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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
いなくなった吸血鬼
133/136

決戦

大地に響く足音に、遠く巻き上がる土埃に、白の騎士団長ユリウスは光に照らしていた自らの剣を仕舞い、そちらに視線を向けた。


「ついに来たか」


眼前に広がるのは大軍だった。

装備もまちまち、年齢もさまざま、おそらく出身もエブロストスだけではないのだろう。

そんな寄せ集めの集団が、正面から進んできていた。

討伐隊という名を与えられた白と黒の騎士団に向かって。


彼らの先頭に、輝くような黄金の頭が見えた。

まだ若さを十分に残したその人物が誰であるかは知っている。

反乱軍に逃れているアレク第二王子だった。

その緑に輝く双眸が真っすぐユリウスに向けられているように感じる。


(僕はお前に勝ってやる)


不思議とそんな声まで聞こえた気がした。


「 . . . 下らない」


ユリウスは吐き捨てるように言った。

自分はいま何を考えていた。


この戦いの勝敗はすでに決まっていた。

眼前に広がる軍勢の数は、落ち目の反乱軍にしては驚くほどの人数である。

だが、それでも寄せ集めなのだ。戦いを心得ていない素人の、熱に浮かされただけの集団にすぎない。

練度も武具もすべてが整えられている自分たちと勝負になるはずがなかった。

だから、一瞬でも心に浮かんでしまった戦いへの熱はまやかしなのだと、ユリウスは自分に言い聞かせた。


「おい、ユリウス? 起きてるか」


すぐ隣から声がかけられた。

見れば黒の騎士団長のディアークだった。


「あいつらの相手はどっちがするよ? お前がいいって言うんなら、俺らにやらせてもらいたいんだがな」


黒の騎士団長の瞳が酷薄に細められるのを見ながら、ユリウスは言った。


「好きにしろ。 俺は聖女を守っている」


「そーかい。じゃあ、暴れさせてもらうぜ」


ディアークは自身の馬にまたがると、背後に控えていた黒騎士たちに言った。


「ようやく戦える時が来た。獲物の数も十分にそろえられている。お前らも腹が減ってるだろう?」


暗い笑みが黒騎士たちに浮かぶ。


「行くぞ、好きなだけ殺せ!」


弾けるような声と共に、黒騎士たちが一斉に駆けていく。

ユリウスはその背を見送りながら、やはり下らないと内心思う。

勝利が約束された戦いほど、つまらないものはないからである。


***


迫り来る黒の騎兵たちに、アレクの心は震えていた。

初めての戦場。初めての戦闘。肌に伝わる轟音と怒声が、全ての感覚を麻痺させる。

空気の振動を伴って、血に濡れた暴力がすぐ間近に迫ろうとしていた。


怯えるな!


逃げに走ろうとする心を叱咤する。

自分は変わると決めていた。立ち向かうと決めていた。

ならば今更迷う訳にはいかない。


真っ向勝負。


アレクには策などなかった。

全力で戦場を駆け抜け、アイティラを封じている水晶球を破壊する。

そもそも策を巡らせるほど兵力に余裕があるわけではなかった。たとえ妙案が思いついても、やはりそれは小細工にすぎず、騎士団になど通用するはずがなかった。

だからこそ、正面から全力をぶつけ、突破を図る。

単純にして大胆なこれこそ、アレクの策といってよかった。


黒の騎士団が接近する。

彼らの目はアレクを捉えており、もし近づかれればアレクでは太刀打ちできずに殺されるだろう。


「頼んだ!」


アレクの声とともに、隊列から騎兵が飛び出して黒騎士目掛けて突貫する。

迷いを見せずに突き進む彼らは、伯爵の兵たちの生き残りだった。

カナンの戦いで主人を失い傷を負った彼らは、伯爵の死後もなおアレクに従い続けていた。

伯爵とともに自分たちはある。たとえ死んでしまったとしても、自分たちは伯爵が残したこの都市のために戦うのだと彼らは言っていた。


兵士の槍が黒騎士を貫く。

幾つもの血を流しながら、アレクらを前進させるためだけに自身も傷を負いながら進み続ける。


その間を駆け抜けながら、遠くアレクの目がその姿を捉えた。


「進め!アイティラはあそこだ!」


遠く、幾人もの黒騎士を超えた先、そこに少女の姿が見えた。

半球状の障壁の中に、眠るようにして存在している。

傍らには豊かな金髪の女が、古代魔道具を手にして控えていた。


「あれを壊せ!」


アレクを先頭に、反乱軍は濁流のごとく押し寄せた。

伯爵の兵士たちが押さえている間に、少しでも近づくんだ。

その一心で、恐怖の中を真っすぐに進んで行く。

だが、その心意気も、正面に現れた男によって揺らぐことになる。


「なかなか頑張るじゃねえか。だがよ、少し考えが甘すぎると思わねえか」


声と共に現れた黒騎士は、大きな双剣を持っていた。

その冷たい笑みと油断のない瞳が、アレクの心臓を鷲掴みにする。


「アレク殿下よぉ、あんた俺らの力を知ってるはずだよな。なのにこんな寄せ集めの集団で、俺らに勝てると思ってるってことだよな」


その瞳には怒りが宿っていた。


「舐めてもらっちゃ困るぜ。役立たずの王子殿下よぉ」


殺せ、その一言で黒騎士たちが一斉に流動した。

まるで一つの生き物であるかのように動き、足止めをしていた兵士たちが次々に斬られ、殺されて行く。

そして間を抜けて来た黒騎士たちが、アレクのもとに向かって来る。


『殺させてたまるか!』


アレクの背後が盛り上がり、熱が弾けた。

後ろに続くのは、アレクの言葉にともに戦う意思を示した者たちだった。

彼らの経歴は様々だ。赤剣隊として何度も戦ってきたものが居れば、今が危機だと初めて戦いに参加する者、カナンを代表する他の町から集まった者。

それでも、その心意気は一つだった。

彼らはアレクの言葉に動かされたのだ。勝ちたい。その純粋な叫びに心を震わせたのだ。

だからこそ、負けられない。新しい主人となったアレクを殺されるわけにはいかないのだ。


アレクを追い越すようにして、次々と戦いへ向かって行く。

自分より巨体の馬上の人間に対して、力のある騎士に対して。

恐れは十分にあるはずだ。それでも、彼らにあるのは純粋な勝利への熱望だった。


「このままッ、このまま進め! 水晶球(あれ)を壊せ!」


アレクも思わずそう叫んでいた。

このままじわじわと進んで行けば、囚われているアイティラのもとまで行けると思ったからだった。

だが、それは甘い考えだったとしかいいようがない。


押していたはずの前線は停滞し、やがてゆっくりと押され始めた。

黒騎士たちは、馬上から鋭い一撃を叩きこむ。対してこちらは、下から鎧をまとった彼らを引きずり降ろす必要がある。どちらが優勢かは歴然だった。

ここにきて、練度と武具の差が如実に表れていた。


アレクの前で悲鳴が起こった。

味方の悲鳴だ。今舞ったのも、味方の血だった。

夢が醒めてゆく。勝利への希望が、一人、また一人と殺されて行く。


気付けば、アレクのすぐそこまで黒騎士たちが迫って来ていた。

兵士たちの姿はすでになく、多くの死体が出来上がっていた。

ああ、また負けてしまったと、心に鋭い痛みが走る。

しかも今度は、周りを巻き込んでの敗北だ。自分を信じてくれた彼らを死なせての敗北だった。

あまりにも悔しい。だが、早く見切りはつけなくてはならない。

そうでなければ、ラファイエットに頼んでいた最後の責任すら果たせなくなってしまう。


(それでも、まだ勝利を諦めたくない!)



戦場に角笛が響き渡った。遠方から、騎士たちを抜けた先からだった。

おそらくは、黒騎士たちに向けた何らかの合図だろう。

そう思ったが、戦いの渦中の黒騎士はともかく、その他の黒騎士が皆動きを止め、不思議そうに背後を振り返っていることに気づいた。


何が、と思い視線を向けると、そこには蠢く巨大な影があった。

幾つもの旗を風になびかせ、横に大きく広がって向かって来る。

衝撃が抜けきらないアレクだったが、その旗に見覚えのある印があったことで目を見開いた。

そこにあったのは、白地に赤の剣だった。


***


この軍勢は一体なんだ?


ユリウスは突如として現れた大軍を前にして、心中でつぶやいた。


味方の兵ではない。

なぜなら、彼らが掲げている旗が反乱軍のものだったからだ。

だが、反乱軍の連中なら今黒騎士たちが相手にしている最中だ。


戦力を二つに分けていたということか。


「おい、ユリウス! どうなっている!」


黒の騎士団長ディアークが、多くの黒騎士を引き連れて戻ってきていた。

なるほど、すでにアレク王子がいる前方は勢いがだいぶ落ちていた。

半分ほどの戦力を残しておけば、十分だと判断したのだろう。


「別動隊がいたようだ。 白の騎士団を動かすか?」


「いや、あんたらは守りに専念してくれていいぜ。俺らがどっちも潰してやるからよ」


ディアークは挑戦的な笑みを浮かべると、背後の反乱軍へと向かって行く。


確かに向こうも人数が多い、だが反乱軍ということはこちらも戦いなれていない素人集団ということだ。つまりは食われるだけの獲物にすぎない。

眼前の反乱軍に緊張が走り、ディアークは舌なめずりをする。


もう少しで接敵する。そしたら、一番大きな旗を持っているあの女から潰してやろう。

そう勢いを増していく黒騎士たちだったが、背後の部下から悲鳴のような大声が聞こえた。


「団長!団長!背後から!」


「背後がどうしたんだ! そっちはユリウスに任せりゃいい」


「ちがいます、我々のすぐ後ろから新しい集団が!あれは!」


ディアークは面倒臭そうに背後を振り返り、その酷薄な笑みが固まった。

は、え、はあ?

そんな言葉にならない声を思わず漏らしてしまうほどだった。

だって、信じられなかったからだ。

蒼のサーコートを纏った集団の奥、そこに豪奢な赤マントを身に付けた中年男が白馬に跨ってこちらを睥睨していたからだ。


陛下だ、陛下だと、背後の黒騎士たちも動揺していた。

だが、それどころではなかった。

蒼の獅子たちが牙を剥き、黒騎士たちの横腹に食らいついて来ていたからだ。


「くそッ、どうなってやがる。ヘルギの野郎は牢屋にいるんじゃなかったのかよ」


視線の先には、猛然と馬を走らせる蒼の騎士団長の姿があった。


「陛下は言った! お前は誰に仕えているのかと! 答えは陛下以外にあり得ない!」


ヘルギは少し前であれば、このような答えを自信をもって言う事は出来なかっただろう。

反乱軍を許すことなく、一人残らず消し去るまで戦いをやめようとしない主君に、あまつさえ反目しようとしたほどだ。だが、今のヘルギには迷いはなかった。

なぜなら主君が言ったのだ、この争いを終わらせると。

その理由を、王はヘルギにだけ教えてくれた。


『気づいたのだ。余が争っている相手が余の敵ではないことに』


エブロストス攻囲の際、吸血鬼の反撃にあった王は一人森へと逃げ込んだ。

その時に、窪地へと転落し、目を覚ました時には三人の赤剣隊の人間に囲まれていたのだという。

殺されるのだと思った王だったが、その三人のうちの一人の女が、王を傷つけることを止めたのだという。


『わ、私たちの目的は、王様を傷つけることじゃなく、エブロストスを守ることだったはず。た、確かに思うところはあるけど、それでも、皆が生き残れる道があるんだったら』


そして、その女は王に戦いを終わらせることを願ったのだ。

それが、王にとってはあまりにも衝撃だったらしい。なぜなら、王は自分に不満があるから、敵意を抱くから反乱を起こしたのだと思っていたからだ。

それから、その三人に護衛されるようにして王都へと戻った王は争いを終わらせると宣言し、宰相の手によって幽閉された。

そのような経緯があったという。


その時に王を助けた女こそ、いま黒騎士たちを押しとどめている大軍の中心で旗を振っている人物だった。


「ヘルギ、裏切り者の騎士が!」


ヘルギの眼前に、黒の騎士団長ディアークが現れた。

その目に怒りを宿しながら、こちらへと向かって来る。


「牢屋に入れられていた裏切り者が、どうしてここに居やがる!」


双剣と大剣が交わった。

烈しい火花を散らしながら、互いの勢いに大きく跳ねのけられる。

態勢を崩しながらも、ヘルギは言った。


「ディアーク団長、裏切り者は君のほうだ」


瞬間カッと目が大きく開かれるが、その目はすぐに余裕のない物へと変わっていく。

蒼の騎士団が次々と黒の騎士たちを追いつめていた。

黒の騎士たちは前方を、大きく広がる反乱軍に、そして後方を蒼の騎士に挟撃されていた。

崩れるのは時間の問題だった。


だが、次の瞬間には、ディアークの目に再び酷薄な笑みが戻ってきていた。


「この場に居るのは俺ら黒の騎士団だけじゃないんだぜ」


ヘルギが視線を巡らせると、今まで一度も動かなかった白の騎士団がついに動き出していた。

純白の上に黄金の一角獣を象った壮麗な騎士たちが、次々とこちらに駆けてくる。

そして、黒の騎士団を追いつめていた蒼の騎士団に襲い掛かった。


ヘルギは苦い顔になり、反対にディアークは薄ら笑いを浮かべる。


「どっちが勝つかは、まだ分からないらしいな」


***


ユリウスは黒の騎士団救出に向かった白騎士の背を眺めていた。


あまりにも予想外だった。

まさか、王が蒼の騎士団を伴って現れるなど。


だが、予想外でありはしても、十分対応できるほどだった。

白騎士が加わった黒の騎士団はにわかに勢いづき、蒼の騎士団を十分に押さえ込めている。

吸血鬼がいるこの場所までは、決してたどり着くことはできない。


自分たちの勝利に変わりはなかった。


「 . . . !」


何か声が聞こえた気がしたが、誰が放ったものかは分からない。

気のせいかとも思えるほどで、ユリウスが頓着するほどのものではなかった。


「 . . . . . て !」


いや、やはり聞こえた。

今度ははっきりと、誰かが叫んでいることが分かった。


黒の騎士団の様子を見ていたユリウスは、声に誘われて振り返る。

そして、その時に初めて、男はこの戦いで驚きを示した。


「水晶球を撃て!」


アレクが、押さえ込まれていたはずの反乱軍が、直ぐそばまで迫っていた。

多くの死人をだしながら、それでも黒騎士たちを押し戻し、もはやボロボロになりながら迫って来ていた。その尋常ではない気迫に、思わずユリウスは何も言えなかった。


ハッと、ユリウスは横に視線を向けた。

そこには、目を瞑って水晶球を起動させ続けている予言の聖女の姿があった。

半球の中にはあの化け物が、まだ生きている。


その時ユリウスは視線を感じ、急いでアレクへ視線を戻すと、そこには大きな弓を引き絞った姿があった。


まさか、水晶球を?


ユリウスの心臓が音を立てた。

それだけはさせてはいけない。そうなってしまえば、吸血鬼が再び解放されてしまう。あの化け物が息を吹き返してしまう。


「水晶球を壊させるな!」


ユリウスの叫びと同時に矢が放たれる。

だが、それはユリウスの恐れを全く無視したものだった。


「よくも、シンを!僕の友人を!」


アレクは怒りを叫ぶまま、ユリウスめがけて矢を射った。

矢は風を切りながら、ユリウスの横を掠めてどこかへ飛んで行ってしまった。


ユリウスは呆然としていたが、次いでその目が冷たくなった。


この若者は何をした?


この戦いで、多くの犠牲を払って目指し、多くの味方を死なせながら、唯一得られた好機を自身の恨みのために無駄にしたのだ。

逆転の一手となる水晶球ではなく、自分の身内を殺したユリウスを、こんな土壇場で狙ったのだ。


見れば、水晶球を守るようにして騎士たちがすでに射線を塞ぐように立っていた。

もしユリウスを狙わずに水晶球を狙っていたとしても、防がれていた可能性が高い。


だがそれでも、これほどのチャンスを恨みを優先させて無駄にしたことは、ユリウスにとって侮蔑するべきことだった。

そんな下らない相手に熱くなってしまった自分が、ひどくつまらなく思えてくる。


「終わらせよう。つまらない争いだった」


白騎士たちがユリウスの傍に集まった。

もはや、二度と水晶球を破壊する好機を与えるつもりはない。


矢を放って何も行動を起こせなくなったアレクは、ただユリウスを、そしてその背後の何かを睨みつけているようだった。

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