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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
いなくなった吸血鬼
131/136

囚われた吸血鬼

夜の虫が奏でる涼しげな音色を聞きながら、白の騎士団長ユリウスは目の前に広がる光景を眺めた。

そこには、黒と白のサーコートを身に付けた男たちが、兜を外し、地面に腰を下ろして休んでいた。傍らにいる彼らの馬も、頭をもたげ飼い葉をもさもさと食べている。

視界を妨げるものがない平野で、ここまで油断した姿を見せているのも、すでに彼らの役目の半分が無事に終わったことを考えれば仕方がなかった。


ユリウスは彼らから視線を外すと、ある方向へと足を向ける。

遠くに見えてくるのは、半球の薄いもやと、その傍らにいる美しい女の姿だった。

淡い微光に照らされて、元来が持つその純粋さをより神秘的なものに見せながら、足音に気づいたその女性は近づくユリウスを振り返った。


「様子はどうだ?」


ユリウスが先に問いかけると、女は静かに半球の中に視線を向けると答えた。


「変わりはありません。すべてが消えて無くなるまで、あと数日は必要でしょう」


その言葉に頷くと、ユリウスもその半球の中にいるものに視線を向けた。

淡い微光に包まれるようにして存在するのは、人間の少女のような姿だった。

だが、ユリウスはよく知っている。その見た目に騙されてはいけない。

それは、吸血鬼と呼ばれる恐るべき化け物なのだから。


ユリウスはこの化け物が、決して人の世界にいていいものではないと考えている。

その考えは、先の戦いで見たこの化け物の恐ろしさを見て確信へと変わった。


***


がさ、と音を立てて背の高い草の根をかき分ける。頭を低くして、決して相手に気づかれまいとゆっくり覗き込んだ先、そこには枯れた平原の上に黒と白の二色が入り乱れるように広がっていた。

何かがおかしい。違和感を覚えるまま、背後にいるはずの同伴者へと声をかける。


「討伐隊は反乱軍鎮圧のためにエブロストスへ向かっているはずだ。それなのに . . . 」


どうしてこんな場所で立ち往生しているんだ。

ラファイエットの視線の先、そこには目的の討伐隊の姿があった。

討伐隊はエブロストスへ向かっているはずだった。事実、今彼らがいる場所もエブロストスへと続く街道近くに位置している。だが、やはりおかしいとラファイエットは口にした。


それは、討伐隊の行動から感じた違和感だった。

エブロストスへ向かっているなら、まだまだ先はある。こんなところに留まってないで進むべきだ。

逆に休憩をとっているなら、武具を置いて地べたに座り込んでいるやつがいてもいいはずだ。

しかし、眼前の彼らは、武装を完全にした状態で、あたりを警戒するように見ているのだ。まるで何かをこの場で待ち構えているかのように。


「少し様子を見よう。時間はまだあるのだし . . . 」


そう言って振り返ったラファイエットだが、思わずそこで言葉を止めてしまった。

そこにいた彼の同伴者は、思わず心臓を止めてしまいそうなほど、鋭い目つきを前方へと向けていたからだ。言葉を途中で言いかけた違和感に気づいたのだろう。少女はその鋭い視線のまま、ラファイエットへと目を向けると言った。


「その必要はないよ。時間をかけてもやることは変わらない。私はただ . . . 」


あそこにいる人たちを殺すだけだもの。

ラファイエットの背にぞくりと冷たいものがはしった。

思わず表情をこわばらせると、アイティラはその赤い瞳でじっと見つめ、何も言わないままその先へと草木をかき分けて進んで行こうとした。

あっと意識を取り戻したラファイエットが手を伸ばすと、少女はこちらを振り返り言った。


「ここまで連れて来てくれてありがとう。 でもここから先は、あなたは必要ないの。 嫌なものを見る前に帰った方がいいよ」


あ、あぁと要領を得ない返答を聞きながら、アイティラは迷わずに前へと進んで行く。

一歩、一歩と近づくごとに、心に鋭い痛みが走り、その視線が自然と鋭いものへと変化していく。

それは、取り返しのつかないところまで来てしまった、後悔の痛みだった。


もっと早くに決断すべきだった。

もっと早くに、これから殺すことになるやつらを殺しておけば、エブロストスの彼らは死ぬことがなかった。ちょっぴり頼りないけれど、やさしい赤剣隊の女隊長だって今も笑っていられたはずだ。

そして、もっと早くに人と関わらない道を決断していれば、多くの人は死ななかった。これ以上、誰かを殺す必要もなかったはずだ。


彼方に見えていた昼の支配者が、地平線の下に沈んだ。

それと同時にいくつもの視線が、姿を現したアイティラへと向けられる。


今から私は人を殺す。

あの時と同じように、人を殺すだろう。

それが、化け物として果たすべき最後の役目だった。


アイティラは、静かに視線を巡らせた。

それはある人物を探していたからだった。

魔術師ギルドで一度会った、あの白の騎士団長という男だ。

あれが手にしていた武器、それは見覚えのあるもので、唯一アイティラが警戒すべきものだった。

見つけたら、まず一番に全力で殺そうと決めていた。


どこにいる?


目当ての人物を探すために赤の瞳を巡らしていると、不意にある一点に目が吸い込まれてしまった。

まさかこの場で見ることはないと思っていただけに、思わず頭の中が真っ白になってしまった。

陣営の中から、赤い剣が象られた旗が見え隠れしていた。赤剣隊の隊旗だった。


一体誰が?

ありえないことだと思いながらも、アイティラの心は乱れてしまう。

赤剣隊の隊長レイラが、旗を掲げて戦った話は聞いていた。そして、カナンの戦いの後戻ってきていないことも。まさか、まさか。

アイティラはすがる思いで、その旗を掲げる人物へと目を向けた。


そこにあったのは、黒のサーコートを身に付けた男のニヤニヤ笑いだった。


「こっちを見ろ!化け物!」


その男が大声をだした。

呆然とするアイティラに向けて、男は続けて行った。


「あんたの仲間は、この俺が先にあの世へ送ってやったぜ。どうだ、怒るか?それとも、人間は仲間じゃなくて道具だから怒ることもねえかよ!」


男は手に持った赤剣隊の旗を地面へと落とした。その旗は良く見ると、人間の赤黒い染みが泥と一緒にしみ込んでいた。それが、再び土を被る。

馬が嘶いた。男の馬だ。大きく前足を振り上げると、倒れた旗を踏みつぶした。

アイティラの心の中の何かが、大きく踏みつぶされたような気がした。


急速に心が冷えていく。

頭の中の抑えが外れ、殺すことへのわずかな罪の意識すら消えていった。

後に残ったのは、堪えようのない怒りだった。


「あなただけは、あなただけは許さない」


目の前が赤く染まった。

その瞳が縦に割れたように細まり、そこから血の赤が滲む。

心の内を表すかのように、巨大な蝙蝠の翼が天へと向かって広がった。


「お前を一番に殺してやる」


その瞬間、光がはしった。

それほど、アイティラは素早かった。

いつの間にかその手には血のような剣が握られており、飛ぶようにして黒騎士目掛けて突き進む。


黒騎士はそれを見て、頬を引きつらせると背を向けて逃げ出した。

向かう先には他の騎士たちが居て、その間を縫うように見事な動きで駆け出した。


逃がさない、そう呟いてアイティラは赤い槍を生み出した。

飛来する赤の矢は、命中することなく地面に轟音と土埃を残して動きを止める。

黒騎士は後ろを振り返り、さらに馬の速度を上げた。もはや、他の騎士にぶつかりそうでも気にしないほどである。

アイティラの目がスッと細まると、先ほどと比べものにならないほどの赤の槍が空中に生み出された。

騎士たちが慌てているのがわかる。どうせ全員殺すつもりなのだから、まとめてやってしまおう。


突如視界が真っ赤に染まり、音がかき消された。

肌を包み込むように、炎が全身を駆け巡る。

視界が晴れて再び薄闇があたりに広がると、アイティラはぎろりとそれが飛んで来た方向を見た。

そこには睨まれて怯んだ様子の、魔術師ギルドの長の姿があった。

こいつもいたんだ。そう思った瞬間だった。


背後に嫌なものを感じ、振り向きながら咄嗟に身を引いた。

だが、遅かった。


振り向きざまに視界に映ったのは、視界を埋め尽くすほどのまばゆい光だった。

それがアイティラに向かって迫ってくる。防ぐ余裕などなかった。

焼けるような痛みが全身を駆け巡る。痛みには鈍いはずの身体が、この時ばかりは慣れない激痛をもたらしていた。


呻くようにして地面へ落ちると、再び迫ってくる光を必死で避けた。

その時視界にはっきりと映った。それは光自体ではなく、真っ白な光を纏った長剣だった。

それは、アイティラがよく知っている剣。唯一警戒しなくてはいけないものだった。


アイティラは自分の身体を見下ろした。そこには、斜めに走った白い光が宿っていた。


ああ、ああ。アイティラは鋭い瞳で、それを持った白騎士ユリウスの姿を睨んだ。

そして、無我夢中で襲い掛かった。

生み出した赤い剣を振り回し、もはやなりふり構わなかった。

一合ごとにユリウスは後ろに押され、その額に汗が浮かぶ。力の差は歴然だったが、アイティラは押し切れない。それどころか、一度防がれるごとにその焦りは顕著になっていく。


そこで再び、アイティラの視界が失われた。

眩い光が視界を満たし、何も分からなくなってしまった。

あの魔術師のしわざだということだけが分かった。


視界が晴れたら、誰でもいい、誰かの血を奪わないと。

それだけが頭の中を占め、次に視界に映った人物を襲うことに決めていた。

ようやく視界が戻ってきたアイティラが、目の前の獲物の形を捉えた時だった。


「あえ?」


アイティラは虚を突かれた。

これまでの怒りを忘れ、一瞬自分のすべきことを見失った。

それほどまでに意外だった。アイティラの目の前にいた、豊かな金髪の女性は、吸血鬼を前にして少しも怯えを見せなかった。それどころか、敵意のようなものさえ感じなかった。

この人は誰だろう。そんなことが自然と浮かんでしまうほど、戦いとは無縁の雰囲気を宿していた。

だが、その女性の手の中にあるものには見覚えがあった。魔術師ギルドで見た、神具の水晶球だった。

たしかそれは、自分の身を守る道具だったはずだ。

事実アイティラの目の前で、その水晶球は起動され、二人の間に薄い膜が創られて行く。

呆然とそれを眺めていたところで、その膜がおかしな方向へ伸びていくのに気づいた。

それは、アイティラを囲いこむように伸びていたのだ。


何をしようとしているかは、容易に分かった。

ならばと、反転して抜け出そうとしたところで、後ろにはあの剣を持ったユリウスがいた。


「どいて!」


アイティラは鋭く叫びながら斬りかかるも、防がれてわずかしか押し戻せない。

それでも、二、三度繰り返せば、抜け出す隙間を作ることは出来そうだった。

アイティラが力任せに、思いっきり剣を振ろうとした時だった。


それは、本当に偶々だった。


視線の端、ここよりも遠く離れた地点で、何やら争いが起きているようだった。

いや、争いではない。それは、一人が一方的に追いかけられている様子だった。

ここまでアイティラを連れて来てくれた男が、今にも騎士の一人に追いつかれ、背中に剣を振るわれようとしているのだ。


どうしてまだここにいるの。どうして逃げていないの。そんな思いが形を成さないまま頭に浮かんで来ようとしたが、それよりも先にアイティラは動いていた。

振るおうとしていた剣の標的を、遠くの騎士に変えて思いっきり振るった。

剣は矢のように真っすぐと飛んでいき、ラファイエットを追いかけていた騎士を見事に撃ち抜いた。

ラファイエットが驚いて後ろを振り向いて、そのまま駆けて行くのを見届けたアイティラは、自分らしくないことをしたかもとその時になって思った。


無防備になった身体に、光の刃が突き刺さる。

勢いのまま押し戻されるように、囲いの中に転げると、神具が生み出した壊すことのできない障壁は完全に口を閉じてしまった。


歪んだ障壁を通しながら、遠くに居たはずのラファイエットの姿を探したが、そこには誰もいなかった。無事に逃げられたようだ。

あの男は、アイティラにとってそれほどの価値をもたなかったはずだ。確かに恩はあるものの、自分の身を犠牲にしてまで助けるほどではなかったと思う。

この討伐隊を生かしたままの危険を考えれば、明らかに助けるのは間違いだったはずだ。

薄れていく意識の中、そんな考えがいくつも浮かんでくるものの、なぜか不思議とアイティラは救われたような気になった。


***


ユリウスは、半円の中に閉じ込められた吸血鬼を見た。

この化け物は、眠ったように目を閉じて身じろぎ一つしなかった。

もうすでに死んでしまったようにも見えるが、そうでないことは水晶球を起動させ続けている予言の聖女の言葉で明らかだった。


「きっと、少しでも延命しようと意識を断っているのでしょう。今の吸血鬼は止まっているだけでも、自らの命を削っているのですから」


吸血鬼の身体が魔力の塊だという説明は、すでに聞いていた。

そのため、首や心臓がなんら弱点にならないことも、魔力を吸血行為で得れば傷を埋めることもできると聞いた。

ならばそんな不死とも思える化け物を殺す手段はあるのだろうか。

その答えが、ユリウスの手の中にあった。


その手に収まる剣は、古代遺跡で見つかった古代魔道具だった。

それも、この吸血鬼の封印を解く方法が記された魔法陣付きの古書と一緒に持ち帰られたものだという。この剣で切られた相手は、魔力が空中に流れ出してしまう状態になる。明らかに、使い道が限定された武器だった。

吸血鬼の封印を解く道具と、その吸血鬼を殺すためだけにつくられたような武器。

その二つが一緒の場所にあったというのもおかしな話だが、その事情を追求するつもりはユリウスにはない。ユリウスにとって大事なのは、この化け物が人の世界からいなくなることなのだから。


化け物につけた深い傷からは、赤い血ではなく、白い粒子のような光が流れ出していた。

これが、この化け物の身体を構成している魔力ということだろう。

これがすべて流れ出したとき、この化け物は初めて”死”を迎えることになる。

たとえ、反乱軍が最期のあがきとして向かってきたとしても、黒と白の騎士団が敗れるとは思えなかった。


「終わりだ吸血鬼。人の世界に現れたことがお前の失敗だった」

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