破滅の予言
「え?は、んす?」
目を覚ましたアイティラの前には、剣を高く掲げているハンスの姿があった。
窓からうっすらと差し込んでくる月の光によって、その手に握られた剣が冷たい光を放っている。
そして高く振り上げられた剣は、一切の躊躇を見せることなく落ちてくる。
ーーキィィィン
冷たく硬質な音色が、静かな部屋の中に響き渡る。
アイティラは、ハンスの剣をとっさに生み出した紅い剣で受けていた。
そしてその目を細めながらも、どこか困惑を残したままの声で告げる。
「ねえ、どういうこと?悪ふざけなら起きてるときにしてほしいんだけど。」
どういうことかと問う言葉に対してもハンスは何も話さない。
だが、返答の代わりにと剣を抑えていた右手を手放しそのままアイティラに向けて振り下ろす。
ドスッ。
鈍い音を立てて、ハンスが吹き飛ばされる。アイティラがハンスの腹をけり飛ばしたのだ。
しかし、蹴られてもなお苦しむことなくハンスは起き上がる。
ハンスがその顔を上げたとき、アイティラはハンスの異常に気付いた。
その目はアイティラを映していない。焦点があっておらず、どこかうつろな様子を感じさせる。
「なんで。」
アイティラのその声は、わずかに震えている。
「どうしてなんだろう。何も悪いことはしてないのに。」
ハンスが立ち上がり、再び剣を構え始める。
「誰?わたしを邪魔をする奴は。」
その声の震えは強い感情を抑えているようでもあった。
ハンスがアイティラに向かってくる。その剣が振り下ろされようとするとき、アイティラは剣の柄で、ハンスの顎を打ち抜き気絶させた。
倒れたハンスを悲し気な目で眺めた後、アイティラは月光差し込む窓辺に向けて歩き出す。
「待っててね、ハンス。今すぐ邪魔するやつを殺してくるから。」
その瞳は、暗く恐ろしい赤色に染まっていた。
***
いつもは静かなダリエルの町だが、その日は少し騒がしかった。
「ぐっ、くそっ!いったい何が起きてるんだ!」
町の大きな通りでは、剣がぶつかりあう硬質な音がいくつも響き渡っていた。
そこにいる人物は大きく分けて二つあり、一つは鎧の上に青のサーコートを纏った者たちであり、もう一方はどこからどう見てもこの町に住んでいる町民だ。
前者である蒼の騎士団所属の若い男は、うつろな目をしながら剣一本で襲い掛かってくる髭を生やした男に苦戦していた。
「おい!絶対に殺すなよ!こいつらはこの町の人間だ!」
遠くの方からひときわ大きな怒号が聞こえた。この声はヘルギ団長のものだ。
そう、彼ら蒼の騎士団は強い。多くの功績を上げ、魔物も帝国の軍隊とも何度も戦ってきた精鋭だ。
だがそんな彼らでも、剣を持った多くの相手を傷つけずに無力化するのは余りにも難易度の高い事だった。
「おい、ロープだ!ロープを持ってきたぞ!」
建物の中へ消えていた一人の騎士が、その手にいくつかのロープをもってやってくる。
騎士団の若い男は、その声を聞きロープを持った同僚に向かって叫ぶ。
「おい、こっちを手伝ってくれ!二人がかりでやるぞ!」
その声を聞いた同僚の助けを受けて、若い騎士は髭の生えた民間人を二人がかりで取り押さえこむ。
そして若い騎士が押さえ込んでる隙に、ロープを持った騎士がすぐさま男をロープで縛り上げた。
「おーい!こっちもだ、こっちも早く手伝え!」
二人が民間人を縛り終えると、遠くで戦っている騎士からも声がかけられた。
それを聞いた同僚はロープを持って次の騎士のところへかけていく。
「それにしてもなんなんだ?これが予言の厄災なのか?」
若い騎士は、ロープで縛り上げられた髭ずらの男を見る。
目は焦点があっておらず、どこからどう見ても正常ではない。
「操られている?精神干渉の魔術はこの国では禁術だったはず。」
何か周りにヒントがないものかとあたりを見回す。
その時に彼は気づいた。細い路地裏に一人の子供がいることに。
「なぜあんなところに子供が。いや、それよりも早く避難させないと!」
若い騎士は、子供のもとに駆けていく。
騎士が子供だと思った理由は背丈が小さいからだ。
その子供に近づいた若い騎士は、少し息を切らせながら話しかける。
「君、ここは危険だ。早く建物の中に入りなさい。」
その声に反応して、その子が顔を上にあげる。
しかしその表情はうかがえない。なぜならその子はローブで目元まで隠れているからだ。
そして騎士を見上げたままその子は落ち着いた声で話し始める。
「ねえ、少し屈んでくれない?」
その声は高く澄んでいて、幼さを感じさせる声だった。
その声を聞いて、騎士はこの子供が少女であることに気が付いた。
屈んでくれとせがむ声に、なるほど心細かったのだなと一人納得し、騎士は屈んで目線を合わせてあげる。
「大丈夫だ。早く避難しよう。僕が建物まで連れてってあげるから。」
騎士は怖がらせないように優しく微笑んでから、少女の顔を隠しているローブを上にあげた。
隠されたローブの下にあったのは赤いきれいな目。
どこか引き付けられるような、思わず見とれてしまうような目だった。
すると少女が、その小さな手を騎士のほほに添えてから柔らかく微笑んだ。
「わたしの目を見て。」
騎士と少女の目が合う。
その時、騎士はなんだか不思議な感覚に陥った。どこかフワフワして現実感がないような感覚だ。
思考に靄がかかったと表現するのが適切だろうか。
「まず、あなたたちは何者?どうしてこの町に来たの?」
少女が可愛らしい声で質問する。騎士は正直に答える。
「僕たちは蒼の騎士団です。ダリエルに来たのは聖女様の予言した厄災を止めるためです。」
「聖女?聖女ってだれのこと?」
「この国の<予言の聖女>のことです。その名の通り今までいくつもの厄災を予言して、その被害を未然に防いでこられた方です。」
「そう。じゃあ今回の予言はどういったものなの?」
騎士はどこかうつろなままで、淡々とその言葉を紡いでいく。
「「西の町ダリエルにて厄災あり。かの地の人々は多くが死に至り、死者は邪悪へと捧げられる。一人の生贄が死んだとき、この国に破滅をもたらす邪悪がこの世に生まれ堕ちる。」」
「うーん。よくわからないね。予言と言ってもそこまで詳しくは分からないのかな。」
少女は悩ましい声を出しながら、その視線をさまよわせる。
「じゃあ聞きたいんだけど、町の人たちが操られていることについて何か知ってる?」
「いえ、わかりません。操られているものは皆、武器を所持していて我々騎士団も対応が遅れているのが現状です。」
その言葉を聞いて、少女はハッと何かに気づいたような声を出した。
「ありがとう。わたしは行くところがあるから心配しないで。あなたも自分の仕事に戻りなさい。まだ町は騒がしいみたいだから。」
「分かりました。お気を付けください。」
そうして少女は陰に消えるように、暗い路地裏の先を進んでいった。
あとに残された若い騎士は、しばらくしてから立ち上がった。
「.....あれ?なんで路地裏にいるんだっけ。あっ、それより早くみんなを手伝わないと!」
***
騒がしいダリエルの町でも静けさを保っている一画があった。
そこにはいくつかの工房といったものが立ち並び、人々が生活している住宅街というよりは職人たちの職場と自宅を兼ね備えた建物が並んでいる区画だった。
そんな中にある一軒の「武器防具店」といった名前に愛着がなさそうな看板がついている店の前に、小さなローブ姿の少女がいた。
その少女は、その手に持った紅い剣で武器防具店の扉を切り裂いた。
大きな音を立てて崩れる扉を気にせずにアイティラは店の中へと進んでいく。
「ない。やっぱりだ。」
店の中にはもう武器も防具も残されておらず、もぬけの殻だった。
空っぽになった店内は静寂に包まれている。
静けさに支配された空間に、小さな笑い声が響き渡る。
「ふふ、アハハ。わたしが守ってあげるって約束したのに。」
可愛らしい少女の笑い声。そのはずなのに、どこかうすら寒いものを感じさせる声だった。
少女は店の外へと出て行き、視線をある方向へと向けてその深紅の目を細めた。
「のこりの怪しいところはあそこだけ。見つけ出して必ず殺す。」
そこには可愛らしい少女ではなく、黒い翼を背中に生やした化け物の姿があった。




