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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
いなくなった吸血鬼
129/136

追悼式

エブロストスにコーラル伯爵の死が伝えられたのは、その死から一週間たってのことだった。

それは、コーラル伯爵が亡くなり、新たなエブロストスの指導者となったアレクの指示によるものだった。この都市の中心的人物を失ったと知った住民たちが、やけを起こして過激な行動にはしることを恐れてのことだ。しかし、一週間も姿を見せないとなれば、都市の人間もおのずと察するものだ。結局アレクの判断は、人々に不信の念を抱かせるだけに終わった。

そして、伯爵の死を知らされた住民は、そのことを深く悲しみ、偉大な指導者と都市のために戦って死んだ者たちの追悼式が開かれることになった。


追悼式が行われたのは、エブロストス唯一の教会だった。いつかの騒動で中央の建物が焼け崩れてはいたが、それ以外は無事だった。

教会の広い敷地内には、身内を失った人々が大勢詰めかけていた。特に多くの死者を出したカナンの戦いでは、その半数以上が未だ戻らず死んだものとされている。彼らの遺体をすべて回収することは不可能なため、空の棺がいくつも用意され、教会の敷地に埋められていった。

最後の棺に土がかぶせられ見えなくなった瞬間、泣き崩れる声に触発されて、誰もが悲痛な顔をした。


その場に、アイティラもいた。

人目をはばかるように目深にローブを被り、敷地の外まであふれる人々の後ろに立って、静かに状況を見守っていた。人々の視線が前方に集中しているなか、こっそり後ろに並んだおかげで、誰もアイティラに気づいたものはいなかった。


追悼式は進行していき、埋められた棺のもとに赤剣隊の隊旗が立てかけられると、大きな木箱を組み合わせた簡素な壇上に一人の若い男が立った。

それは、この追悼式の主催者であり、かつてはこの都市で民衆派と呼ばれる集団を纏めていた人物でもあった。その人物ラファイエットは、静かな調子で語りだした。


「かつてぼくは、このエブロストスで民衆派と呼ばれる集団の代表者をしていた。今は解散したこの集会で、ぼくらが反戦を呼び掛けていたことを強く印象に抱いている人も多いかもしれない。戦うことに反対していたぼくが、戦死者たちへの追悼演説をすることに納得いかない人がいるだろうことは重々承知している」


俯きがちだったラファイエットだったが、「それでも」と声を大きくして顔を上げた。


「それでも、都市を思って戦った彼らをぼくは尊敬している。たとえ結果がどうだったとしても、彼らはこの都市を、家族を、君たちを守りたいがために命を落としてまで戦った。ここまで導いてくれた伯爵様も、戦場に散った赤剣隊の彼らも、共に称えられるべきである。父親、夫、息子を亡くしたあなた達は、今悲しみに暮れているだろう。その痛みは簡単には癒えることはない。ただ今は、悲しみと共に、あなたがたが知っている人は勇敢に戦ったことだけを知っていてほしい」


その言葉に、いくつもの涙が流された。

幾つも聞こえる嗚咽の声は、重なり合って無視できないほど大きくこの場を支配していた。

アイティラは、彼らを通り抜けた先にある一点をじっと見つめた。

それは、棺の上に立てられた赤剣隊の隊旗だった。カナンの戦いで使われた旗と同じものではないだろうが、それが死者の列に加えられているように棺と共にあることで、どうしようもなく心を乱されてしまっていた。

これ以上あの旗を見ていると、自分の中の何かが壊れてしまいそうに思われ、アイティラがこの場を離れようとした時だった。アイティラの後頭部に強い衝撃が走った。


驚いて振り向いてみると、地面に音を立てて転がる大きな石があった。

視線を上げると、アイティラを真っすぐ睨みつける一つの視線と目が合った。

そこにいたのは、アイティラの知らない少女だった。アイティラと同じくらいの年齢だろうか、その目には涙の跡が残っていた。


「お父さんを返して!」


鋭く放たれたその言葉に、周囲の視線が集まった。

周囲はその声に何事かと視線を向けると、その険悪な雰囲気の当事者の片方に気づいた瞬間、息を呑んで動きを止めた。それが、あの夜の出来事を作り出したものであると気づいたから。


アイティラは呆然と固まり、ゆっくりと地面に落ちた石に視線を向けていた。

その時、石を投げた少女の近くに居た男が、少女の腕を掴んで怒鳴った。


「何やってる!?」


「そいつが、そいつがお父さんたちを殺したんだ!」


少女は片腕を掴まれながらも、もう片方の手で少女を指さして叫んだ。


「そいつがお父さんたちをそそのかして死なせた! 戦うように仕向けた!」


幾つもの視線を向けられたアイティラは、たじろぐようにして一歩下がった。

すると、それに倣うようにアイティラの後ろにいた人々も大きく下がった。アイティラに近づくことを恐れているかのように。


捕まれた腕を振りほどこうとする少女だったが、それが振りほどけないと知ると、今度は周りにいる人たちに視線を向けた。


「みんなだってそうでしょ! お父さんたちが死んだのはこいつのせいだって言ってたじゃない! どうしてみんな何も言わないの!?」


「ば、バカを言うな! そんなデタラメなことを言うんじゃない! それに、俺たちが助かったのも、この人が救ってくれたからじゃないか!」


慌てたように一人が声を荒げるも、それすら少女には意味を成さなかった。

この人が救ってくれた?だったらどうして . . . 。


「だったら、どうしてあの時、私のお父さんを助けてくれなかったの!? どうして、あんなに強いのなら、もっと早くに戦ってくれなかったの! どうして、見殺しにしたの! . . . 答えてよ! 」


少女の言葉が真っすぐにアイティラに向けられたことで、周囲は言葉を挟めずに黙るしかなかった。

アイティラは少女から視線を逸らすことができずに、怯えたように肩を震わせた。

そして、あまりにも小さな声でこぼすように言った。


「私、わたしは . . . 、そんなこと . . . 」


答えを探すように視線を横に向けると、いくつもの視線に迎えられた。そこには一様に、アイティラに対する怯えがあった。信じられずに警戒する目、恐れる目、化け物を見る目だった。

アイティラは息を上手くできずに、その場から離れようとした。

しかし、足が思うように動かず、よろけるようにして少女から逃げるように背を向けた。

背後から、「人殺し!」と少女の悲痛な声が聞こえた。


「私のせいじゃ . . . わたしじゃない」


アイティラはフードを強く握りしめ、顔を隠すようにして歩き出した。

一刻も早くあの場を逃げ出したかった。


「わたしのせいじゃない、わたしは . . . 」


人目を避けるようにして、誰もいない場所に流れていく。頭は酷く混乱していた。

自分がどこに向かっているのかもわからず、やがて前方を城壁に阻まれるところまで来てしまった。

アイティラは何も考えられないまま周囲を見渡すと、近くに上へあがる階段を見つけた。

城壁の上ならきっと、誰もいないはず。人がいないはず。

そんな思いに駆られるようにして足早に階段を上った。


何かに急き立てられるように、逃れるようにしてやっとその上に上った時、視界が開けた。

涼しい風が、アイティラの傍を通り抜ける。


城壁の下に広がるのは、何処までも続くように思われる美しい景色。

緑に包まれ、日の光に照らされ、黄金色に輝く美しい大地だったはずだ。

そう、思っていた。


だが、そこにあったのは、穢された土地だった。

壊れたまま放置された天幕、えぐられた地面。そして、すっかり乾ききってしまった血の河に埋もれた死体の数々。

これらすべてが、あの夜にアイティラが殺した人々だった。

人の死体は延々と、森に隠される場所まで道のように続いていた。

それは誰もが恐怖から逃げようと、真っすぐに逃げた結果だった。


アイティラはその光景に圧倒されるように後ろに下がり、胸壁に背中をぶつけた。

そして、恐れるようにして自身の首に触れた。

思い出したくもない過去の記憶、この時代に現れる前の、アイティラが生まれた世界。

あの時も、今と似たような光景をいくつも見て来た。そしてそれを成したのは、アイティラだった。

だがあの時は、首輪があった。神具に縛られて、自分の意思とは関係なく行っていた。だから、自分がしたことではあっても、心のどこかで自分のせいではないと信じていた。


アイティラは後ろを振り向いた。

教会では引き続き、追悼式が行われているのだろう。

そして、前方に目を向ける。

あの夜アイティラが殺した人々を。


どちらもアイティラに関わって死んだ人々だった。


「わたしの、せい」


一方はアイティラが巻き込んで死なせ、もう一方はアイティラが直接手を下した。

思えば、今回だけではない。この世界に来てからずっとだ。

これまでも、アイティラの周りでは多くの人が死んで来た。

大切に思った人も、憎んできた人も、すべて等しく。


決まって、アイティラは死ぬことが無く、人である彼らが死ぬ。

いや、私が殺したんだ。


「ああ、そっか。 私、もう人じゃないんだった」


今までさんざん自らのことを化け物だと言ってきたのに、それでも人と関わることを選び続けていた。

さきほどの少女の言葉が思い出される。


『どうして、あんなに強いのなら、もっと早くに戦ってくれなかったの!?』


あの時は言葉が浮かばなかったが、その答えがここにある気がした。

力を出して、自分がおかしなものであることがばれて、受け入れられなくなることが嫌だっただけだ。

だから、力の一部を示すことはあっても、人でない姿は見せないようにしてきたし、あの力を味方の前で使うことをしなかった。

まだ自分も人の仲間だと思いたかったからだ。


その結果、守りたかった人はことごとく死に、隠したかった正体はばれてこの都市の人に恐れられている。中途半端に人であろうとした結果が、これだった。


「 . . . もう、ここにいることはできない。これ以上、私のせいで不幸な目に合わせるわけにはいかない」


悲しみに暮れる都市と、そこにそびえる廃墟のように生気を失った城を振り返り、そこにいる人々を思い浮かべる。


「それでも、さいごに、この場所だけは . . . 」


化け物だと気づかないまま死んでしまった人たちのために取れる最後の責任がそれだった。

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