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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
ダリエルの町
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滲み出る悪意

見慣れた静かな森の中、アイティラとハンスは慣れた様子で足場の悪い森の中を進んでいく。


「それにしても今回の依頼はオークの集団か、オークは見たことがないが群れで行動することが多いから厄介だと聞くな。」


今回二人はギルドでオークの群れの討伐依頼を受けた。どうやら森の中でも町に近いところにオークの群れが現れたらしい。目撃情報では、その数およそ20体は居るとのことだ。

最近二人は難易度の高い討伐依頼を積極的に引き受けていたため、つい先日Cランク冒険者になった。

その為こういった厄介な依頼もギルドから任されるようになってきたのだ。


「オークのお肉って食べられるのかな?食べられるなら持って帰ってお爺さんに料理してもらいたいけど。」


ちなみにお爺さんとは二人が泊まっている宿屋の主人であり、まずいシチューをよく作る人物だ。

ただまずいのはシチューだけであり、そのほかの料理は美味しいためアイティラも満足している。


「重くなるし持って帰れないと思うけどな。魔物を倒しても持てる分しか素材を手に入れられないのはどうにかしたいよなぁ。何かいい方法があれば...」


何やら真剣に悩みだし始めたハンスを放ってアイティラはあたりを観察しながら進んでいく。

ハンスは「荷物持ちでも雇うか?それともいっそ馬車を...」とブツブツ呟きながらアイティラの後をついていく。

しばらくして不意にアイティラが止まり、後をついていたハンスがアイティラにぶつかった。


「いっ!おい、どうして急に止まるんだよアイティラ?」


アイティラはハンスの方を振り向いて首をかしげながら言った。


「なんだか前に人がいるよ。すっごくピリピリしてる感じがする。」


ハンスは前方を見るも人の姿は見当たらない。


「いや、見えないけど。どこにいるんだ?」


ハンスが目を凝らして見るも、その間にアイティラは構わず前に進んでいく。

ハンスは困惑しながらもとりあえず後に続く。

そうしてハンスが警戒して進んでいると突如静かな声が聞こえた。


「止まれ。決して声を出すな。」


上の方から聞こえた声にハンスは即座に顔を上げる。

そこにいたのは弓を持った男だ。首には冒険者ギルドのプレートが垂れ下がっている。

プレートの色を見るにどうやらBランク冒険者のようだ。

男は静かにこちらに向けて弓を構えている。

ハンスは驚いて声を上げそうになった。


「なっ!っ...」


しかしその声は木の陰から伸びてきたゴツゴツした手によって塞がれた。

ハンスは視線を動かし手の主を視認すると目を見開いた。

その人物はBランク冒険者のバルトだった。

バルトはハンスの口を押えたままアイティラに視線を向ける。


「こっちのガキは騒いだがあんたは静かだな。」


しかしアイティラはどこか面白そうに目を細めてからバルトに言った。


「だってあなたからは悪意を感じないし。」


するとバルトは息をつきハンスを解放してやった。

ハンスは即座にアイティラのほんの少し後ろまで飛び退いた。

バルトを睨みつけて警戒するハンスを無視しバルトはアイティラに向けて言った。


「この先に厄介な魔物がいるんだ。気づかれたくない。だから静かにしろ。」


バルトは後ろを振り向き森の奥を見据えると、続けて言った。


「それとだ、ここは危険だからガキどもは早く町に帰りな。」


その言葉にハンスはまた喧嘩腰になる。


「ガキって、僕たちも冒険者なんだ。心配されるほどじゃない。」


ハンスはつい言い返してしまうと、バルトも顔を歪めて息を吸い込む。

そんな様子を上から見ていた弓使いの冒険者は二人に平坦な声を投げかけた。


「バルト、大きい声を出すな。それとそっちの少年もバルトを煽るんじゃない。」


それにより、バルトもハンスも渋々静かになった。

その時だった。


ギャー、ギャー。

大きな鳴き音が4人の近くで響き渡る。

驚きそちらを見ると、そこには真っ黒な鳥が木の枝にとまり大きな鳴き声を上げていた。

その鳥は4人の視線を受けてもなお逃げ出すことなく鳴き声を上げ続ける。


「なんだあの鳥は、なぜこんな近くで...」


その時バルトの背後、森の奥から叫び声が聞こえてくる。


「おい、おい!まずいぞ!気づかれた!」


小さな杖を持った男がこちらに向かって駆けてくる。

その姿は明らかに鬼気迫っていた。

バルトもどこか焦った様子でアイティラとハンスに向けて言う。


「おい、ガキども。今すぐギルドに戻って誰か呼んで来い。」


ハンスはどこか戸惑ったままうろたえている。


「Aランクの冒険者だ!早く呼びに行け!」


森の奥から何か恐ろしいものが現れようとしている。

木々がなぎ倒される音が響き、くぐもったうなり声をあげながら巨大なものが近づいてくる。

バルトと弓使いと魔術師がそれぞれ戦闘の構えをとる中それは姿を現した。


身体は緑とも橙とも言い難い色合いのうろこでおおわれ、その口から滴り落ちる紫色の粘液は地面に滴るたびに小さな煙を立てて焼けるような音を響かせる。

人間の大人を縦に二人分並べたような高さから、その頭部を緩慢に揺らして獲物である人間を見据えている。


蛇の王(バジリスク)...」


そこに強大な蛇の王が姿を現した。


バルト達冒険者は覚悟を決めた様子で武器を構える。

しかしその額は冷や汗でびっしょりだ。


「ガキども!いつまでそこにいる早く助けを...」


そこでバルトの声が尻すぼみになる。

バルトらの反対側、そこから多数の影が姿を現したからである。


「オークだと!なぜこんなところに!」


バルトはいよいよ大声を出した。その声はあまりにも悲痛で、死を悟った恐怖によって歪んでいた。


「バルト!後ろなんて気にしてんじゃねえぞ!」

「このパーティーのリーダーだろ!情けない声出すんじゃねえ!」


後ろからそういった声が聞こえてくるものの、その声もやはり震えていた。

それでも恐怖してなおも戦う意思を見せる仲間にバルトも覚悟を決める。

バルトは震えそうになる腕を抑えて、大きく息を吸い込んでから闘志で恐怖をかき消すように叫んだ。


「行くぞてめえら!ここで生き残ったら俺たちは英雄だ!」


大蛇の王とバルト達Bランク冒険者の戦いが始まった。


***


アイティラとハンスはオークの群れに囲まれていた。

森の奥から次々と出てくるオークの姿は恐ろしいものがある。


「アイティラ!ここは僕が抑えるから早くあいつらの方に!」


それでもハンスは声を張り上げてアイティラに言う。

アイティラはオークの群れとハンスの方を見ながらも静かな声でハンスに話しかける。


「この数じゃハンスは耐えられないよ。自分が死んじゃうかもしれないのに何であの人たちを助けようとするの?」


アイティラはただただ知りたかった。なぜ自分を犠牲にしてまで人を助けようとするのか。

しかしハンスから返ってきた答えはどこまでも真っすぐで単純だった。


「もう人が死ぬのを見るのは嫌なんだ!守れないのは嫌なんだ!」


アイティラはハンスに背を向け歩いていく。

そのローブの下にある顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。


***


バルトは息を乱しながら眼前の大蛇を見据える。

あまりにも格が違いすぎる。


木の上から放たれた弓も、長い詠唱をした魔法でもその体に致命的な傷を与えられない。

二刀流を主とする戦い方をしているバルトは、どうにかその巨体から放たれる体当たりや長い尾から放たれる攻撃をかわして切りつけているが、与えられた小さな傷はただ大蛇を怒らせるだけに過ぎなかった。


「ちっ、これはAランク冒険者でも厳しいんじゃねえか?こんな町に近い森にいていい魔物じゃないだろうに。」


ハンスは悪態をつきながらその巨体を睨みつける。

するとバジリスクが頭を持ち上げて突然動きを止めた。


「なんだ、何を。いやこれは...」


そうだ、バジリスクの最も厄介な特徴は余りにも強力な毒だ。

バルトは近接戦のためにバジリスクに近づきすぎていた。

この距離ではもはや逃げることはできないだろう。

仲間からの焦りの声が聞こえる。


「こんなところで死ぬのか。」


目の前の光景は自身の死を鮮明に想起させる。

ここからどうにか避けることも、防ぐこともできそうにない。

どうしようもない死を悟りながらも、どうせ死ぬなら最後にこの化け物に一泡吹かせてやろうと、バルトは静かに覚悟を決めた。

バジリスクが毒をまき散らそうと口を開こうとした瞬間、不意にその巨体が勢いよく強引に押し曲げられた。


バルトは突然の出来事に唖然とする。

何が起きたのか確認しようとすると、そこには信じられない光景が広がっていた。


あのローブのガキが、バジリスクの上に乗りその手に持つ剣を突き刺していたのだ。

その赤く禍々しい剣は、少女の小さな体のどこにそんな力があるのか不思議なほどに深い傷跡をつくりだしていく。

その光景は余りにも現実離れした光景だった。


蛇の王は必死に少女を振り落とそうと紫の粘液を周囲にまき散らしながら身体をたたきつける。

しかし少女は軽やかにバジリスクの身体から降りると、再び剣を携えて切りつける。


「アハハッ」


近くにいたバルトだけがかすかにその声を聞いた。


「ハンスは誰かを守るために戦える。それはきっと素敵なこと。」


そしてバジリスクが痛みによって暴れる中、バルトは見た。風圧により少女のローブが持ち上がった瞬間、その顔に浮かんでいる表情を。

その表情はもがき苦しむ弱者を嘲笑うかのような、悪意と嗜虐に満ちた顔だった。


「わたしも大切になった人をこの手で守れるようになれるかなぁ?」


最後に悪意の化け物は、その手に持った邪悪な剣によってあがき続ける大きな弱者にとどめを刺した。

後ろから大きな仲間の歓喜の叫びが聞こえた。


バルトは巨体の上でたたずむ少女を見た後、もう一人のガキであるハンスの方へ向かった。

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