わたしのたからもの
ここは夢だ。わたしの夢。
目の前には、赤い目をした幼い女の子がいる。
わたしとおんなじきれいな赤。
その子は私にこう言うんだ。
「おねえちゃん!見てみてこれ!作ったの!」
小さな子供の手には、きれいな花の冠がある。
とっても素敵ねと私は言う。
「えへへ、そうでしょ!おねえちゃんのために作ったんだ!」
そうして女の子は花の冠を掲げる。
わたしがしゃがむと、女の子は私の頭にその冠をのせてくれた。
わたしはありがとうと伝え、その女の子の頭をなでる。
その子はそれを嬉しそうに受け入れている。
「おねえちゃん!ぎゅっ、して!」
女の子が小さな腕を広げて甘えてくる。
わたしは仕方ないなと言いつつも、その子を優しく抱きしめる。
この子はわたしの大事な大事な宝物。
そこにやさしい男の人の声が届く。
「○○○○、○○、ご飯ができたから、お家に入りなさい。」
その人は、わたしとちいさな女の子の名前を呼ぶ。
わたしと女の子は元気な返事をして、温かさを感じさせるお家に入っていく。
とってもとっても幸せな日々。
世界が真っ暗に塗りつぶされる。
これは夢だ。夢であってほしい。
目の前には、赤い目をした幼い女の子がいる。
しかし今は、その目は光を映してはいない。
その子は何もしゃべらない。
小さな子供の手は、力を失ったようにだらんと垂れ下がっている。
わたしは泣きながらごめんなさいと謝り続ける。
暖かさを感じさせた家は、今は赤く染められている。
優しい声で名前を呼んでくれた父親も、穏やかにほほ笑む母親も、真っ赤に染まって地面に横たわっている。
わたしは宝物を力強く抱きしめる。
いたいよ、おねえちゃんと言ってくれるのを願いながら、現実を見たくないとばかりに抱きしめる。
わたしは、女の子を抱きながら、その子の名前を叫び続ける。
その涙が枯れるまで、その声が枯れるまで叫び続ける。
その日、わたしは最後の希望を失った。
***
ハンスは宿の一室で、布団をかぶりながら考え込んでいた。
思い起こすのは今日の出来事だ。
目の前で、強くて優しい父親が、血を流して倒れている。
大事な家族。唯一の家族だ。
母は僕がもの心ついた時には病気で死んでいる。
だからこそ、いつも父親が面倒を見てくれたし、村の大人たちだって、そんな僕に良くしてくれた。
でも、そんな平穏な日々も、たった一日で簡単に壊れてしまった。
僕にもっと力があれば。あの人さらいの大人たちと戦える力があれば、もしかしたら父さんも助けられたかもしれない。失う必要もなかったかもしれない。
だが、それでも自分はまだ少年と言われるような年であり、何人もいる大人相手にまともにかなうはずがないと慰める余地があった。
だが、その言い訳を壊す存在が現れた。
その少女は、自分とそう変わらない年だと思われる平凡な少女だ。
しかし、その見た目からは想像もできないほどの力があり、父を殺したかたきである大人たちを簡単に殺してのけた。
その瞬間、僕はその少女を恐れると同時に、ひどく憧れた。
僕も強くなりたい。強くなって、誰かを守れるようになりたい。
もう、僕のように失う人を出さないために。
だからこそ、自分は村には帰らずに、この少女と一緒にいることを決めた。
この少女に付いていけば、自分もこの少女の強さを少しでも身に付けられると信じて。
「ミア...」
声が聞こえてびくりとした。
自分以外はもう寝静まっていると思っていたからだ。
ハンスはその声を出した人物に呼びかける。
「アイティラ、起きているのか?」
返事はない。布団から出てアイティラの様子を見てみると、ぐっすりと眠っている。
どうやら先ほどの声は寝言だったらしい。
疑問が解けたところで布団に戻ろうとしたハンスは気づいた。アイティラの目の部分が濡れていることに。
(こんなに強いやつでも、泣くことがあるんだな。)
ハンスは自分の布団に戻り、今度こそ眠ることにした。
***
次の日、茶髪の少女と気の弱そうな少年を、行商人のところに連れて行った。
二人とハンスは友人らしく、最後まで二人はハンスに村に戻るように言っていたが、ハンスは受け入れることはなかった。
最後は、暇が出来たら村にも顔を出すと言って、ハンスが宥めたことで決着がついた。
そうして彼女らと別れたことで、アイティラとハンスは二人になった。
「さて、これで二人になったが、これからの予定は何か考えてあるのか?」
「何にも。」
ハンスはいきなり不安になった。この少女に付いていけば強くなれると信じてはいるが、出だしからこれでは少し不安にならざるを出ない。
「なら、まずはお金を得られる手段をさがそう。僕のおすすめとしては冒険者だな。」
そして、強くなりたいハンスは自身に都合のいい方向に話を誘導する。
「その冒険者って、どんなことをするの?」
アイティラはハンスに質問する。
そういえばこの少女は冒険者を知らないんだったなとハンスは思い出し、聞いた話をアイティラに伝える。
「冒険者は、薬草などの素材を採取したり、魔物を狩ってその皮や牙を売ったりしてお金を稼いでいる人たちのことだ。難しい依頼になれば、一度の依頼で数か月、遊んで暮らせるようなものもあるらしい。」
「へえ、じゃあそこにしましょうか。」
やけにあっさりと決まってしまったが、冒険者になる事が決まったことでハンスはわずかに心躍らせていた。
村での生活では、冒険者は子供たちの憧れであり、それはハンスも例外ではなかった。
仲間たちと力を合わせて、自身よりも大きい魔物を倒したことを自慢げに語っていた、村の元冒険者の話にはとても憧れたものだ。
だが同時にその元冒険者の男は、冒険者の命は軽く、常に死と隣り合わせだということも子供たちに言い聞かせていた。
その言葉を思い出したハンスは、ほんの少しの緊張と、憧れに対する期待を胸に思いをはせる。




