たたかい
目の前で禍々しい剣を持った少女が、蹂躙劇を繰り広げている。
そんな現実離れした様子を見ていた執事服の男ロラントは、この少女が何者なのか思案する。
少女が着ているローブから察するに、どちらかと言えば魔術師にも見えるが、それにしては剣の腕が立ちすぎている。
それに、何もないところからあの深紅の剣を取り出したことから、おそらくあの武器は魔術によって作られたものだろう。
ならば、おそらくは剣を主軸に戦い、魔法を補助として使う戦い方なのではないかと推察する。
剣と魔法の腕を両方高める人物も存在するが、そういった者は得てしてどちらの腕も未熟のまま終わることが多い。
この少女の剣の腕はかなり高いので、魔法は高火力な物は使えないだろう。
しかし問題はこの少女がどこから来たのか。少なくともこんな少女の強者がいるとは聞いたことがない。
疑問は多々あるものの、もしこの少女を手に入れることができればかなり大きい。
ロラントは、自身の隣にいる大男に声をかける。
「ギル。あの子供、かなり強いみたいですが勝てますか?」
声をかけられた大男、ギルは少女をにらみつけながら低い声で答える。
「今のままだと厳しいかもしれんな。これはあれを使うしかないか。」
ロラントはその言葉にわずかに驚く。
この大男であるギルは、見た目通りにかなりの強さを誇る。
そのギルが、彼の言うあれを使うしかないとはかなりの事態だ。
少しの不安を感じながらロラントは続ける。
「私も多少なら援護できますが、あれを使えばあなたはあの子供に勝てますか?」
その言葉に今度こそギルは、自信をもって答える。
「もちろんだ。あの力を使えばあの小娘ごとき簡単に倒すことができる。」
その自信あふれる返答をロラントが聞いたところで、目の前の惨劇を作り出した本人は、その深紅の目をこちらに向けた。
「あなた達はどうしたい?このまま逃げてくれる?」
その言葉にロラントは、優しげで余裕を持った態度を崩さずに答える。
「それはできません。
あなたほどの力の持ち主であれば、きっと強大な力を持った悪魔と同調できます。そうすればあのお方も、きっとお喜びになるでしょう。」
アイティラは、「悪魔?」と小さく呟いている。
その様子を見たロラントは、わずかにその目に狂気を宿して言葉を続ける。
「ええそうです。これからあなたには悪魔の依り代となっていただきます。
あなたはなかなかお強いようですから、もしかしたらあのお方の器になれるかもしれません。」
ロラントの言葉はわずかな歓喜に弾んでいる。
「へえ、わたしを悪魔の依り代にね。わたしがそれを受け入れるとでも思ってるの?」
アイティラはわずかに目を細め、その顔に微笑を浮かべている。
その様子をみたロラントは、なぜ理解できないのかと嘆くようにして肩をすくめる。
「あのお方の器になれるかもしれないというのに、なぜその栄誉を理解できないのか。
無知というものは嘆かわしいものですね。」
ロラントは優しそうな執事の仮面をはずし、一転して軽薄さを感じさせる表情に変わる。
「ですので、少々手荒ですが、力ずくであなたを連れて行かせていただきます。」
その瞬間、大男のギルの周りに、黒い靄が集まりだす。
次第に靄は収縮していき、ギルの中に吸い込まれるようにして入っていく。
そうして靄がなくなると、ギルの姿に変化が起きた。
一番の変化は目だ。白目の部分は黒く染まり、瞳孔は暗い赤の光をともしている。
また、もともとのギルの武人然としていた雰囲気は、どこか傲慢さを感じさせる表情によって別人のように感じられる。
その雰囲気の変わったギルが、どこか見下すようにしてロラントを見る。
「大悪魔であるこの私を呼び出したのは何用だ?つまらぬ要件であればお前を殺すぞ。」
ロラントはギルの方を向き、やや冷たい声色で淡々と言葉を紡ぐ。
「お呼びしてしまい、申し訳ありません。
実はこちらにいる子供をできれば殺さずに無力化してほしいのです。
この子供はかなりの強さを持っているらしく、もしかすればあのお方の依り代になりえるかもしれません。」
その言葉をきいたギル、いやギルの身体を乗っ取った悪魔は面白そうにアイティラを見る。
「ほう、そこまで言わせるほどか。私にはひ弱な小娘にしか見えんがな。
まあ分かった。それで代償は。」
「あの中に、子供が3人おります。」
ロラントはアイティラの背後にある馬車の方を指さす。
「そうか3人か。...まあいいか。では小娘、剣を構えろ。
せいぜい無駄な抵抗をしてみるがいい。獲物はじっくりと甚振るに限るからな。」
そう言って、悪魔は邪悪な笑みを浮かべる。
***
アイティラは、ロラントと悪魔の会話を静かに聞いていた。
悪魔。伝承くらいは知っているが実物を見るのは初めてだ。
封印前の世界でも、一応はいたらしいが、残念ながら戦ったことはない。
相手の戦力が分からない場合は、むやみに手の内をさらしたくはない。
アイティラは、暗い深紅の剣を悪魔に向け、言葉を紡ぐ。
「わたし、悪魔って初めて見た。
その体を壊したら、悪魔も死んでくれるの?」
悪魔は邪悪な笑みを浮かべたまま質問に答えない。
「その言葉は弱者にはふさわしくない!
貴様はそんなことを考えずに、これから待ち受ける未来に絶望するがいい!」
その言葉を皮切りに、ギルの身体を乗っ取った悪魔はアイティラに向かって突貫する。
そして悪魔はその大男の体を使い、腰にさしてある大剣を振りぬく。
真っすぐに振り下ろされる悪魔の大剣に、アイティラは深紅の剣で受け止める。
悪魔の剣は、何の変哲もない剣だ。ただしその武骨な剣も、悪魔の身体能力によって途轍もない凶器にかわる。
「<<闇槍>>」
悪魔が何かを呟く。その瞬間、アイティラの背後から漆黒の槍が飛来する。
アイティラはそれを視認すると、悪魔の大剣を受け流し、素早い動きで横にかわす。
「<<闇槍>>」
さらに追撃が来たことで、同じように横に飛ぼうとすると、今度は悪魔の剣による強襲を受ける。
アイティラは、その攻撃を後ろに跳躍することで避け、着地と同時に姿勢を低くして悪魔に向けて飛び込んだ。
その勢いはとてつもない速度で、瞬き一つの間に懐に入られてしまうほどだ。
「<<悪意の影>>」
しかし突貫したアイティラの動きが止まる。
足が地面から伸びた影に縫い付けられている。
アイティラはすぐに逃れようとするも、悪魔は大剣を振りかざしてくるため、深紅の剣で防ぐ。
「先ほどから防戦一方だな?
身体能力は高いみたいだが、剣しか使えんのなら私の敵ではない!」
悪魔はアイティラを自身より格下だと認識した。
なればこそ、つまらない戦いはすぐに終わらせて、抵抗できないようにしてから甚振ろう。
悪魔がそんな考えを浮かべていると、突如胸のあたりに痛みが走った。
「なッ!」
悪魔は思わず声を漏らした。自身の胸から大きな赤い棘が突き出しているのだ。
なにが起こったか理解するために離れようとしたところ、今度はアイティラが悪魔に深紅の剣を振り下ろす。
「別に剣しか使えないとは言ってないよ。
むしろわたしは魔術の方が結構得意なんだ。」
この言葉に驚いたのは悪魔である。
あれだけの剣の腕がありながら魔術の方が得意となると少し厄介だ。
剣ならある程度の動きは分かるものの、魔術では知らない魔法を使われると対処しづらい。
「人間、援護しろ。」
今まで2人の戦いを見ているだけだったロラントはその言葉にうなづく。
「承知いたしました。私にお任せを。」
その言葉を聞き悪魔は、アイティラに接近する。
自身の胸を貫いた赤い棘の正体は分からないが、魔術師ならば魔術を使わせる余裕もないうちに倒してしまうに限る。
「<<悪意の陰>>」「<<闇槍>>」
動きを止めてからの、背後からの<<闇槍>>と正面からの大剣による挟撃。
さらにそこへ、かなりの速度で何かが投げこまれる。
それはロラントが投げた投擲ナイフだった。
アイティラがナイフを剣ではじいた瞬間、ナイフの魔術が起動し、アイティラを中心に爆発し炎が広がる。炎によって煙に満たされる中、最後の仕上げとばかりに悪魔は<<闇槍>>を数発叩き込む。
「ハハハッ、脆弱なり!!
これであの小娘は死んだだろう!!」
「死んでもらっては困るのですが。
できれば気絶でもしていてくれれば助かりますね。」
二人がそんなことを言い合っていると、煙が薄れ少女のいた場所が見えるようになる。
そこにはローブをボロボロにしてたたずんでいる少女の姿があった。
「ほう!あれだけの攻撃を受けておきながらまだ倒れないとは驚いたぞ小娘。」
悪魔は上機嫌で、そしてボロボロになっている少女を嘲る様な口調で言った。
「しかし、それは無駄な抵抗というものだ小娘。お前ごとき虫けらでは、この私を倒すことはできない。せめて無様に泣き叫び、慈悲を乞うほうがいいのではないか?」
少女を馬鹿にする悪魔の声。
しかし、その言葉を受けたはずの少女は、微動だにせずに俯いている。
「なんだ、どうした。何の反応も示さないようではつまらないではないか。
もしや、この私に恐れを抱いて...」
その時、悪魔は気づいた。
少女の背後で、何やら黒いものが揺らめいているのを。
「なんだあれは。翼?」
悪魔がその正体を見極めようと少女を凝視していると、不意に少女が顔を上げる。
その姿は人間ではなかった。その目は瞳孔の部分が縦に割れ、きれいな赤色が拡散している。
悪魔がいぶかしんでいた正体である漆黒の翼は、どこまでも大きく広がり、その姿は捕食者としての恐ろしさを感じさせる。
「ねえ、わたしね。普通の人と比べたら、一本ねじが外れているんだって思うことがあるの。
自分にとってどうでもいい人には、どこまでも酷い事が出来ちゃうんだ。でも、だからこそ、自分にとって価値のある人はどこまでも大切なんだ。」
少女はきれいな透き通った声で、歌うように告げる。
「その大切だと思えた人からもらったローブなのに、お前たちはこのローブをボロボロにした。」
次第にその声には怒りがにじみ、怨嗟に近い恐ろしさを感じさせる声に変わっていく。
「そんなお前たちはとっても不愉快。だからたくさん苦しめてから殺してあげる。」
少女の顔が歪む。その表情はこの世界を心底見下し、すべてをあざ笑うような笑みだった。
突如様子の変わった少女に、悪魔とロラントは驚愕していた。
ロラントは、整った執事姿が台無しになるように呆けた顔をしている。
悪魔の方は驚いたものの、再び傲慢さが現れ元の調子を取り戻している。
「その姿には驚かされるが、だからと言って私に勝てるとは思わないことだ。
すぐに貴様をあの世に送ってくれる!」
悪魔は再び大剣を掲げ少女めがけて振りかぶった。
だが、悪魔の大剣が少女の紅い剣にぶつかった瞬間、ものすごい力によって大剣の軌道をそらされる。
大剣が弾かれたことで無防備になった悪魔の身体に、少女は剣を持っていない方の手を思いっきり振るう。その瞬間、少女の爪が数センチほど伸び、爪とは思えないほどの鋭利さでもって悪魔の腹を裂く。
「ぐあぁ!」
悪魔は急いで後退し、大剣を盾にして少女をにらみつける。
少女の方は、どこまでも面白そうに笑いながら、その手についた悪魔の血をなめとっている。
「血を舐めるとは、悪趣味なやつめ!」
悪魔は悪態をつきながらも、心の中では動揺していた。
(どういうことだ?あの姿になってから、明らかに力も素早さも上がった。そもそもこいつは人間なのか?人間じゃないならこいつは一体なんなんだ!?)
悪魔は余裕もないまま、呆けているロラントに怒鳴る。
「人間!何を呆けている!さっさと援護しろ!」
その声によって、ロラントは現実に引き戻される。
だが、現実に引き戻されてなお、彼は何も行動しようとしない。
「チィ!<<悪魔の陣>>!!<<邪悪なる破壊>>!!」
あたりが邪悪な空気に満たされ、悪魔の剣が暗い光を放っている。
悪魔は暗く光る剣を構えながら、こんな状況になってしまったことに深い怒りと焦りを抱く。
(こんな化け物の前に私を連れてきて、忌々しい人間め。これが終わったら殺してやろう。できれば早く離脱したいが、この身体から離れるにはしばらくの時間が必要になる。こんなところで滅びるなどごめんだ!)
悪魔が意識を集中させ、目の前にいる化け物を見据える。
そして、強化された脚力をもってして、化け物に突撃していく。
「消え去れッ!!」
大剣に込められていた邪悪なる魔力が、勢いよく放たれる。
放たれた魔力によって、地面はえぐれ、化け物の後ろにあった木々まで跡形もなく消滅している。
その威力はまさしく強大。いくらしぶとく起き上がる者も、慈悲を残さず一瞬にして消し去れるほどのものだった。
暗い光が収まった後には静寂のみが残り、そこに少女の姿はない。
「消滅したか。なかなか手ごわい相手だったな。もう二度と...」
「あら、もう終わり?」
背後から声が聞こえた。
悪魔は背筋を凍らせ振り返ろうとするも、その前に全身に耐えがたい痛みが走る。
「なッ、あッ!貴様...」
悪魔の身体は、数本の剣ほどの長さのある赤い棘によって、地面に縫い留められていた。
悪魔の口からは、わずかな恐怖を纏った言葉が漏れている。
「こ..の、化け物が...」
「化け物?悪魔であるあなたがそれを言うの?」
少女は薄く笑って、ごくごく自然な動作で、自身の紅い剣を構える。
その様子を見て、悪魔は慌てたように声を荒げる。
「まッ、待てッ!やめろ!この状態で死んだらほんとに死んでしまう!まッ...」
「さようなら。」
少女は邪悪な笑みを浮かべながら、悪魔の命を刈り取った。




