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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
カナンの英雄
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音を立てて歪んでいくような

アイティラが悪魔を切り捨てていたのと同時刻、もう一つの場所でも一人の冒険者が戦っていた。

その男は白銀の槍を振り回し、二体の灰色ローブを纏った悪魔たちと交戦していた。


「ぐっ、ぐぅ!おのれ、人間のくせになかなかやりおる!」


悪魔はその高い身体能力で、人間など簡単に圧倒できるはずだった。しかし、なぜか悪魔二人がかりで剣を振りかざしているというのに、すべての攻撃がさばかれてしまう。

いや、それどころかその男の槍は打ち合うごとに鋭さを増し、ついに悪魔一人の首を貫き強引に吹き飛ばした。


「ちぃっ!闇槍(ダークランス)!!」


もう一人の悪魔が魔術を発動し、その闇色の槍が男に迫る。しかし、男はその槍をいともたやすく避け、魔術は轟音を立てながら地面をえぐった。男は無傷のままだ。

その様子に焦った悪魔は、その長剣に魔力を流し、圧倒的な力によって押し潰してやろうと踏み込んだ。それに合わせて、その男も槍を構えた。


「ぶっ潰して......ッ!!」


悪魔の声はそこで途切れた。

突き出したはずの剣は一瞬にして、白銀の槍に絡めとられ地面にたたきつけられていた。

そして反応もできないまま、その腹に大きな風穴を開けられていたのだ。


「そんな...ことがッ......」


悪魔は鈍い音を立てて崩れ落ちた。

男は槍を引き戻し、あたりに散らばる死体と、崩れた家屋を見てその目を細めた。


「......」


槍を強く握りしめる音が空しく響いた。


***


アイティラは倒れ伏す灰ローブの傍に立ち、喝采を浴びていた。

戦いの気配は、今ここで死んでいる悪魔で最後だった。それゆえに、その手に持っていた赤い剣はすでに消えており、悪魔を倒す姿を目にした民衆が喝采を上げているのだ。

アイティラはその中心で、不思議そうに歓声を聞いていた。


「アイティラちゃん!!」


遠くの方から大きな声がしてアイティラは声の方に視線を向けると、そこには大きく手を振っているアポーラと、そのほかの<夜明けの星>の面々がこちらに向かって来ていた。

アポーラはアイティラが振り向いたことに気づくと、突っ込んでくるような勢いでアイティラのもとまで駆けてきて、アイティラを高々と持ち上げた。


「良かった~。無事だったんだね。」

「......うん。無事だよ」


その顔に小さな笑みを浮かべたアイティラを、アポーラはそのまま抱きしめた。


「それと、アイティラちゃんが大活躍したって聞いたよ。まさかここまで強いとは知らなかったなぁ」

「戦うことは得意だから」


アイティラは、身体の力を抜いてその目を優しく細めた。

やっぱり不思議と安心する。ほんとうに不思議だ。

後から追いついたノランドは、今回ばかりはアポーラを止めることはせず、小さくため息をつくだけだった。


「終わったみたいだな」

「わっ!シュペルさん、いつの間に!」


すぐ近くから声が聞こえたかと思えば、そこにはいつの間にかシュペルがいた。いつもの感情を感じさせない涼しい顔で、そこに立っていた。

ただ、なんとなくいつもより機嫌が悪いようにも見える。

アイティラがそう感じてシュペルを見ていると、シュペルは「気にするな」とだけ言い残し、周囲を見回した。

人々は脅威が去ったことに歓喜しているように見えるが、それでもその顔には不安があった。中には知り合いを失くしたのか悲痛な顔をしているものも。

そんな彼らが、不安や苦痛をごまかすように声を張り上げて歓声を上げているのだ。


「こんな大事になるとはな......」


シュペルは噛みしめるように、ぽつりと言葉を呟いた。

そしてこちらを振り返る。


「後のことは、領主であるコーラル伯にも協力を仰いだ方がいいだろう。とりあえずはギルドに......」


言葉は途切れ、シュペルが突然ある方向へと振り向いた。

アイティラもその音を聞いて目を細め、アポーラも抱き上げていたアイティラを下ろし音の方へと視線を向けた。


そこには紅き群れがいた。

その蹄の音は、堂々と無遠慮にカナンの中を駆け巡る。その馬の嘶きは、そこにいるすべての者を振り向かせた。

紅のサーコートに身を包み、無人の荒野を駆けるかのように悠々と馬を走らせるその集団は、真っすぐとこちらへ向かってきた。


「紅の騎士団だと?」


王国にある四つの騎士団。そのうちの一つである紅の騎士団がカナンの町を駆け巡る。


***


紅の騎士団の団長であるイグリス・フォティアは、荒れ果てたカナンの町の中を疾走する。その後ろには、団員である3千の騎士が付き従う。速度を緩めずに馬を走らせる騎士たちに、驚いたカナンの住民は大慌てで道を開けた。


「ハインリヒ。悪魔は、吸血鬼はどこだ!全然いないじゃないか!」


イグリスは、頭の後ろで結んだ燃えるような赤髪を揺らしながら、隣に追従する男に向けて怒鳴った。


「もしかしたら、もう倒されてしまったのではないでしょうか。戦闘の跡はいくつか見ましたし...」


ハインリヒと呼ばれた線の細い黒髪の男はそう答えた。その言葉を聞いて、イグリスはその端正な顔を歪める。


「もしそうだったとしたら無駄足じゃないか!せっかくあの蒼が無様をさらしてくれたというのに、このままでは好機を逃すことになる!」


イグリスは、王城で指令をもらった時のことを思い出す。珍しいことにあの蒼の騎士団が任務に失敗し、主犯格の化け物を逃がしてしまったらしい。そのことで、陛下は蒼の騎士団長であるヘルギを叱責し、代わりにイグリスへと次の任務を与えたのだ。

蒼の騎士団が逃がしたという吸血鬼を紅の騎士団が討伐すれば、蒼の騎士団よりも紅の騎士団が優れていることの証明になる。


前々から蒼は気に入らなかった。団長のヘルギのみならず蒼の騎士団は全員が平民出身なのだ。

そんな奴らが誇りある王国貴族の私たちと同列に語られるのが気に入らない。

そんな身分で、分不相応にも陛下に意見しているのが不愉快だ。


「イグリス様、あそこに人だかりができています!一度状況を聞いてみた方がよろしいかと!」


ハインリヒの言葉にイグリスは一度頷くと、後ろに付き従う騎士たちに告げた。


「速度を落とせ!あの人だかりのところまで進むぞ!」


近づくにつれ、その集団の様子が明らかになる。


中心には武装した人間と、それを取り囲む民衆の姿が見えた。

紅の騎士団は速度を落とし、その集まりへと進んでいく。


「私たちは紅の騎士団だ!状況を報告しろ!」


イグリスは声を張り上げる。するとその中から声がして、一人の人物が現れた。


「紅の騎士団がなぜここにいる」


無礼な物言いにイグリスが眉を寄せその人物を目にしたとたん、その目がわずかに見開かれた。

そしてその目を鋭く細めると、馬上からその男を見下ろした。


「それはこちらのセリフだ。シュペル・クルーガー。貴様がなぜここにいる」

「......」


シュペルはピクリと眉を動かし、瞳の温度を下げてイグリスを見た。

その様子を見たイグリスはほんの小さく唇の端を上げる。

シュペルの視線はますます鋭くなった。


「まあ、いい。それよりもだ。状況を説明しろと言っているんだ!」

「......悪魔はすでに討伐済みだ。もう終わった」


イグリスはその言葉を聞き改めて周囲を見る。傷を負った兵士や冒険者も集まっており、もうすでに落ち着いている様子だ。

だとしたら非常に都合が悪い。思わず不満がこぼれてしまう。


「チッ。こんな簡単に倒されるなど、悪魔も吸血鬼も使えん奴らだ」

「吸血鬼だと?」


イグリスが機嫌悪く小さくぼやくと、その言葉にシュペルが反応した。その反応にイグリスは引っ掛かりを覚えた。


そこで思い出した。

吸血鬼という名前は蒼の騎士団が逃がした化け物のことだ。

その名前を知るのは騎士団や陛下、一部の貴族のみだ。つまり、ここにいる者が吸血鬼という名前を知らないのは当然だ。

イグリスは面倒に思いつつも、その吸血鬼という名前の化け物について教えてやった。


「いただろう?翼をはやした小柄な化け物が。ローブを纏った、赤い瞳をした化け物が」


イグリスはそういうも、シュペルは本当に分かってないようだった。そして、周りにいる冒険者や兵士たちもその化け物を知らない様子だ。

イグリスは知らず知らずのうちに笑みが深まった。

同じく笑みを浮かべたハインリヒが、イグリスに小声で耳打ちした。


「イグリス様。どうやら吸血鬼はまだ倒されていないみたいです。現れるまで待ちますか?」


イグリスは考えた。このまま待っていて本当に吸血鬼は現れるのか。

その翼を生やしたローブの小柄な化け物は。

もし現れなかったとしたら、せっかくの好機を逃してしまう。それだけは避けたい。

あてもなく視線をさまよわしたイグリスは、ある一点に視線を止めて凶暴な笑みを浮かべた。


「いや、ハインリヒ。その必要は無いかもしれない。ちょうどいいのがいるではないか」

「ちょうどいいの?.....ッ!!まさかそういうことですか。さすがですイグリス様」


イグリスはその笑みを深め、獲物を甚振る獣のように目を細めて進み出た。

ハインリヒも、その様子に口の端を持ち上げる。


「なんだ?」


シュペルが突然前に出てきたイグリスに警戒するも、イグリスは馬に乗ったままその横を通り過ぎる。

構わず馬を進めるイグリスに、その先にいた冒険者や兵士たちが横にずれていき、ある人物の前で馬は歩みを止めた。


「見つけたぞ!お前が吸血鬼だな!」

「......」


赤い瞳の少女は、その目を細めて女騎士を見上げた。

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