外されたフード
冒険者ギルドにもたらされた緊急依頼「悪魔討伐作戦」は、Sランク冒険者シュペルとアイティラのほかに、AランクからCランク冒険者までの約三十人ほどが集まった。
そしてその冒険者たちが今、シュペルを先頭にしてカナンの町のある場所を目指して進んでいるのだ。
当然町の人たちは武器を携帯したその異様な集団に驚くものの、彼らが身に付けている冒険者のプレートを、そして先頭を歩くシュペルの姿を見て警戒を和らげる。
冒険者はカナンの住人にとって身近な存在であり、特にSランク冒険者であるシュペルは住民たちにとって町を守ってくれる彼らの英雄なのだ。
「いやー、それにしてもちっちゃいねぇー。何歳なの?」
そして集団の先頭、シュペルの後ろについて歩いていたアイティラは、隣を歩いている大剣を背負った女の冒険者に話しかけられていた。
アイティラは顔を上げ、背の高いその冒険者を見上げる格好になる。とはいえ、ローブについたフードによって、冒険者の顔を見ることはなかったが。
「たぶん...16くらいかな?」
「そっかそっか、じゃあ名前は?」
「アイティラ」
その女冒険者はうんうんと頷くと、快活な笑みを浮かべて行った。
「じゃあアイティラちゃんって呼んでいい?あとあと聞きたかったんだけど、シュペルさんと一緒にギルドに入ってきたよね?もしかしてシュペルさんのお弟子さんだったりする?」
女冒険者はアイティラの方に身を傾けて、次々と質問してくる。それにアイティラが答えようとしたところで、二人の後ろから柔らかな男の声がかけられた。
「アポーラ。あんまり続けて質問しすぎると相手を困らせてしまいますよ」
アイティラと女冒険者が振り向くと、そこには声をかけたであろう線の細い男がいた。
アポーラと呼ばれた女冒険者は「いけない、いけない」と小さく言葉を漏らしてからアイティラの方へ振り返った。
「自己紹介がまだだったね。私たちはAランク冒険者パーティー<夜明けの星>のアポーラ!そしてこっちが私たちパーティーの目と耳のノランド!ほんとは後二人いるんだけど、今は後ろの冒険者達と話してるからねー」
ノランドと紹介された男はアイティラへと丁寧なお辞儀をして見せた。
「会話を盗み聞きするつもりはなかったのですが、僕としてもやはりシュペルさんと一緒にいたことが気になってしまいましてね。シュペルさんは今まで一度もパーティーを組んでいませんし」
ノランドは先頭を一人で歩いているシュペルの方をちらりと見てから言った。
ここからシュペルまでの距離は開いているため聞こえることはないと思っていても、本人にあまり聞こえるのはよくないと思ってのことだ。
「私はたまたま依頼で一緒になっただけだよ。だからパーティーを組んだわけでもないし、今回の依頼だけ一緒にいるの」
ノランドは顎に手を当ててから言った。
「たまたまではないと思いますよ。シュペルさんは今までも、あまり誰かと依頼を受けたことはありません。もし依頼で一緒になっても、一人で解決しようとするんじゃないでしょうか」
「そうなの?」
アイティラは小首をかしげた。
シュペルはこの依頼を達成するために、アイティラに協力してほしいというようなことを言っていたのだ。ノランドはアイティラがあまり腑に落ちていない様子を見ると、小さな笑みを浮かべて言った。
「もしかしたら、あなたはシュペルさんに実力を認められたんじゃないですか?そうだとしたらすごい事ですよ」
アイティラはフード越しにノランドを見上げながら、ほんとにそうなのかなと考えた。
そうして注意がノランドに向いたことによって、アイティラは近づく影に気づかなかった。
「むぎゅ」
アイティラは小さなうめき声を上げながら、足が地面から浮かび上がった。
そうして次には、何かに包み込まれるような温かさがアイティラに伝わってきた。
遠くからノランドの焦った様な声が聞こえてくる。そして近くからはアポーラの声が。
「そっかー、シュペルさんとパーティー組んだわけじゃないんだねー。ねえ、もし誰かとパーティー組んでなかったら私たちのパーティーに入らない?きっと楽しいよ!」
アイティラはなぜかアポーラに抱き上げられていた。その拍子に顔を隠していたフードがめくれ上がる。
アイティラの赤い目が、アポーラとノランドの顔を映し出した。
「おお、可愛らしい顔じゃん。顔隠すよりこっちの方がいいと思うよ!」
アイティラは状況がよく分かっていないように、驚いた表情のまま固まっている。
そしてそこへ、ノランドが助け舟を出した。
「アポーラやめなさい、失礼ですよ!」
「いいじゃん。ノランドは嫌なの?アイティラちゃんを私たちのパーティーに入れるのは」
アポーラが唇を尖らせてノランドに言った。それに伴い、アポーラが抱きしめる力を強くしたことで、抱きかかえられたアイティラはアポーラの身体に潰されそうになっている。
ノランドはその様子を見ると、大げさにため息をついてから眉間を押さえた。
「パーティーメンバーを増やすには、僕たちだけじゃなく今ここにいない二人にも確認を取るべきでしょう。というかそれ以前に、この子が僕たちのパーティーに入りたいかを聞くべきでは?」
「ああっ、そうだった。それでどうかな?私たち<夜明けの星>に入らない?」
アイティラは持ち上げられたまま、アポーラと顔を合わせることになった。
アイティラの目を真っすぐ見てくるアポーラに、アイティラは視線を横にずらそうとして今度はノランドの視線とぶつかった。
アイティラは視線を下に向けて、小さな声で答えた。
「私は、どこかのパーティーに入るつもりはないの。その、ごめんなさい」
そう声に出してから、アイティラは驚いた。自分の声が、弱弱しいものだったからだ。
「うーん、そっか。じゃあ仕方ないね。だけど、入りたくなったらいつでも言ってねー。歓迎するよ!」
「勝手に一人で決めないでください。まあ、もしその時が来たら決めるとしましょう」
アイティラはやっと地面に足を下ろした。
そして、顔を見られないように視線を下に落とした。
隣では、アポーラとノランドが何か話しているも、その言葉は頭に入ってこなかった。
なぜかは分からない。だけれども、心にある壁が壊されたような不思議な感じがした。
懐かしい感じがした。悲しい感じがした。
アイティラはフードをかぶりなおそうと頭の後ろに腕を伸ばしてそこで止めた。
なんとなく、今はフードをかぶらなくてもいいきがしたから。
***
「ここだな」
冒険者たちの集団は、目的の場所へとたどり着いた。
そこはカナンの端の方に存在する古い教会だった。建物は一部が崩れかかっており、長いツタが絡みついている。だが、教会の前庭は草木が切りそろえられ不自然なまでに整えられていた。
シュペルはついてきた冒険者たちを振り返って、作戦の指示を出した。
「前もって決めていた通り、Cランクの冒険者は周囲の住民の避難と保護を、Bランク冒険者は敵が逃げてきた場合は足止めを、Aランク冒険者は俺たちについてきてくれ」
冒険者たちは皆頷き、各自の持ち場へと進んでいく。
「では住民の避難が終わるまで待機しよう」
そして教会前に残ったのは、シュペル、アイティラ、そして<夜明けの星>のAランク冒険者パーティーだ。
<夜明けの星>は、アポーラとノランドのほかにもう二人の仲間が合流していた。
一人は杖を持った男で、紫のマントを羽織っている。もう一人は女で、こちらも杖を持っているものの男の方と比べ細く短いものを持っている。
その四人のなかからアポーラがアイティラに手を振ってきた。
アイティラはどう返すのがいいのか分からなかった。
「フードを外すことにしたのか?」
シュペルがアイティラの方を見て言った。
「うん。そっちの方がいいかなって思って」
「そうか」
シュペルとアイティラが並んでいると、話し合いが終わったらしい<夜明けの星>の四人がこちらへと向かってきた。
「こちらは準備が終わりました。そろそろ中へと入りますか?」
「分かった。そうしよう」
ノランドが代表して準備の完了を報告し、シュペルはそれに頷いた。
するとそこで、ノランドがわずかに眉を寄せて、とある方向を向いた。
「何人かの足音が向かってきます」
その言葉が終わった後に、民家の角から槍を持った五十人ほどの集団が現れた。装備も統一されており、冒険者とは全く違う存在だ。
その集団は、シュペルたちの方へ来ると、代表してひとりの男が言った。
「悪魔崇拝教団の討伐に協力いただいている冒険者の方々とお見受けします!我々は伯爵様の命により、冒険者の方々の支援をさせていただきます!」
伯爵の名前が出たとたんに、シュペルとノランドの警戒が緩んだ。
「そうか、伯爵が兵を出してくれたのか。君たちで全員か?」
「いえ、この後すぐに我々の仲間が駆けつけます。」
「ならば君たちには、住民の保護へと回ってもらいたい。頼めるか?」
「もちろんです。名高き雷光殿に協力いただけて心強いです。では、我々も民の保護へと向かいましょう!」
そう言い残し、その集団は住民の避難を進めている冒険者の元へと消えて行った。
ノランドは小さく言葉を漏らした。
「ずいぶんと人数が多いですね。いやまあ、多いに越したことはありませんが」
ノランドが少し不思議そうに言うと、シュペルは皆に背を向けて話し出した。
「コーラル伯のことだ。万が一にでも領民に被害が出ないように心配したんだろう」
それだけ言うと、教会の方へと歩き出していった。
ノランドもそれで納得し、アイティラと<夜明けの星>は古びた教会へと入っていった。




