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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
ダリエルの町
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動き出す者

「以上が、ダリエルで起こった騒動の報告であります。」


美しく荘厳な一室にて、4人の騎士が跪く。

騎士はそれぞれ、黒・白・紅・蒼の色を身に付けている。

その中の蒼の騎士が発言を終え口を閉じた。


「ふむ、吸血鬼か。余は聞いたことがないが、宰相。そなたはどうだ。」


彼ら騎士が跪く先、そこには玉座に坐した彼らの君主がいた。

その人物は、白髪が混じり始めた頭の上に王の証である冠をつけており、きらびやかな服と優美なマントをその身に付けている。


「ええ、私も聞いたことがありませんな。後で調べさせておきましょう。」


そして王の隣に佇む男は、痩身で眼鏡をかけた陰険そうな男だ。

宰相と呼ばれた男は、その目にずる賢い色をたたえて微笑を浮かべる。


「それでヘルギ・セアリアスよ。その吸血鬼とやらを逃がしたとのことだが、これは失態だぞ。」


王は玉座にその身を預けて、蒼の騎士を見下ろした。


「蒼の騎士団の団長ともあろうものが、たった一匹の魔物風情すら倒せずに帰ってきたなどとは情けない。」


頭を下げているヘルギに向けて、王は見下すような言葉をかける。

それに対しヘルギは顔を上げ、とっさに口を開く。


「魔物風情ではありません、陛下!奴は人に近い姿をしていて、何より強いーーー」

「控えよ!」


王の横に控える宰相が、ヘルギの訴えを遮った。


「陛下のお言葉に反論するなどと、何を考えておいでなのですか。任務に失敗した言い訳なら聞きたくありませんよ、青の獅子殿?」


宰相はどこか馬鹿にした様子でヘルギを見る。

ヘルギは言葉を詰まらせてから、何かをこらえるようにして黙り込む。


「......申し訳ありません。陛下。」

「よい」


王が鷹揚に頷いた。


「しかし、本当に奴は危険です。」

「まだ言うか!」


宰相が声を上げるものの、ヘルギは王を見上げて訴える。


「どうか奴の討伐をこの私に命じていただきたい!あのような邪悪な化け物を野放しにしたままでは、この国の危機になりえます。どうかッ!」


ヘルギの訴えに王はわずかに眉根を寄せる。


「そなたがそこまで言うのであれば聞き入れよう。しかし、一度失敗したそなたに任せるのは却下だ。」


王はヘルギの横で跪く、赤髪の女に向けて命じる。


「イグリス・フォティアよ。」

「はっ!」


彼女が顔を上げる動きに合わせて、頭の後ろで一つに結んだ赤髪が揺れる。


「次に吸血鬼が現れたら、そなたら紅の騎士団に出てもらうぞ。」


王の命令を受け取った彼女は、自信に満ち溢れた声で堂々と告げる。


「お任せください陛下。この私が必ずや、吸血鬼を討伐して見せましょう。」


***


立派な王城が聳え立つ王都の郊外に、その宮殿は存在していた。

宮殿といっても小さなもので、豪華絢爛というよりは静謐な美しさを感じさせる建物だ。

その中の一室にて、彼女は目を閉じ、もたらされた報告を聞いていた。


「そうですか、蒼の騎士団は止められなかったのですね。」

「はい。混乱を巻き起こした元凶には接触できたようですが、逃げられたとのことです。」


報告を聞いた彼女は、閉じていた目を開く。

その目は青く透き通っていて、人の心を見透かすようだった。


「それと、今回の元凶なのですが、自らを吸血鬼と名乗ったそうです。」

「吸血鬼...」


彼女はその言葉を小さく呟いた。

そして、報告をもたらした王城の兵士に目を向ける。


「報告は以上ですか?」

「はい」

「では、陛下に伝言をお願いします。」


そして彼女は予言する。


「カナンの地にて厄災あり。悪魔が都市を歩き回り多くの者の血が流れることになります。」


伝令の兵士は息を飲む。

なぜなら、目の前の人物が周りからなんと呼ばれているか知っているからだ。


「そして、この厄災にかの邪悪......いえ、吸血鬼がかかわってくるでしょう。」


予言の聖女が未来を予言した。


***


カランコロン。

冒険者ギルドのベルが鳴る。

その音を聞いて、ギルドの受付嬢であるセレナは視線を入口へと向ける。


「っ!アイティラさん!ご無事だったんですね!」


ギルドに入ってきたのは、新品の黒のローブを身に付けた小柄な少女だった。

セレナはよほど心配していたのか、怒涛の勢いでまくしたてる。


「昨日の町での騒動に巻き込まれたんじゃないかと心配していたんですよ!実際亡くなった冒険者の方も何人か......」


しかし、その言葉が不自然に途切れる。

気づいてしまったのだ、いつもと違うことに。


「あの、アイティラさん。ハンスさんはどちらに......」


アイティラは小さく首を振った。


「......そう、ですか。」


セレナはかける言葉が浮かばなかった。

受付嬢として仕事をしている以上、冒険者の死には何度か遭遇している。

しかし、仲間を失った彼らに何を言ったらいいのか、セレナは分からない。

しばらく沈黙が支配していたが、不意にアイティラの方から話しかけてきた。


「ねえ、そのプレート、もしかして私たちの?」


それはカウンターの端においてある二つのプレート。

色合いはBランクの色。そこにはアイティラとハンスの名前が入れられていた。


「あっ、はい。その、Bランクに昇格しましたので、新しい冒険者プレートを用意したのですが......」


セレナの声が小さくなっていく。

仲間を失った目の前の少女に、失った仲間を感じさせるものを見せてしまった罪悪感からだ。

セレナはさりげなくハンスの名が入ったプレートを下げようとするも、その前に声がかかった。


「待ってセレナ。ハンスの分も私が持っていく。」


少女はローブの下から赤い目をのぞかせて、セレナに言った。


「渡してあげたいの。ハンスは強い冒険者になりたがってたからね。」



アイティラはその手にBランクの冒険者プレートをもって、ギルドを出た。

そしてそのまま大きな通りを進み、不意に薄暗い路地裏へと入っていく。

静かで不気味な路地裏をしばらく進んだところで、アイティラは振り返った。


「何か用でもあるの、バルト?」


そこには背中に2本の剣を差した男、Bランク冒険者のバルトが立っていた。


「なんだ?俺に気づいてたのか。驚いたな。」


バルトは全然驚いた風には思えない口調で返した。

そしてバルトはひとりでに話し始めた。


「昨日はひどい日だったぜ。夜に目が覚めたら町の中で殺し合いが起きてるんだからよ。」


「......」


「そしてそいつら見て気づいたんだ。少し前におかしな魔物が俺たちを襲っただろ?どっちも何者かに操られてるみたいだって思ったんだ。」


「......」


「そんでよ。昨日の夜、俺は蒼の騎士団の奴らと森に入ったんだ。そしたらそこには、襤褸切れみたいなローブ羽織った奴がいたんだよ。」


バルトはアイティラの方を見ながら言葉を続ける。


「あれ、あんただろ?」


その瞬間、風が吹いた。

いつの間にか、アイティラはバルトの目の前まで来ていた。フードがめくれ上がり、その顔があらわになる。

アイティラはその手に赤く輝く不気味な剣を持っており、その切っ先をバルトへと向けている。


「私の正体を知っていることを明かして、私に殺されるとは考えなかったの?」


アイティラはその目を細めてバルトを見る。


「もちろん考えたぜ?だが、今の俺が生きてるのはあんたのおかげだからな。」


バルトは動揺することなく、それにと続けた。


「あんたが化け物だとは、俺には思えなかったからな。」


アイティラはその言葉を聞いて、ポカンと間抜けな顔をした。

言われた言葉の意味が分からなかったからだ。


「昨日の私を見たならわかるでしょ?私は多くの人間を殺した。私は化け物なの。」

「確かに、あれは恐ろしかったし、実際に死んだやつもいた。今再びあんたと話さなきゃ、俺だってあんたが化け物だと思ったぜ。」


そういうとバルトは、アイティラと目を合わせた。

吸い込まれそうな、きれいな目だ。表面上は。


「だがよ、あんたの目を見たらわかるんだ。たしかにあんたは化け物を装ってるが、その目には怯えがあるし、どこか縋っているようにも見える。」


バルトはこの少女の目を見て似ていると思った。

家族や友人を殺されて、失うことを怖がるようになった馬鹿な男の目と。


「その弱さを隠すために、自分は化け物だって言い聞かせてんじゃねえのか?」


そして、この少女は何かから必死に目をそらそうとしているようにバルトには思えたのだ。

何処までも不器用に、怖がりながらも人のぬくもりを求める幼子のようだと感じたのだ。


アイティラの手に収まっていた剣が霧散する。

そしてアイティラは、再びフードをかぶりなおして、路地裏から出て行こうと歩き出す。


「......違うよ。そんなことない。私は化け物だから。」


バルトはその去り行く小さな背中を見て、ぽつりとつぶやいた。


「やっぱり、ただの子供じゃないか。」


バルトは悲しそうに、少女が消えて行った方を見続けていた。

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