表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
ダリエルの町
27/136

欠けた月

「入るよ?」


森の中にぽっかりと空いた洞窟に、幼い少女の声が響いた。

しかしその声に対する返答はない。

それでも少女は構わず続ける。


「さっきまで冒険者ギルドに行っててね。ほら、見てよこれ。」


少女はその手にある冒険者プレートを掲げて見せた。

少女の正面にはボロボロのローブをかけられた塊がある。


「あ、ごめん。そのままだと見れないよね。」


少女がそのローブをずらし、隠されていたものがあらわになる。

そこにあったのは、一人の少年の姿だった。その胸元には、青いブローチがついている。

少女は手に持った冒険者プレートを、少年の首にかけてあげた。


「うん、似合ってるよ。」


少女は少年の隣に座りこんだ。

そしてひんやりとした洞窟の天井を見上げながら、静かに息を吐く。


「ねえ、ハンス。私が人間じゃないって言わなかったこと、怒ってる?」


少女はおずおずといった様子で話し出す。

しかし、少年はなおも沈黙している。


「私だって、昨日までは自分が吸血鬼だって自覚が薄かった。だって、何も覚えてないんだもん。」


少女の視線はただただ無機質な冷たい天井を見上げる。


「でもね、私。やっと思い出したんだ。つらい思い出も、楽しい思い出も、悲しい思い出も全部。」


少女は過去を懐かしむように目を細めた。

その声は、どこか悲壮感を感じさせるが、大事なものだというように柔らかだった。


「あは、聞きたい?じゃあ少しだけ話してあげる。私のことを。」


***


少女は小さな村に生まれた。


少女には友人がいた。


「エルシィ!遊ぼうぜ!」


少女には父親がいた。


「ん?エルシィも弓に興味があるのか?そうだなぁ。もう少し大きくなったら教えてあげよう。」


少女には母親がいた。


「あまり遅くならないでね。夕飯までにはちゃんと帰ってくるのよ。」


少女には大切な妹がいた。


「おねえちゃん!えへへー」


少女は幸せだった。


「おい!エルシィ!外来てみろよ!鑑識官の人がきてるぜ!」


少女は鑑識官のもとで、魔力を調べられた。


「なっ、なんだこの数値は!こんなに高い魔力値は初めて見た!」


少女も驚いた。


「すげえなエルシィ!これから帝都に行くんだろ!そして魔術師になれるなんて!」


少女は嬉しかった。


「エルシィが魔術師になるなんて、お父さんも誇りに思うよ。手紙も毎月送るからな。」

「そうよ。たまには帰ってらっしゃいね。帰ってきたらお母さん、手料理いっぱい作るからね。」


少女は暖かな気持ちになった。


「おねえちゃん、どっか行っちゃうの?やだ!やだ!やだっ!」

「ミアちゃん。お姉さんを困らせてはいけないよ。それに、エルシィちゃんも休みの日にはこっちに戻ってこられるさ。」


少女は妹を抱きしめた。

少女は鑑識官の馬車に乗った。


「エルシィちゃんだっけ?僕も鑑識官として多くの子供を見てきたけど、君の魔力量は本当にすごい。もしかしたら、この国の魔術師のトップになれるんじゃないかな。はっはっは!」


少女は誇らしい気持ちになった。


「うん?この子を君が引き取るだって?」

「ええ、皇帝陛下がお許しになりました。こちらが書状です。」

「...たしかに本物だな。エルシィちゃん、僕もこんな事初めてだから戸惑ってるが、皇帝陛下がわざわざ書状を書いたんだ。これはいよいよ魔術師のトップが現実味を帯びてきたな。はっはっは!」

「ではお嬢さん。私についてきてください。君のお家に案内しますよ。」


少女は白衣の人についていった。


「やはり、君は素晴らしい!魔力の器があまりにも異常な大きさだ!欠損した部位がみるみる治っていく!」

「さあ、目の前の人間を殺して見なさい。ええ、その人間は殺してしまっていいですよ、新しいのはすぐ用意できますから。」


少女はつらかった。


「なっ、人体改造ですか!正気とは思えませんっ!この子をなんだと思っているのですか!」

「新入りの分際で、私たちの栄光を邪魔しないでいただきたい。これが成功したら、わが帝国は覇権を握れます。皇帝陛下も喜んでくださるでしょう。」


少女は痛かった。痛い。痛い。

少女は人ではなくなった。


「喜びなさい。あなたは完成しました。もはやあなたに敵うものはいないでしょう。」


少女は目の前の男を憎んだ。


「ごめんなさいエルシィ。所長のことを止められなくて。私が必ずここから逃がしてあげるからっ!」


少女は白衣の女性に手を引かれる。


「なんで...ここに陛下が...」

「所長に呼ばれてな。英雄が完成したから見てほしいとのことだ。」


少女は失った。


「ふむ、何をいつまでもブツブツ言っておるのだ。」

「そうか、村での生活がそんなに恋しいか。ならば貴様の初任務だ。お前の村の人間を皆殺しにしろ。」


少女は絶望した。


「エルシィ!やめてっ!どうしてみんなをッ!」

「た、助けて!助けてくれ!」

「お...ねえ...ちゃん」


少女は殺した。

少女は泣き叫んだ。


そしてこの日、少女は化け物になった。


***


「......」


アイティラは、虚空を眺めて息を吐く。

長い長い沈黙が支配した。


「あはは、少し長かったね。退屈しちゃった?」


アイティラはハンスに笑いかける。


「この話の続きはまた後で。私の気が向いたときにするよ。」


アイティラは立ち上がり、新品の黒いローブをかぶりなおした。

そしてアイティラはハンスを一度振り返ると、洞窟の出口に体を向ける。


「私もう行くね。バイバイ、ハンス。楽しい時間をありがとう。」


洞窟の外では、欠けた月が大地を冷たく照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ