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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
いなくなった吸血鬼
134/136

いつか見た未来

砂時計の砂が下へと流れ落ちるように、命が徐々に失われて行く感覚がする。

意識ははっきりせず、ただこのままゆっくりと自分は消えていくのだと、そんな思いが浮かんでくる。


アイティラは、自分の意識以外何も存在しない世界で、ただ独り終わりを待っていた。


正しい終わり方だと、今になってアイティラは思う。

化け物は、最後は人によって打ち負かされる。

それこそが、多くを殺した化け物へ与えられる、正しい終わり方なのだと思う。


そういえば、ずっと前にもこんなことがあった。


この世界ではないはるかに古い時代、一匹の化け物が人の意思によって敗れたのだ。

光り輝く剣を持ち、白銀に輝く鎧を付けた若者に、人々から恐れられた吸血鬼は正面から戦いを挑み、そして封印されてしまった。

あれこそ、相応しい終わり方だった。

人を殺すことへの罪悪感など抱かず、血を見ることに安らぎを見出しすべてを破壊する吸血鬼を、人々から勇者とたたえられ、正義の人であった男が打ち倒す。


そこで終わっていればよかったんだ。

封印された吸血鬼がはるか時代を経て、再び世界に現れたことが唯一の間違いだったのだ。

一体誰が、それを望んだのだろう。


吸血鬼の封印を解き、名を与えた老魔術師オスワルドか?

いや、違う。オスワルドは、あの勇者の封印を解けるほどの力はなかった。

それに、オスワルドが吸血鬼の存在を知らなければ、そもそも何も始まらない。

そういえば、老魔術師はとある古い本によって吸血鬼を知ったと言っていたはず。

だったら、あの古い時代に、吸血鬼の復活を願い記録を残した誰かがいたはずだ。


その誰かは一体誰なのだろう。

その誰かのせいで、アイティラがこの時代に生まれ、多くの人に死を呼び寄せることになった。

その誰かのせいで、一度綺麗に終わった物語が、再び歪な形で再現されてしまった。

その誰かのせいで、アイティラは生きることの苦しみを再び味わうことになった。

誰が、そんな呪いをアイティラに残していったのだろう。


『知りたいですか?』


声が聞こえた。

アイティラの意識だけがあると思われた空間に、誰のものか判別の付かない声がする。


あなたは誰?


『私の名前は重要なものではありません。知ったところで、あなたにとっては何の意味も持ちません。ここで重要なのは、私があなたのことを知っていることと、あなたをこの時代に蘇えらせた人物を知っているということです』


男か女かも、若いのか老いているのかも分からないものだったが、その声は優しい印象を与えた。

アイティラは不思議と警戒する気など起こらずに聞いていた。

私を生かしたのは誰なのかと。

誰がこんな酷い事をしたのだと。


声は優し気に微笑むと、あなたへ宛てた伝言があると言った。


『その酷いことをした人が、あなたへ残した言葉です。今からそれを読みますね』


***


少女へ


僕らが共に生きた世界は、ずいぶんと酷いものだった。

神具と呼ばれる道具が作られ、それが多くの死を生み出した。


貴方も知っているはずだ。たった一つの道具で、数千、数万の人間が死に、国が滅び、いくつもの文明が世界から消えた。

あれは、人の身には過ぎた力だ。文字通り神具は神の力であり、人が扱っていいものではなかった。

それは、神具を持つ僕と、神具と同化している貴方が良く知っている。


僕らは共に、その力の被害者であり、加害者だ。

君がいなくなってから、僕は貴方の過去を知った。

強大な力を持った国同士は、より強い力を求めていた。その過程で、貴方が巻き込まれ、近しい人すべてが殺されたことも、人としての自由を失い吸血鬼と呼ばれるようになったことも、貴方は何も悪くない。

だがその後、たとえ貴方の意思とは関係がなかったとしても、多くの人を殺した事実は消えない。

それが、互いに多くを殺した僕と貴方の罪であり、この報いを受けることになるだろう。


僕ももうすぐ終わりを迎える。

貴方がいなくなった今、次の脅威は僕になった。そう遠くないうちに殺されるだろう。

これが報いだと納得はしても心残りはある。僕がここで死んだとしても、神具は他にいくつもある。

このままでは争いは絶えず、第二の吸血鬼や勇者が現れる可能性だってあるだろう。

だから最後に、僕は全ての神具を遺跡の奥深くへと持ち込み、この身と共に葬るつもりだ。

このあたりには強大な魔物が多く、技術を失った彼らでは、そうそうたどり着くことは出来ないだろう。


だがそれでも、いつか人はたどり着く。

神具を生み出したことのある人間ならば、年月さえあればこの場所を暴くことさえできるだろう。

そうなれば、僕らが経験したことが、後の時代でも繰り返されることになる。


そこで、貴方に託したい。

もしこの遺跡まで人が到達したときに、神具と共に、貴方に施した封印を解く鍵となるこの書を残すことにする。数十年後か、数百年後、それよりも後の時代かは分からないが、この言葉が届くということは、再びこの時代の惨劇が繰り返されようとしているのだろう。


この時代を生きた貴方なら、それによって苦しめられた貴方であれば、僕の意思を引き継ぎ二度目を防いでくれると願っている。

この言葉を、吸血鬼となる以前の少女であった君へと託す。


貴方の宿敵 勇者より


***


語られる言葉が途切れ、いくばくかの空白が流れる。


これが、真相なの?


『ええ、本来であればあなたがこの時代に現れたときに、封印を解いた人物によって語られるべきものだったようです。しかし、その者はここまで読まなかったか、伝えることをしなかったようですね』


. . . 。


アイティラは、知らなかった。

アイティラにとってあの古い時代は、忘れたい過去であり、目を背けたい醜いものだった。

そんな世界でも、自分を討ち負かした男は最後まで抗い、自分に後を託すことまでした。

それなのに自分は、今の言葉を知らなかったにしても、その強大な力を使い、人の世界に混乱をもたらしただけだった。多くの人を死なせてしまっただけだった。


『どうでしょう? この言葉を聞いて、あなたはこれからどうしますか?』


声は無常にも続けていた。

これからどうするのかと。


これを聞いても、アイティラにはどうすることもできなかった。

なぜなら、アイティラはすでに負けており、終わりを待つ身なのだ。


『一つの約束を守ってくれるのでしたら、あなたを救って差し上げます』


救う?


誰とも分からない声が告げていた。


『今後、何があっても人を殺さないと約束してくれるならあなたを解放します』


何があっても。

その言葉が、重くのしかかる。


『たとえ、大切な仲間が殺されて、誰かを憎んでいたとしても、決してあなたは人を殺してはいけません。それが、私ができる最大の譲歩です』


それは . . . 。


そんなことできるのだろうか?

アイティラには自信がなかった。

大切な人が殺されそうになれば、迷わず敵を殺してしまう。

自分に敵対する者は、全て殺してしまえばいい。

その考えは、アイティラが目をそらしていた古い時代から培われてきたものだった。

それを変えることができるかと聞かれれば、自分でも分からなかった。


それでも声は続けている。


『私は吸血鬼を生かしておくつもりはありません。人でなければ私はあなたを信じることができないのです。あなたには難しいことでしょう。それでも、それだけがあなたが助かる道です』


アイティラには答えられなかった。

はたして自分が、その約束を守れるか自信がなかったし、そこまでして助かったところで意味がないとも思えたからだ。

アイティラは、今まで多くの人を死なせてしまった。

だったらここで助かったところで、いまよりも多くの人を不幸にしてしまうのではないか。

やはり化け物は化け物らしく、最後は人に敗れて消えていく方が . . . 。


「 . . . すめ!アイ . . . だ!」


声が聞こえた気がした。

今まで語りかけていた声とは全く別の、遠くで叫ぶような声だった。


「あれを壊せ!」


はっきりと聞き覚えのある声が聞こえた。

それは、この場所では聞こえるはずのない声だった。


今、何が起こってるの?


『戦いが始まっています。あなたを解放しようとする彼らと、討伐隊との戦いです』


予想していないことだった。

何せ、討伐隊相手では、エブロストスの戦力では太刀打ちできない。

そう思ったからこそ、アイティラが一人で終わらせようとしたのだ。

それはアレクだって理解しているはずなのに、どうして来てしまったのだろう。


待って、いまどうなってるの?


『両者の戦力が拮抗しているように見えますが、アレク殿下の陣営が黒の騎士団によって徐々に押さえ込まれています。白の騎士団が動きさえすれば、すぐにこの均衡は崩れ去ってしまうでしょう。このままいけば、あなたの仲間は全滅します』


まるで確定した未来のようにその声は言った。


このままではアレクたちまで殺されてしまう。

アイティラを救おうとして、そのせいでまた死なせてしまう。


それだけは、ーーーだめ。


アイティラは声に言っていた。

私を助けてと。


『それは、人を殺さないという約束を守っていただけるということですか?』


そこで気づいた。

その約束は、今の状況にはあまりにも酷なものだった。

たとえ助け出されたとしても、殺すことを封じられれば、一体討伐隊をどうすればいいのだろう。

戦えなくなったアイティラは、アレクを救う手がなくなってしまう。


でも、それでも、このままではアレクたちまで死んでしまう。

だったらせめて、少しでも逃がすしか。それとも、約束を破って . . . でもそれは . . . 。


『 . . . . . . 』


答えを出せないアイティラに声はしばらく黙っていたが、ややすると小さなため息とともに人間味のある声が返ってきた。


『仕方ありません。人を殺してはいけないのは、この戦いが終わってからです。これがあなたの最期の戦い。吸血鬼の最期の戦いです』


誰か分からないその声は、最後にアイティラに優しく語り掛けるのだった。


『あなたが本当に約束を守ってくれるのか、私には知るすべが何もありません。ただ、多くを知った今のあなたなら、守ってくれると信じていますよ』


その時、遠くからアレクの声が聞こえてきた。


***


アレクは弓を引き絞った。

すでに、目をとじたままのアイティラがはっきりと分かる距離まで近づいていた。


これが唯一の好機。


伯爵の残した兵士たちはすでに全滅し、残る味方も多くが殺され、すでに壊滅寸前だった。

この距離にまで迫れたことが、すでに驚愕すべきことだろう。

これ以上は迫れない。後は徐々に押し返されて行くだけだ。


だからこそ、この一射を外せば次はない。

アイティラを解放するチャンスは、永遠に巡ってこない。


手に汗がにじみ、弓の狙いがぶれる。

自分が、この戦いの勝敗を決める大事な役割を担っている。

絶対に絶対に外せない。


そのはずだった。


アレクに気づいた白騎士たちが、動き出していた。

向かう先には、アイティラを封じている水晶球を持った、予言の聖女の姿があった。


まずい!


一瞬でもそう焦ってしまえば、動揺で何も考えられなくなる。

早く射たなければ、どんどん壁ができてしまう。唯一の好機が、失われて!


『アレク様』


不意に懐かしい声が聞こた気がした。

何度も聞いたことある、あの声だ。


『アレク様、その能力は相手に知られていないことで力を発揮するものです。むやみに使うものではなく、本当に必要だと思った時だけ使うのがいいかと。ですので練習するのはいいですが、曲げることを前提に的を狙うのはおやめください』


いつの会話だっただろうか。

年上の寡黙な従者はアレクに教え諭すように、そう言っていた。


焦りにまとまらなかった思考が、急激に明晰になってくる。

口の端を引き上げて、それが今だなと小さくこぼす。

弓の狙いを、水晶球に気を取られている白の騎士団長ユリウスへと向ける。


「よくも、シンを!僕の友人を!」


アレクは心の内を思いっきり叫びながら、ユリウスめがけて矢を放った。

矢は風を切り裂きながら、すさまじい速度で駆けていく。そしてそのまま、ユリウスのすぐそばを掠めるようにして後方へと飛んで行った。


ユリウスは呆然とこちらを見ていたが、やがてその目が冷気を帯び、冷たい口調で言い放った。


「終わらせよう。つまらない争いだった」


白の騎士団がアレクの前に立ちはだかる。

その剣を光らせ、今にも襲い掛かってきそうだ。


それでも、アレクは何も言わず、ただユリウスの後方を睨みつけていた。

射った矢のことを目で追い続けていた。


ユリウスがゆっくりと馬を進め、それに合わせて白の騎士たちが威圧的に迫ってくる。

アレクの前で守っていた味方が怯えたように後ずさろうとしてぶつかり合っていた。


それでもアレクは動じない。

放たれた矢が大きな円を描くように空へと上り、こちらへと向かって来るのをじっと見つめていた。アレクの手に収まる弓は、不思議な青緑の奇妙な光を放っていた。


背後から迫る風切り音に気づいたのか、ユリウスは足を止め背後を振り返る。

そして、それに気づき、咄嗟に声を出していた。


「聖女、避けろ! 後ろだ!」


アレクの矢が背後から迫っていた。

帝国のおかしな弓使いが持っていた特殊な弓が、矢の軌道を操っていた。


アレクは叫んだ。


「撃て!水晶球を撃て!」


その時、今まで目を閉じてじっとしていた予言の聖女が、声に気づいたのか顔を上げた。

そして背後を振り返り、迫り来る矢を見て、諦めに似た人間らしい微笑を漏らした。


矢は聖女のすぐそばで軌道を急激に変え、その手に収まっていた水晶球を貫く。

涼し気な音を立て、破片となって地面へと落ちると同時に、アイティラを閉じ込めていた障壁が消え、途端強烈な爆風が広がり思わず目を閉じてしまう。


顔を守るように前へ出していた腕を下ろし、恐る恐るアレクは目を見開いた。


すると土煙の先に、先ほどまで水晶球を持っていた聖女の背中と、それに抱き着くようにしている黒髪の少女の姿が見えた。少女は白い首筋に噛みつき、何かをしているようだった。

やがてわずかな時間が過ぎると、抱き着かれていた聖女は力が抜けたようにもたれかかり、少女はそれをゆっくりと地面におろした。


少女の目が赤く輝き、背中に黒い翼が広がった。


ユリウスは剣を引き抜き、それが強烈な光を伴って少女へと迫った。

突風のような一撃が、少女へ迫る直前に何かに防がれたかのようにピタリと止まる。

苦し気なその声から、男の焦りが伝わってきた。


「まさか、完全に回復した? いや、それどころか . . . 」


光の剣が地面から伸びる赤い蔦のようなものに捕まれていた。

剣を手放そうとせず身動きの取れないユリウスを前に、吸血鬼は翼を広げ空へと昇った。

世界に星が瞬いた。それは夜になったからではなく、赤い凶星がいくつも生み出されていたからだ。


誰もが空を見上げていた。


呆然と、吸血鬼の力に圧倒されていた。


吸血鬼はただ独り、空へ向かって誰にも聞こえない小さな声を漏らす。


「これが私の最期。これを最後に、吸血鬼はいなくなる。だから . . . 」


赤の瞳が、地にいる全ての人びとへと向けられた。

空が赤く染まっていき、地面に影が増えていく。


「今の私は吸血鬼、化け物だよ」


赤き星々が地へ落ちた。

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