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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
カナンの英雄
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雷光

アイティラは照り付ける朝日に眉をひそめながら、大きく伸びをする。

とはいえ、アイティラは荷車の上に乗っているため腕を大きく上げる程度になってしまったが。

昨日はその後、夜になってしまったため、焚火を焚いて野宿をした。

一応アイティラは人さらいに囚われたことになっているが、彼らの兄貴分である男がアイティラを丁重に扱うように言ったため、パンも与えられたし、寝てる間は見張りもしてくれた。

そして朝になり、彼らの本拠地とやらに向けて進んでいるのだ。


アイティラは荷車の上からあたりを見渡す。

すると遠くの方に、何やら壁で囲まれた大きな町のような場所が見えてきた。


「ねえ、あれは何?」


少女は荷車を引く男に話しかける。


「ああ?...あれか。あれはカナンの町だ」

「結構大きいね。ダリエルの町よりも大きい」


見たところ町を囲む壁も立派だし、遠目からでもかなり大きな都市に見える。


「まあ、あの町は王都とほかの町を結ぶ場所にある町だからな。それに、ここは領主の伯爵様が領民思いらしいからな」

「ほかの町は違うの?」


少女は荷車の中でパンを齧りながら、何でもない事のように質問する。

しかし、男がその質問を聞いた瞬間、荷車を引く男の腕に力が入り、表情は苦いものへと変わっていった。


「ああ、他の場所では酷いもんだ。貴族は下の人間のことなんてなんとも思ってないんだ。俺たちから食料を巻き上げて、自分たちは豪華なパーティーだ。ふざけてるよな。」


吐き捨てるように言った男の言葉には、はっきりと分かる憎悪があった。

男の目に暗い光が宿り始める。

少女はそんな男の様子を気に留めず、聞きたかったことを質問する。


「ねえ、あの町には冒険者ギルドはあるの?」

「ん?ある程度大きい町ならどこにでもあるだろ」

「だったらあの町に少し寄っていきたいの」


その言葉を聞いて、男はあきれたような声を出した。


「兄貴があんたを本拠地に連れて行くと言ったんだ。寄り道なんて許されるわけないだろう」


トンッ。

後ろから地面を鳴らす音が聞こえ振り向くと、いつの間にか少女が消えていた。

驚いた男はあたりを見回すと、なぜか少女が兄貴のところにいた。

男は少女がいつの間に消えたのか分からず目を瞬くと、何やら話し終えた少女がこちらに戻ってきて、再び荷車に乗り込んだ。


「カナンの町に寄り道するって」


男は兄貴の方を見ながら、ただ一言「えぇ...」と言葉を漏らした。


***


「俺たちは町の外で待ってるからはやくもどってこいよ!」


兄貴がアイティラに向かって大声で呼びかける。

アイティラが町に入ることにほか三人の男は反対した。

逃げられるんじゃないかとか、衛兵を呼ばれるんじゃないかといった当たり前の懸念だ。

しかし、兄貴が心配いらないというと、渋々ながらもほか三人は引き下がった。

実際彼らも、わざわざ本拠地まで少女を運ぶ理由を聞き出せずにいるため、少女が何かしら本拠地の奴らと関係があるのではないかと思っているためだった。


アイティラは彼らに見送られながら、カナンの正門へと進んでいった。


***


カナンの町の冒険者ギルド。


「ん?なんだあいつ。もしかして子供じゃないか?」

「おー、ほんとだ。子供のうちから冒険者になるなんて立派じゃないか」

「いや、冒険者とも限らないだろう。親にお使いで依頼出すように頼まれたんじゃないか?」


ギルド内で見かけることのない背丈の小さい訪問者に、冒険者の幾人かの注目が集まる。

ガヤガヤとにぎわっているギルド内を、ローブで目元を隠した少女は真っすぐに受付まで進んでいく。


「次の方......子供?」


受付嬢はローブ姿の小柄な人物を見ると、目を瞬いてから困惑したような声を出す。


「えっと、ぼく?ここは冒険者用の受付なのよ。依頼を出したいならあっちの受付にいってちょうだい?」

「私は冒険者よ。ほら」


少女はローブの胸元から、Bランクの冒険者プレートを出した。

受付嬢は目をわずかに見開くと、感心したような声を出した。


「冒険者だったの。ごめんね、お嬢さん。それにしても子供のうちからBランク冒険者なんて、すごいわね」


その声には驚きが含まれているものの、どうやらすんなりと受け入れられたようだった。


「それでお嬢さん、ご用件はどういったものなの?」

「この依頼って達成したらこっちのギルドに報告してもいいの?」

「確認するわね」


少女が取り出した依頼書を、受付嬢は確認する。


「ああ、この依頼を受けたの?人さらいの調査は近くの町の冒険者ギルドと連携している依頼だから、こっちのギルドで報告しても大丈夫よ」

「そう、ありがとう」


アイティラは返された依頼書を手に取り、ローブの下にしまおうとしたところで、何やら後ろが騒がしくなった。

少女が気になって後ろを振り向くと、そこには槍を携えた金髪の青年がいた。

軽鎧に身を包んだ彼は、他の冒険者とは少し違った雰囲気を纏っている。

そして、その青年を見る周りの冒険者の目には、はっきりと見て取れる敬意が浮かんでいた。


「あの人は?」

「あの方はSランク冒険者のシュペルさんと言ってね。≪雷光≫という二つ名を持っているすごい方なのよ」


そう答える受付嬢は、うっすらとその頬を赤く染めている。

アイティラが受付嬢の様子を眺めていると、そのシュペルというSランク冒険者が受付まで近づいてきた。

すると受付嬢は慌てて身だしなみを整え、その青年に呼びかけた。


「シュペルさん、こちらに!」


呼ばれた彼は、こちらに気づいて近づいてくる。

その時、シュペルの視線が先客であるアイティラに一瞬止まり、それから受付嬢へと向かった。


「......先客がいるようだが」


シュペルの目はどこか冷たさを感じさせ、言葉少なく受付嬢に言った。

視線を向けられた受付嬢は慌てて話し出す。


「はい、お呼びしたのはですね、こちらの子が人さらいの調査依頼を受けていまして」


シュペルの冷たい視線がアイティラへと向けられる。


「シュペルさんもこちらの依頼受けてましたよね。よろしければ協力していただけませんか?」


受付嬢は愛想よくシュペルに向けてお願いする。

そして、状況がよく分かっていなさそうなアイティラに顔を近づけると、アイティラだけに聞こえるように小声で話し始めた。


「お嬢さん。一人で依頼を受けるのは危険だし、シュペルさんと一緒にいてもらった方がいいわよ。寡黙な人だけど、シュペルさんはいい人だし頼りになるよ」


受付嬢はアイティラに向けてそう言った後、アイティラに向けて小さくウィンクをした。

それは子供であるアイティラを心配した善意だったが、アイティラとしてはあまりうれしくない。

シュペルと呼ばれた男はアイティラを観察するように見ながら考え込んでから口を開く。


「ああ、かまわなーー

「気遣いは嬉しいけど、助け入らないかな。一人で十分だよ」


少女はそれだけ言ってギルドの出口に向かって出て行ってしまった。

後に残された受付嬢はポカンと口を開けて、慌ててシュペルに謝った。


「すみません、シュペルさん。まだ子供でしたので、少し心配で......」

「いや、大丈夫だ。心配なら俺が様子を見てこよう」

「本当ですか!ありがとうございます、シュペルさん」


雷光は頼みを引き受けると、踵を返して冒険者ギルドを出て行った。


***


「なあ、兄貴ー。ほんとにあのお嬢ちゃん戻ってきますかねー」

「ああ?」


カナンの町から少し離れた街道の隅で、彼らは座り込みながら少女の帰りを待っている。

しかし、少女が帰ってくると謎の自信を持っている兄貴はともかく、他の三人は少しそわそわとその身を揺らせている。


「大体、あのお嬢ちゃんは誰ないんですかい。本拠地の奴らの娘とかですかい?」

「違うな。だが俺たちがやることは変わらん。あのお嬢ちゃんを本拠地に連れて行くだけだ」


不安そうにする三人のことを気にせず、兄貴はただそれだけを言う。

それ以上取り合ってくれない兄貴に、彼らは少しの違和感を抱いた。


「なあ、兄貴。俺たちガキの頃から一緒にいましたよね」

「ああ」


兄貴は片眉を上げ、何が言いたいんだと話しかけてくる男を見返した。

兄貴の山賊のような顔は大人でも怖いと思ってしまうが、毎日一緒に過ごしてきた彼ら三人は動じない。


「ガキの頃から、俺たちの中で隠し事はしないって言ったのは兄貴でしたよね。もちろん、小さな隠し事は俺たちにだってありますが、ここまで教えてくれないのは今までだってありませんでした」


そう話す男は、兄貴の目をしっかりと見返した。その男だけじゃない。同じく兄貴に付き従うほかの二人も、真剣な表情を作っている。


「あのお嬢ちゃんが何者か教えてください兄貴。俺たち絶対に秘密にしますんで」


普段は情けない三人だが、この時ばかりはいたって真面目だった。

話せないということは、自分たちは兄貴に信頼されていないんじゃないかと思ったからだ。

兄貴は頭をがりがりと搔いたあと、言葉を発しようとした。だがその言葉が出るよりも早く別の声が届いた。


「面白い話してるね。私も聞かせてよ」


突然割って入ってきた声に、彼らは一斉にその身をはねさせる。見ればそこには、いつの間に帰ってきたのか、話題に出していた少女が立っていた。

兄貴は少女の方に振り向くと立ち上がり、まだ座り込んでいる男三人に向けて言い放った。


「余計なことは考えるんじゃねえ。さっさと本拠地まで行くぞ!」


出立の準備をし始めた兄貴に、彼ら三人は悲しそうに眉を下げた。

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