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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
ダリエルの町
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夢はいつか醒めるもの

冒険者ギルドにバジリスク討伐の報告をした次の日、アイティラとハンスは町を散策することにした。

森の中に本来居ないはずの強大な魔物が現れたことで、現在ピリンの森を調査中なのだそうだ。

その為、ハンスとアイティラは、ダリエルの町の通りをあてもなく歩いていた。


「それにしてもずいぶん活気があるな。」


二人が通っている道の両側には所狭しと屋台が並び、肉や野菜、布やアクセサリーなどと色々なものが売られていて、それらの前で人々が品物を吟味している姿が見える。

そこには、この町の日常がありありと繰り広げられていた。


「ハンス。わたしもあれ食べたい。」


そういうアイティラが見ているものは、子供が手に持っている肉が串に刺さった食べ物だ。確かに先ほどからずいぶんと肉の焼けるいい匂いが漂ってきている。


「いいんじゃないか。別にわざわざ僕に言う必要はないだろう。」


ハンスがそう言い終わるころには、すでにアイティラは屋台の方に行っており、手に一本の串肉を持って戻ってきた。

ハンスと合流し、串肉を食べ始めるアイティラ。


「僕の分は無いのかよ。」


ハンスは別に食べたかったわけではないのだが、隣で食べ始めるアイティラになんとなくそんなことを言ってしまう。その言葉にアイティラは動きを止め、ハンスをじっと見つめてから串に残った最後の肉をハンスの口元に持ってくる。

ハンスは一瞬ためらうも、じっと見てくるアイティラに少しだけ気恥ずかしくなってしまい勢いよく残った肉を頬張った。


「っ!熱っ!」


ハンスは肉を口に入れたまま悶え始めた。ハフハフとどうにか肉を食べ終えた頃には、その目にはうっすらと涙の膜が浮かんでいた。


「おい!熱いならそう言ってくれよ!」


ハンスが若干の涙目になりながらアイティラを睨むも、アイティラは楽しそうに笑っていた。


「あはは、ごめんハンス。そんなに熱がるとは思ってなかったよ。」


そう言ってなおも面白そうに笑っているアイティラに、ハンスの怒りも次第に小さくなっていく。

そうしてアイティラは、どこにでもいる普通の少女のように笑いながら、まだ続いていく通りを指さして言った。


「まだまだ先はあるよ。行こうハンス!」


ハンスは静かに微笑しながら、アイティラの後についていった。


***


活気に満ちたダリエルの町を、鎧の上に青い紋章入りのサーコートを身に付けた集団が歩いていた。

町の人々はその集団を見て隣人とひそひそと話を始める、純粋な子供たちはその集団に向かってきらきらと目を輝かせながら手を振っている。

手を振る子供に、集団の先頭を歩いていた一番立派な服装の男が小さく手を振り返す。

憧れの人に手を振り返してもらえたことで、にわかに興奮し騒がしくなる子供たちを眺めながら、その男は噛みしめるようにしてぽつりと言葉を漏らす。


「平和だな。本当に平和だ。」


しかし、平和だという割に男の顔は険しい。

その理由は、次の言葉がすべてを物語っていた。


「これからこの町で多くの人が死ぬなどと、まったくふざけている。」


そう吐き捨てる声は暗く、強い怒りに包まれていた。それにより、男の精悍な戦士然とした顔はいつのまにか鋭いものとなっていた。


「ヘルギ団長、怖い顔になってますよ。その顔だと子供たちに怖がられてしまいます。」


そう横を歩く仲間から声をかけられたことで、ヘルギは自分がずいぶんとひどい顔になっていたことに気づいた。


「すまなかったな。それでも、これからこの光景が壊れてしまうかもしれないと思うとついな。」


ヘルギは目を細めて、どこか悲壮感を漂わせる声で静かに言った。

そしてその言葉を耳にした彼の後ろを歩く部下たちは、互いに頷きあった後、ことさら明るい口調で言う。


「まったく、われらが団長様は何を言ってるんですか。いくらあの聖女様の予言だからと言って、まだこの町に厄災が訪れるとは限りません!そうなる前に、元凶を突き止めて倒せば、その予言を覆せるはずです!」


「そうです!団長はこの国でも有数の騎士なのですから、予言の通りにはなりません!むしろこの町を救った英雄として称えられるはずですよ!」


そう口々に言う彼らの声にはしかし、言葉とは裏腹にどこか不安が見え隠れしていた。

その不安を蒼の騎士団団長のヘルギは敏感に感じ取り、部下たちも実際は不安で無理に明るく振舞っているのだと気づいた。

せっかく部下たちが不安を押し殺し無理にでも明るく振舞っているというのに、団長である自分がさらに不安にさせてどうするとヘルギは苦笑する。


「そうだな。いくら予言が悪いものでも、予言は予言だ。確定した未来ではないはずだ。」


これは気休めの言葉だ。

今回の予言をした「予言の聖女」は、今まで予言を外したことはなかった。

そして彼女が予言をするときは、いつも大きな厄災についてなのだ。

だからこそ、その予言を覆すために蒼の騎士団団長であるヘルギと、蒼の騎士団の半数をダリエルの町に派遣したのだから。


しかし、だからどうした。

この町の人々は今もここで生活をしている。

屋台では赤ん坊をおぶった母親が肉や野菜を買い付けているし、道の端では小さな子供が木の枝を振り回して遊んでいる。その近くでは少年が串肉を口に入れて熱がっている様子を近くのローブを羽織った少女が楽しそうに笑っている。どこまでも平和で幸せな日常だ。


「この光景を守らなくてはな。」


不安がっている暇などない。自分たちにできるのは、その未来を回避するために尽力するのみだ。


「進もう。我らが守るのはこの光景だ。しっかりと目に焼き付けておけ。」


力のこもった団長の声に、後に続く騎士たちの不安はすっかりと無くなっていた。

この国の護り手である彼ら蒼の騎士団は、この町に降りかかる厄災を防ぐため、決意を胸に抱きながら進み続ける。


***


「あはは、楽しかったねハンス。」


上機嫌なアイティラは、ローブを脱いで自分のベッドの上に腰を下ろす。

今日は一日、ずっと歩き回っていた。

串肉のほかにもいろんなものを食べたし、ハンスにプレゼントも貰った。

アイティラは自身の胸に付けられた、きれいな赤い宝石のブローチを見つめる。


「そうだな。ここまではしゃいでるアイティラを見るのは初めてだ。」


そういうハンスの胸には、アイティラとお揃いの青い宝石のブローチが付けられていた。

こちらはアイティラがハンスに贈ったものだ。

ハンスも自分のベッドに座りアイティラと向かい合わせになる。

二人の目線が交わった後、しばらくの間、部屋に沈黙が訪れた。

それからハンスは静かに目線を下げて語りだす。


「僕さ、君と初めて出会った日に父さんを殺されたんだ。母さんはずっと前に死んじゃったから父さん一人で僕を育ててくれた。」


その声はやはり寂しそうで、わずかに震えていた。しかし、今まで言ってこなかったことをアイティラに言えるくらいにはもう立ち直れていた。

それは悲しみを時間が薄れさせたのもあるかもしれないが、それよりも目の前にいるこの少女といることで癒されたのだと実感できる。


「あの時は父さんが殺されるところを見ているだけしかできなかった僕だけれど、今は違う。」


その声は、最後にわずかな力強さを感じさせる声だった。


「少しづつ強くなってきて、やっと僕の目標に近づいてきたんだ。」


アイティラは、その言葉に対して優し気な声で問い返す。


「その目標って?」


「弱い人を守ることだ。力がなく奪われるしかできない人を守れるようになりたい。かつて君が、僕を助けてくれたみたいに。」


そこにいたのは、もう助けを待つだけの少年ではなかった。自らの信念とでもいうべきものを見つけた青年の姿がそこにはあった。


「ふふ、あはは。」


アイティラは自然と小さな笑いを漏らす。最近のアイティラはよく笑うようになった。アイティラ自身でも不思議に思う。


「む。まあ、確かにアイティラに比べれば僕は弱いかもしれないが、笑うことはないだろ。」


ハンスは柄にもないことを言ってアイティラに笑われたのだと思い、眉間に皺を寄せて機嫌を損ねてしまった。


「ごめんハンス。馬鹿にしたんじゃないよ。」


アイティラはしかし笑いながらそう言った。


「うん、そうだね。とってもいい目標だと思う。かっこいいよ。」


そして今度は一転して真剣な声で言われてしまい、ハンスは気恥ずかしさからわずかに顔を赤くする。


「そ、そうか。ありがとう。」


そして、その顔を見られないようにアイティラから顔を背けてベッドに横になった。


「今日は疲れたから先に寝る。おやすみアイティラ。」


「うん、おやすみ。」


そのアイティラの声は穏やかで、ハンスはどこか満たされた気持ちになりながらまどろみの中に沈んでいった。


***


『幸せそうね』


声が聞こえる。


『大切なものを作るのはとってもいい事』


よく知っている声だ。

しかし、知っていてもこの声を自分が聞くのはおかしい。

それに周りには何もない空間が広がっている。わたしは夢を見ているんだろうか。


『なんにもおかしくないよ。アイティラ』


どうしてわたしの名前を?


『ずっと見てきたからね。いい名前をもらったね。わたしも気に入った』


そう、それならよかった。


『わたしが来たのは警告のため。今のあなたはとっても弱い。』


...。


『理由はあなたもよく分かってる。なのにどうして受け入れてるの?』


分からない。だけど少し夢を見たくなったの。幸せな夢。

あなたは嫌だった?


『ううん。嫌じゃない。大切な人が増えるのを見るのは嬉しいから。でも同時に、あなたには強い姿でいてほしい。』


それでもわたしは大切なものを作りたい。大事な仲間に囲まれて、楽しく毎日を過ごすんだ。


『そう、とっても素敵だと思う。でも気を付けて、大事なものは簡単に零れ落ちちゃうから。』


それを最後に、アイティラの意識は引き上げられる。

ああ、今回の夢は、


「覚えてる。」


アイティラは、自分を包み込む布団の感触と身体にかかる重さを感じながらゆっくりと目を開く。

そして、現実の世界を認識したアイティラは、その目を大きく見開いた。


「...え。は、んす?」


そこにはアイティラの上に跨り、剣を振り上げているハンスの姿があった。

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