表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
日没
124/136

空に浮かぶ影

ラファイエットは空を見上げた。

エブロストスの上空は暗い影に覆われており、これから起こるであろう不吉な未来を暗示しているようであった。


いや、暗示ではなく事実だろう。


エブロストスに残った人々にとって、外からもたらされる情報は全てであった。

伯爵が一つの勝利を収めるごとに歓声を上げ、祝いのために、そして赤剣隊として戦いに出た父や夫のために、多くの者が祈りをささげた。

特にこの都市を熱狂させたのは、ミヘーヌの町の大勝だった。攻囲され今にも陥落しそうになっていたこの町を、伯爵が敵の手から救ったと聞いたときには、このまま勝ち進み敵の手をすべて打ち砕いてくれるものだろうと信じていた。


だからこそ、その日の出来事が与えた衝撃は大きかった。


まだミヘーヌの町の勝利に酔いしれていたこの都市は、すぐに氷の刃に心を貫かれることになった。

あの、勝利の立役者が、自分たちの象徴が、この都市に逃げ込んできたのだ。

ラファイエットが人々に交じって見たのは、血に染まり、片腕が無くなっている伯爵の姿だった。

馬の背にうつ伏せで乗せられ、意識が無いのか歩みに合わせて垂れ下がった片腕が揺れていた。

そのまま、同じくボロボロの数騎につれられ、城にまで運ばれて行った。


あれからほぼ丸一日が立っていたが、伯爵は一度も姿を見せていない。

エブロストス内は、このまま死んでしまうのではないか、もしくはすでに死んでしまったのではないかと不安に駆られていた。

そして、もうじき訪れるであろう惨劇を思って、普段は信心深くない者たちでさえ、夜通しで神に祈り続けている。


もうじき訪れる惨劇とは何か?

決まっている。


ラファイエットはエブロストスが誇る巨大な防壁の上から、目の前に広がっている大軍を見下ろした。

そこにはいくつもの旗が浮かびあがり、人々が蠢いている。まるで地面の土色を覆い隠そうとしているかのように。


「あまりにも壮観、と言うのは不謹慎だろうか」


親征軍は伯爵を追いかけ、ついにエブロストスまで攻め上って来ていた。

いままでに見たことのないような大軍が、自分たちのまわりを取り囲み、今か今かと飛び掛かるのを待っていた。


「あそこに王がいるのだろう。これほど近くに、目の届く場所に、敵の心臓があるというのに。僕らはただ終わりを待つことしかできない」


前方に見える一際大きな天幕、そこで自分たちを苦しめ続ける王は、いったいどんな恐ろしいことをしているのか想像がつかなかった。

この防壁を打ち砕く準備をすすめているのだろうか、それとも甘い降伏の密をちらつかせて内部から壊そうとでも企んでいるのだろうか。

どちらにしても、この都市が陥落するのは時間の問題だった。


「 . . . 最後まであがくべきだな」


ラファイエットは覚悟を決めると、この防壁の守りを任されている赤剣隊の副隊長と名乗る男のもとに向かった。


***


ラファイエットが王の天幕だと考えた場所は、実際に王の天幕であった。

先の戦いで勝利を手にした黒の騎士団長ディアークは、王の様子を確認するため天幕を訪れていた。

天幕の外につながれた王の白馬を厩番が世話しているのを横目に見ながら中に入ると、王の難しそうな唸り声が聞こえて来た。


「ううむ、ここからの一手はどうすべきか . . . 」


いかにも頭を巡らせているような声を出していた王だったが、途端に閃いたとばかりに表情を和らげると、盤面の駒を一つ取り自信満々に置いた。


「次はそなたの番だ」


王の対面に座るのは、ダリエルの町から共に行動していた貴族の内の一人だった。

その貴族は盤面と王の顔を交互に覗き込み、迷いのない手つきで駒を置いた。


「チェックメイトです」


王は飛び上がらんばかりに驚いた表情を作り、盤面をじっくりと眺めた後、自身の過ちに気づいたのか悔し気に呻いた。


「失念しておった。そうか、そうなるのだな、見事だ。これで余とそなたは二対二で引き分けだ。そなたはなかなかに知恵を持つ。この国の大将軍にでもしてやりたいくらいだ」


「いえいえ、それを言うならば陛下こそです。私は負けないようにするので必死で、勝てたのもまぐれが大きいところです。もう一局あれば勝つのは陛下になりましょう」


「そうか、ならばもう一局だ。先に言っておくが手は抜くなよ」


楽し気に声を弾ませる王であったが、そこでディアークの存在に気づいたらしい。

次の一局の準備を進めながら、ディアークに問いかけた。


「なんだ、もしやもう降伏したのか? これから大事な一局が始まろうというのに」


「いえ、降伏はしておりません。むしろよほど死にたいようで、城壁の上から矢を射かけております」


王は不機嫌に鼻を鳴らすと、遊戯の駒を持ちながら言った。


「すぐに降伏するのも気に食わんが、頑固に抵抗するのはもっと気に食わん! 奴らは王である余ではなく、あんな壁の中に引きこもっている卑怯者につこうというのだからな!たとえ降伏する気になったとしても、この愚かさのつけは必ず返してやろう!」


勢いよく王が机を叩くと、盤面に並べ始められた遊戯の駒が盛大に倒れ、その一つが地面に転がった。

それらを綺麗に並べていた相手の貴族は、一瞬怒りを浮かべるも王に視線を向けられるころにはいつもの表情に戻っていた。


「ああ、すまぬ。それで、何の話だったか . . . 。そうだ、余に逆らった愚か者をどうすべきか一晩考えたのだ」


「どうなさるのですか?」


ディアークは無感情に問い返した。


「あの男は余が居ながら、自らのことを不遜にも王国の継承者と名乗った。そこで、余みずからが剣を取り、衆目の前で首を切り落としてやることで、真の王が誰であるかを考えを持たない民衆にも伝えるのだ」


再び駒を盤面に並び始めた貴族から、「良い考えですな」との反応を聞いた王は、さらに興に乗ってきたようだ。


「せっかくならば、この都市の新しい統治者を決めて、盛大な会を催そう! 誰にこの都市をやるのがふさわしいか . . . 」


王はいくつかの名前を上げながら、さっそく次の統治者のことを考え始めた。

まだエブロストスは抵抗を続けているのだが、王の中ではすでに陥落しているようなものらしい。

しかし、次々と名前が浮かんできたところで、外がにわかに騒がしくなっているのに気づいて声が止まった。


「なんだやかましい。少しは落ち着きというものを持てぬのか」


「何でございましょう。もしや動きがあったのでは」


「最後の対局を始める前に見に行くか。つまらんことならば一番に騒ぎ始めた奴をとっちめてやる」


王は椅子から立ち上がり、貴族を伴って外へ出て行った。

ディアークも後に続こうとしたが、ふと自分の足元に遊戯の駒が落ちているのに気づいて拾い上げた。

先ほど王が机を叩いたときに落ちたものだろう。

見てみるとそれは(キング)の役を持つ駒だった。

ディアークはそれを目の前に持ち上げてしばらく眺めると、興味を失くしたように地面に落として外へと出て行った。


外に出ると皆が天を仰いでいることに気づいた。

西の方角には、すっかり地まで落ちて来た夕日が真っ赤に世界を染め上げていた。

だが、ただの夕日で皆が騒いでいるわけではない。


ディアークが良く目を懲らしてみると、夕日のまばゆい光の中に黒い小さな点が浮かんでいることに気づいた。

いや、点ではない。それは何らかの形をしていて、間違いなく動いている。

空を何かが飛んできている。


「巨大な鳥だ!」


「いや、蝙蝠だ!」


誰かがそんなことを言っていたが、すでに話を聞いていたディアークにはそれが何者であるのかもわかった。


「陛下」


「ん、なんだ。 お前はあれをなんだと思う? 余は巨大な鷲だと思うのだが」


「それは分かりかねます。それより、火急の用があるため少し離れます。陛下は絶対にこの場から離れないようにしてください」


「火急の用? それは一体何のことだ?」


ディアークはそれには答えずに、ただここにいてくださいとだけ告げてその場を離れた。

そして、部下の一人に声をかけ何事かを伝えると、即座に黒の騎士団がその場に集まり始めた。


「俺らは先に撤退する。王城に戻り、用意が整ったことを告げに行こうか」


黒の騎士団は進み始める。王をその場に残しながら。


「決戦の場はすでに整えられている。背を向けるのは屈辱的だが、ようは最後に勝てりゃいいのさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ