めないんじゃないかと思ってな。」
その言葉をきいたアイティラは、衝撃を受けた顔をして固まっている。
そんなアイティラに気づかずに、オスワルドはさらに言葉を続ける。
「吸血鬼なんて、大昔に存在したって伝承くらいしかわしは知らないからな。
正直、人の血を吸う強大な力を持った化け物だとしか聞いたことがない。」
アイティラは顔をこわばらせてその言葉を発する。
「吸血鬼...?」
その声の震えに気づいたオスワルドは、アイティラのこわばった顔を見て、鋭い目を見開き、驚いた声を出す。
「まさか自分が吸血鬼だったことも覚えていなかったのか!」
アイティラは、自身が吸血鬼と言われても信じられなかったが、もし自分が吸血鬼なら自身が封印されていたらしいことも、今が夜なのに昼間のように明るく見えていることにも説明がつく。
それと同時にアイティラは、急激な不安を感じ、おずおずとオスワルドに尋ねる。
「わたしが吸血鬼なら、オスワルドは何で封印を解いたの?
わたしを完全に殺すため?」
その言葉にオスワルドは、ムッと言葉を詰まらせる。
そうしてしばらく黙り込み、「まあいいか」と一言を呟いた。
「わかった、わしがお前さんについて知っていることと、封印を解いた理由を教えてやる。」
そうしてオスワルドは話し始めた。
「…わしは最近までは国で結構な地位にいた魔術師でな、普段は魔術の研究や、ダンジョンの調査をして過ごしていた。
そんなある日のダンジョン調査で、わしは一つのボロボロの本を見つけたんだ。
その本はすべて古代文字で書かれていて、わしはその本を解読した。
すると驚くことが分かった。かつて恐れられていた吸血鬼が、勇者と呼ばれる人物に封印されたと。そしてその本には封印を解除するための魔術式も載っていたんだ。
ダンジョンから出てくる古代魔道具はどれも強大な力を持っていて、現在の説ではおよそ6000年も前のものと言われている。
わしはその時代のことが知りたかったのだ。
その為、封印解除の術式を禁術だと理解しながらも解析し続け、ついに身に着けた。
だが、その時に弟子のひとりに禁術の研究をしていることがばれてしまい、国に犯罪者として指名手配されてしまったんだ。
それでもわしは、6000年前の強力な魔道具を作っていた時代のことが知りたくて、その本と現在の地図を照らし合わせて、おおよその場所を特定し、ついにお前さんが封印されている場所を探し出したんだ。」
パチパチと燃えている焚き火を見ながら、長々と語っていたオスワルドは、顔をあげアイティラを見る。
「まあつまり、わしがお前さんの封印を解いたのは、お前さんが生きていた時代のことを聞きたかったからというわけだ。」
オスワルドはそう言って、話を締めくくった。
話を聞いていたアイティラは、自身が記憶を無くしていることに、少しだけ申し訳なく思った。
だがオスワルドはそんなアイティラに、あっけらかんと言う。
「確かに昔の話を聞けなかったのは残念だが、もうしばらくすれば思い出すかもしれないしな。
思い出すまでは一緒に過ごすつもりだ。
それでアイティラ、パンとチーズは食べられるのか。」
アイティラは、思い出すまでは一緒にいてくれると言ってくれたオスワルドになぜだかとても安心した。
そうして、自身を吸血鬼だと認識したアイティラは、自身の吸血鬼の特性について少しだけ思い出すことができた。
「人間が食べるものは普通に食べれるよ。
血を吸うのは、血に含まれてる魔力を効率よく取り入れるために吸うだけだし。」
それを聞いたオスワルドは、アイティラにパンとチーズ2枚を手渡し言った。
「それならお前さんには特別にチーズを2枚やろう。
携帯食料だから街で食べれるものより幾段か味は劣るがな。」
そういってオスワルドは、パンにチーズをのせて、焚火に近づけた。
アイティラもそれをまねて、チーズを2枚乗せたパンを焚火に近づける。
パンは固くぱさぱさしていたが、オスワルドと一緒に食べた、とろけたチーズの乗ったパンはとてもおいしく感じた。




