二人の冒険者
ここダリエルの町の冒険者ギルドはそこそこ活気に満ち溢れている。
町の外には森が広がり、森の奥深くになると魔物や貴重な薬草が生息しているからだ。
そんなギルドの受付嬢の仕事をしているセレナは、冒険者を迎えるためにカウンターに立っていつもと同じく仕事をしていた。
カランコロン。冒険者ギルドの扉についたベルが小気味いい音を立てる。
セレナは自然とドアの方に目を向ける。冒険者の誰かが帰ってきたのだと思って。
来訪者を視認したセレナは少しだけ驚いた。
開いた扉から入ってきたのは見慣れない二人の子供だ。どう見ても少年や少女と言われるような年齢の二人はそのまま受付に向かってくる。
このような年齢の子が冒険者ギルドに来るのは珍しい。
だがしかし、考えを巡らせたセレナは一つの予想に行きついた。なるほど、おそらくこの子たちは両親の代わりに依頼をしにでも来たのだろう。
セレナは人好きのする笑顔を浮かべ対応する。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドに何かご依頼でしょうか?」
「わたしたちを冒険者にしてほしいの。」
二人のうちの声からしておそらく少女の方が、すらりと言葉を返す。
少女はボロボロの紺のローブを身に付けており、ローブに着いたフードを目深にかぶっているため顔がよく見えない。ただ、一瞬だけちらっと見えた赤い目が、やけに綺麗に感じられた。
セレナはわずかに困惑しつつも、言葉を発した少女に聞き返す。
「えっと、冒険者になるために鍛えてほしいというご依頼ですか?」
今度はその問いに少年の方が答えた。
少年の恰好はどこか粗末で、町というより村で着られているような服装だ。
「いや、冒険者登録をしてほしい。」
セレナは少しだけ戸惑った。別に冒険者ギルドに明確な年齢制限などはない。しかし、冒険者は職業上、どうしても危険が付きまとう仕事のため、大人と言える年齢になってからなる場合がほとんどだ。
過去に冒険者に憧れた若い少年たちが、初依頼で全員帰らぬ人となったこともある。
だからこそ、この子供たちが冒険者に変な幻想を抱いているのなら止めさせた方がいい。
セレナは口調をくずして、優しいお姉さんと言った感じで注意した。
「いいですか?冒険者の仕事はとても危険な仕事なんですよ。ベテランの冒険者でも簡単に死んでしまうこともあるんです。」
だがそのその言葉にも、少女の方は特に反応を示さないし、少年の方はどこか意気込んだ風な表情になった。
「僕は強くなりたい。その為ならその程度の危険は承知の上だ。」
セレナはどうにか冒険者を諦めさせようと口を開きかけるも、続く少年の言葉で口をつぐんだ。
「それに冒険者ギルドに年齢制限はなかったと思うが、もしかしてあるのか?」
そう、冒険者ギルドに年齢制限などは特に決められていない。実際に稀有な例ではあるが、現在のSランク冒険者の一人が子供の時から冒険者として活動していた例もあるため、なかなか制限できていないのだ。
セレナはこれ以上の説得を諦め、渋々ではあるが冒険者の登録手続きをすることにした。
「分かりました。では、登録手続きを始めていきたいと思います。まず初めに登録手数料として銅貨五枚必要です。」
少女がローブの中から革袋を取り出し、その中から銅貨を五枚取り出した。
セレナは銅貨を受け取り、登録手続きを進める。
「ではまず、この用紙にお名前と戦闘時の役職についてご記入ください。」
「役職?」
「ええ、こちらで言う役職は、剣士職や魔法職、支援職といった戦闘スタイルのことです。こちらの役職は、後でパーティーを組む際に参考にされるのでできるだけ詳しく書いてくださいね。」
その言葉を聞きつつ少女と少年は、用紙に名前と職業を書き込んでいく。
少女の方はなぜか名前のところで一瞬手が止まっていたが、しばらくしてまた書き進めた。
そうして出来上がった用紙を受け取ったセレナは、声に出して確認する。
「えー、アイティラ・レヴェリー様、職業は魔法剣士。
ハンス・マクベイン様、職業は剣士ですね。
では、ギルドプレートを発行いたしますので、その間冒険者ギルドの基本的な説明をさせていただきます。」
そうしてセレナは、今まで何度も口にしてきた説明を口にする。
「当ギルドでは、冒険者は実力に応じてランク分けされております。ランクは上から、S、A、B、C、D、Eの全部で6段階です。このランクが上がることで、より高難易度の依頼を受けることができ、信頼度も上がって行きます。
もちろん最初はEランクから始まり、依頼を達成するごとにポイントが付与されていきます。このポイントがある一定数たまることで、ランクが上がります。」
その説明を二人の子供は静かに聞いている。
「依頼については通常依頼と指名依頼があり、指名依頼についてはある程度ランクが上がり知名度も上がると、その冒険者だけに依頼が来ることがあります。指名依頼は通常依頼に比べて報酬が高額なため、冒険者は自身のランクを上げて知名度を広めることが重要になってきます。」
アイティラという少女の方は話に飽きたのか、ギルド内を見渡している。
ハンスという少年の方は話をしっかり聞いてくれている。
「それと、素材採取や魔物の討伐依頼を受ける際はパーティーを組んでから行くことをお勧めします。もしよろしければパーティーメンバーの候補を紹介できますがどうしますか?」
ハンスという少年は少し考え込んでいたが、もう一人の少女の方をちらりと見てから答えた。
「いや、紹介はいらない。」
「そうですか。」
セレナは子供二人で大丈夫なのか不安だった。このまま冒険者にしてしまって死んでしまったらと思うと少し心配だ。そんなセレナをよそに、同僚が二枚のプレートをもって来て二人に手渡した。
「そちらが冒険者のプレートになります。再発行にはお金がかかりますので無くさないでください。」
紐に通されたプレートを二人は首につるす。
冒険者の証を身に付けた二人にセレナは説明を続けようとしたが、そこに男の声がかかる。
「おい、ガキがなんで冒険者になってるんだ?ここはお前らみたいなガキが来る場所じゃねえ。」
セレナは声がした方に顔を向けた。見ればその体格のいい男はBランク冒険者のバルトだった。
彼はBランクの腕が立つ冒険者で、実績もある優秀な冒険者だ。
口調は少し荒いものの、それでも悪い人ではないというのがセレナの見立てだ。
バルトの声を聞いたハンスは、自身を馬鹿にされたと感じたのかバルトに食って掛かった。
「そんなのは僕の勝手だ。関係ないやつがいきなりでてくるな。」
そのハンスの言葉にバルトもけんか腰になる。
「ああ?ずいぶんと生意気な口きくじゃねえか。調子乗ってんじゃねえぞガキ。」
ハンスとバルトがにらみ合っている様子にセレナは慌てていると、目の前のアイティラがセレナに話しかけてきた。
「依頼を受けたいのだけど、どこにその依頼はあるの?」
セレナは喧嘩が始まりそうな二人をチラ見しながら、それどころではないと言いたい気持ちになった。しかし、目の前のアイティラという新人冒険者は、特に慌ててはいないようだ。フードによって目元が見えないため分かりずらいが。
「えと、依頼はあちらのボードに貼ってあります...」
「そう、ありがとう。」
アイティラはそれだけ言うとボードの方に行ってしまった。大勢いる周りの冒険者に好奇の視線を向けられながら。
「だいたい、武器すらもって来てねえで冒険者になる気かよ!」
「武器はこれから買いに行くんだ!」
そして、セレナの前には言い合いをしている二人が取り残される。
この言い合いを止めてくれる人はいないのかとギルド内を見回すが、どの冒険者も言い合いを面白そうに見ているだけだ。
そうしていると、ボードの方に行っていたアイティラが戻ってくる。一枚の依頼書を手にしながら。
「わたし、この依頼を受けたいの。」
セレナがその依頼書を受け取り見てみると、ゴブリン討伐の依頼だった。
初依頼から魔物討伐をやらせて大丈夫なのかと思うも、規則に従いセレナは依頼を受理する。
そうして、依頼書を受け取ったアイティラは相方のハンスの方に向き直る。
「それによおガキ、お前の恰好ずいぶんと粗末じゃねえか。どっかの小さい村からこの町にきて浮かれてるんじゃねえのか?」
「はあ?自分より年下の奴にしか強くでられないくせにずいぶんとッ!」
「ねえハンス」
言い争っている二人などお構いなしに、アイティラはハンスを呼ぶ。
「なんだアイティラ?今はこいつを...」
「依頼を受けたからもう出ようと思ったけど、友達ができたならわたし一人で帰ってもいい?」
ハンスは途端に静かになった。
そして、ハンスのお友達と呼ばれたバルトは今度はアイティラに食って掛かる。
「ローブの嬢ちゃんよお、そのお友達って俺のことかあ?ずいぶんと可愛らしい呼び方じゃねえか。」
そうしてバルトはアイティラの方に手を伸ばす。
「さっきからずいぶんと落ち着いているが、そのフードの下の顔はどうなってんだろうなあ。そのすました顔を見てみたいもんだぜ。」
バルトはアイティラのフードを少し持ち上げた所で動きを止めた。
「なっ、その目...」
突如フードを持ち上げたまま硬直したバルトに周囲の冒険者たちも怪訝な表情をする。
それはセレナも同じだったし、セレナの目の前にいるハンスも同じだった。
そんな異様な雰囲気の中、バルドと見つめ合っていたアイティラが静寂を解いた。
「どうしたの、そんなにわたしを見つめて。一目惚れでもした?」
その声でバルドは我に返ったらしく、アイティラのフードをおろして半歩下がった。
「...いや、なんでもねえ。すまなかったな。」
「別にいいよ。見られてダメということはないから。」
そうしてバルトは席に戻っていく。
その様子を見ていた周りの冒険者はみな口を閉じてバルトとアイティラを見比べている。
そしてアイティラはハンスに声をかけると、自然な足取りでギルドを出て行ってしまった。
ハンスはそのあとを急いで追いかけていく。
二人が出て行ったことを確認した冒険者たちがバルトに詰め寄る。
「おいバルト。お前何があったんだよ。」
「目がどうとか言っていたが、目がどうしたんだ。」
そんな冒険者たちの質問にバルトは一言だけ返した。
「今は話したい気分じゃねえ。酒だ!酒をもってこい!」
そうして運ばれてきた酒を勢いよく飲んだバルトは、その後もしつこく聞いてくる冒険者たちに何も話すことはなかった。
結局話してもらえなかった冒険者たちは、あの子は目にひどい傷があったんじゃないかとか、恐ろしく目付きの悪い少女だったんじゃないかと予想で盛り上がっていた。
そんな様子を見ていたセレナは静かに呟く。
「きれいな目だったと思うけどなぁ。」




