違和感
冒険者ギルドから出てきたアイティラとハンスは町の中を歩いていた。
「なあ、さっきのは何だったんだ?」
「さっきのって?」
ハンスは先ほどの出来事が何だったのか分からない。
ギルドで絡んできたいかつい見た目の男が、アイティラのフードを持ち上げた瞬間静かになったという出来事だ。
先ほどのハンスは、つい馬鹿にされてけんか腰になってしまったが、だからと言って最初に絡んできたあの男はやはり嫌な奴だとハンスは思っている。
そんな男がなぜアイティラの顔を見た瞬間静かになったのか、ハンスは気になっていた。
「さあ、わたしもよくわからない。」
だが、返ってきた言葉はそれだけだった。そしてアイティラは、フードを少し持ち上げてハンスの顔を見上げる。
「それより、せっかく依頼を受けてきたんだから準備して早くいこう。」
フードから見えたアイティラの顔は艶やかな微笑が浮かんでおり、ついついハンスはその姿に見とれてしまっていた。
呆けていたハンスはハッと意識を取り戻し、首を振ってから前を向いた。
「じゃあまずはどこに行く?僕は武器屋に行きたいけど。」
「うーん、その前に仕立て屋に行ってもいい?服が欲しいの。」
ハンスはアイティラのボロボロになったローブを見て納得した。
「ああ、確かにそのローブはもうボロボロだし新しいのを買うのか?」
「いや?ローブじゃなくてその下の服が欲しいの。」
ローブじゃなくてその下の服。そういえば、ハンスはアイティラと出会ってから、このローブ姿しか見ていない。その下にどんな服を着ているのか、ハンスは純粋に気になった。
「なあ、今はローブの下はどんな服着てるんだ?」
しかしその答えとして返ってきたのは、ハンスの予想だにしないものだった。
「なにも着てないよ。」
「はあ!?」
ハンスは今日で一番大きな声を出した。
それもそのはずである。さすがになにも着てないのは予想できなかった。
そう考えると、アイティラは出会ったときから今までずっとローブ一枚だけしか纏っていなかったことになる。
ボロボロのローブの下が裸だと知って、ハンスは今更ドギマギし始めた。
「どうしたのハンス。顔が赤いよ?」
「気にすんな!それより仕立て屋に行くぞ、今すぐ!」
ハンスは足取り早く先に進んでいった。
アイティラは不思議に思うも、ハンスの後をついていった。
***
仕立て屋で適当な服を買って着替えたアイティラと、なぜだか少しアイティラと離れた位置にいるハンスは続いての目的地を目指して歩いていた。
「それにしても、そのボロボロのローブは良かったのか?まだお金はあるんだし、新しいものを買った方がいいと思うが。」
「このローブはいいの。大切なものだから。」
本人がいいと言っているのならいいのだろう。ハンスは周りを見渡した。
ここらは人通りが少なく、町の中心部からは少しだけ離れている。
建物もどこか落ち着いていて、職人気質な工房などがいくつか立ち並んでいる。
そんな静けさの漂う場所に、何のひねりもなく武器防具店と書かれたかんばんが付いた店があった。
「あれがそうだな。見た感じ、けっこう綺麗な見た目してるがいい武器があるといいな。」
そうして、ハンスとアイティラは店の扉を開く。
店の中はこざっぱりしていた。棚には剣や鎧と言ったものが、きれいに並べられて陳列されている。
しかし、店の中には誰もいない。
「うん?誰もいないのか。あれ、もしかして営業してない?」
ハンスは誰かいないものかと店の中を見渡すと、カウンターの奥に開いた扉があることに気づいた。
もしかしたらそこにいるかと思ったハンスはその扉に近づいていく。
「ハンス。」
不意に後ろの方から声が聞こえた。アイティラの声だ。だがその声はなぜだか酷く儚げで、ハンスの心を不安にさせた。ハンスがその不安に押されてアイティラを振り返る。
「どうしたんだアイティラ。」
アイティラは後ろで立ち尽くしている。そして、その目はカウンターの奥に飾られている薄く紫がかった剣身に鍔の部分に赤い宝石がはめ込まれた一本の剣を見つめていた。
ハンスは一体どうしたのかと尋ねようとしたが、その声をかけるよりも早く、どこかから別の声がかけられた。
「なんじゃおぬしら。もしかして武器を買いに来たのか?」
その声をかけた人物はカウンター奥の扉から姿を現した。
その姿は偏屈な鍛冶師と言った風貌だ。髪は白く染まっており、全体的に痩せている。
だが、その体は老いを感じさせることがないような筋肉質で、老獪な戦士のような雰囲気も持ち合わせている。
そんな老人の顔には、いぶかしむようなしわが寄せられている。
ハンスはその老人に向き合い、ここへ来た目的を説明する。
「剣と防具を買いに来たんだ。自由に見て回っても?」
その言葉に老人は、訝しがる表情を解いた。
「ああいいぞ。自由に見てくれ。」
そうして老人はカウンターあたりに落ち着いた。
ハンスはアイティラの方を向いたが、アイティラはまだカウンター奥の剣を見つめていた。
「おい、アイティラ。さっきからどうしたんだ?」
声を聞いたアイティラは、どこか困惑するような声で言う。
「分からないけど、あの剣を見ていると変な感じがするの。なにか忘れているような。」
その様子は普段のアイティラと違い、どこか幼さを感じさせた。
「なんじゃ、この剣が気になるのか?」
老人が眉間にしわを寄せてアイティラに問う。
だがアイティラは、どこか探る様な声色で言葉を返す。
「いえ、なんでもない。ただ目についただけ。」
そういうと老人はまた黙り込んでしまった。
ハンスはよくわからないまま、剣と皮鎧を選んでいく。
「武器と防具はこれにする。アイティラは何か買っていくか?」
「わたしはいいや。」
まあ、アイティラは剣を魔術で作れるし、防具もローブが気に入っているようだから大丈夫だろう。
「ではこれを買いたい。いくらだ?」
「銀貨三枚だ。」
銀貨三枚。剣を買うのは初めてだが、いささか安いように感じる。
「ずいぶんと安いがほんとにいいのか?」
「ああいいとも。だがその代わり、この店を宣伝しといてくれ。」
店主である老人がいいというのだからありがたく受け取っておこう。ハンスはあらかじめアイティラから受け取っているお金を渡して剣と皮鎧を買った。
そうして店主の老人に見送られながら、アイティラと二人で店を出る。
アイティラはさっきからやけに静かだ。おそらくその原因であるだろうことについてハンスは尋ねる。
「それで、結局あの剣がどうしたんだ。何かあったのか。」
アイティラはハンスをじっと見つめた後、どこか優し気な顔で笑った。
「考えてみたけど何もわからなかったよ。だからきっと大事なことじゃないと思う。」
「そっか。」
ハンスはアイティラの表情をみて、心をざわつかせた。
アイティラは、自分なんか相手にならないようなほど強い。それに、あの人さらいたちも平然と殺してのけている。だからこそ、心が強く自分とは違う存在なんだと思っていた。
だが、宿屋で見せた涙を流した寝顔や、今みたいな少女のような純粋な笑みを見せられたら、どうしても自分と何ら変わらない少女だと認識させられてしまうのだ。
「それじゃあこの後はどうする?今から依頼のゴブリン討伐にでもいくか?」
アイティラはうーんと悩んだ後、こちらに笑いかけて言った。
「今日はもう帰らない?少し疲れちゃった。」
ハンスも特には異論もないため、依頼は明日にすることにする。
「そうだな。帰ろうか。」
静かな町の中を、少女と少年は隣り合って歩いていく。




