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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
日没
118/136

魔術師たちの長

魔術塔でこれまで過ごしてきた部屋を振り返り、アイティラは不思議と懐かしい気持ちに包まれた。

滞在していた時間はそれほど長いものではなかったものの、こちらの世界ではどこか一か所に留まることはなく短い間で転々としていたため、この部屋もいつのまにか愛着をもつ居場所の一つになっていたようだ。

訪れた時同様、荷物と呼べるものは殆どなく、すぐに魔術塔を離れる準備は終わった。


「せっかく打ち解けて来たところだったのに、離れることになるとは惜しい気もするな」


アレクは水晶球の場所を突き止める目的の為とはいえ、魔術師たちと交流を深めていたからなおさらだった。現在にいたっては、純粋に魔術について興味を持ったらしく、与えた魔術書を開いては唸っている姿をアイティラも目にしていた。

しかし、戦いは終わったのだ。水晶球も必要としないし、これ以上ここにいる意味もない。

コーラル伯爵のいるエブロストスに戻るためにも、ここを今日出て行く予定だった。


石階段を下りれば、魔術師たちがいつも各々の作業をしているのが目に入る。

しかし、なぜだか今日は一人の姿も見当たらず、探すように視線を巡らせると奥の方で一か所に集まっている魔術師たちの姿があった。彼らはこちらに背を向けており、誰か一人が中心で何かを話しているらしかった。


アイティラたち三人がその場所に近づくと、気づいた何人かが振り返って固まり、見られてはいけない現場を見られてしまったかのように気まずそうに目をそらした。

異変に気付いたのだろうか、話し声が一度途切れたがしばらくして再開された。


「王宮が、つまり国王陛下が、古代の秘宝を求めている。この国に住む人間として、この要求にこたえるのが正しい姿だ」


古代の秘宝、そういわれてアイティラが思い浮かべたのは、この塔にあるらしい水晶球だ。

戦いは終わったとあの騎士は言っていたのに、どうしてまだ王宮が求めてるんだろう?

そんな疑問を浮かべていると、水晶球のある地下の大扉を開ける仕掛けを解くために、次々と魔術師の名前が呼ばれて行く。中にはあのラケルの名もあった。


「呼ばれたものは、私の後に続け。その他はこの場でーー」


「待ってほしい!」


アイティラの隣から大声が発せられた。

前に壁をつくっていた魔術師たちが振り返りながら横にずれ、これまで話し続けていた相手の姿が見えるようになった。そこにいたのは、深紫の古風なローブを纏った男だった。特徴的な鷲鼻をしており、意外に若い見た目をしている。

その男の視線がアレクに向けられ、隣から息を吸い込む音がアイティラに聞こえた。


「僕たちもついて行ってよろしいだろうか? その仕掛けについて興味があるんだ。邪魔はしない。離れて見ているだけでいいから、その場に居させてほしいんだ」


古風なローブの男は一人の魔術師に視線を向けると、「彼は誰だね?」と聞いた。

問われた魔術師のラケルはしばらく答えなかったものの、やがて小さな声で「新しく迎えた仲間です」と答えた。


「そうか、だったらついて来るといい。ギルド長である私が許可しよう」


石階段を三階層、四階層と上っていき、ついに最上層へとたどり着いた。

ここは以前アイティラが訪れた時は扉に鍵がかかっていて開かなかったが、アレクの聞き込みにより水晶球のある部屋の扉を開ける仕掛けがあることは分かっている。


この最上階の扉が開かれると、ひときわ異質な空間が視界に飛び込んできた。

外の光は入って来ないが、代わりに壁に付いた白色光が強い光を放っている。床や壁には儚い水色が、白の地面に魔術的な模様を描いており、その中心に金の台座が置かれていた。金の台座は大人一人分の高さがあり、その上に星形をした石が乗せられている。


「これが扉を封じていた仕掛けなのか . . . ?」


気圧されたアレクの声が、近くに居たアイティラには聞こえた。


「準備はよろしいな。それでは、お前たちは始めているように。私は先に水晶球の元へ向かっている。いいか、()()仕掛けを解いてからだ。順番を間違えるんじゃないぞ」


ギルド長はそれだけいうと、部屋から出て行こうとする。

てっきり、ギルド長もこの場にいるものだと思い込んでいたアレクは焦ったが、扉が閉じられる直前に片目の従者がするりと外へ抜け出したことに気づいた。魔術師たちが気づいた様子はない。

ギルド長を追って、シンも水晶球の場所に行ってくれるのだろう。


アレクの目の前では、魔術師たちが無言のまま台座を囲むように等間隔に広がり始めていた。

これまで聞いた話では、扉の鍵を解除するには台座の上にある星形の石に魔力を注ぐのだという。

その準備を眺めながらも、やはりアレクは混乱していた。

戦いが終わったのなら、どうして王は水晶球をいまだに欲しているのだろう。もしや、和解は嘘で本当は油断したところを奇襲する準備でも整えているのではないか。

しかし、どうにも腑に落ちなかった。もしそうなら、わざわざ和解の手筈を一度踏まなくても正面から戦えばいい。戦力的には騎士団の方が優勢のはずだ。ならば、何の意図があって。


何かボタンを掛け違えたような違和感が、アレクの中で肥大化していた。


だからだろう。

目の前で魔術師たちが口にしている詠唱を、台座に魔力を注ぐためのものとして特に注意していなかった。彼らの視線が一斉にアレクに向けられた時にやっと、アレクは彼らに気づいて顔を上げた。


爆発音の様なものが間近で聞こえたかと思うと、アレクの頬に熱風が届き押されるようにして尻餅をついた。驚愕のまま正面に視線を向けると、そこには少女の小さな背中があった。衣服からは煙が上がっている。


「大丈夫か!? いったい何がーー」


そう言って立ち上がりかけた時、自分に向けられる十対の視線を感じて何が起こったか理解した。

彼らは台座に魔力をそそぐふりをして、アレクを攻撃してきたのだ。

予想外の出来事に対しアレクは答えを求めるように、自分に魔術を向けて来たラケルを見た。

ラケルは魔術が防がれたことに驚いているのか目を見開いていたが、アレクの視線に気づくと警戒したように一歩下がった。


「どういうことだ . . . 」


アレクの消え入るような声に、ラケルは一つ咳ばらいをすると語りだした。


「先ほどギルド長から話があった。君が誰で、何の目的でこの塔に来たのかも全て知らされた」


これに驚いたのは、アレクだった。

ギルド長から話があったというのは、ついさっきの集会でのことだろう。しかし、その時点ではアレクがこの塔にいることをギルド長は知らないはずだ。

しかし、その答えにたどり着くには今の状況が許さない。ラケルたち魔術師は再び詠唱に入ろうとしている。


「これまで共に過ごしてきた君たちを手にかけるのは心苦しいが、見逃すわけにはいかないんだ」


その言葉を本気と感じ取ったアレクは、咄嗟にアイティラを見た。

しかし、アイティラの様子がおかしい。先ほどの第一撃を庇った位置から動かないのだ。

その肩が小さく震えていることに気づいた。


「私たちを、殺そうとした。さっきのがアレクに当たってたら死んでた。だったら、敵?」


アイティラの下げられた手に赤い靄のようなものが集まりだしたとき、アレクは思い出した。

目の前を通り過ぎて行く赤い槍、そしてこの塔に来てから聞かされた、アイティラの信じがたいような過去の数々の話。

それを思い出したときには、とっさに少女の肩を後ろに引いていた。

ここで殺させてはいけないと直感して。


困惑するアイティラに対し、アレクはその前に進み出る。

その行動に対して、魔術師たちは気圧されたように腰を引かせていた。


「僕の命を狙ったのは、王宮からの命令か?」


魔術師たちは顔を見合わせて互いの様子を窺っている。


「そしてその命令を君たちに伝えたのが、あのギルド長ということでいいんだな」


「そうだ」


魔術師たちを代表して答えたのはラケルだった。

騙し討ちしようとしたことに負い目を感じているのか、その声は小さい。


「その様子を見るに、僕たちに恨みがあって攻撃したとかではないんだろう。だったら、ここは僕たちを見逃してくれないだろうか」


ラケルの目がアレクを捉えた。


「それは難しい。この魔術塔が存続できているのは、王宮に許されているからだ。王宮の奴らの機嫌を損ねて、この塔が無くなるのなんて御免だ」


「僕たちの味方についてくれと言ってるんじゃない。ただ見逃してくれと言ってるんだ。君たちは僕らを捉えるために頑張ったが、逃げられてしまったことにすればいい。そうすれば、咎められはしない」


「. . . 信じてもらえると思うか? こう見えても、俺たちには魔術師としての自負がある。こっちには十人いたのに取り逃したと言っても、向こうは疑ってーー


その瞬間、突風が起こった。

風はアレクの方からラケルへ向けて、赤い軌跡を残して飛んでいく。

轟音が轟き、ラケルが慌てたように真横を通り過ぎて行った何かを追って振り向くと、そこには壁に深々と突き刺さり、大きな亀裂を生みだした紅い剣が存在していた。


「それで」


振り返ると、赤目の少女が鋭く目を細めながらラケルを見ていた。


「それを見せれば、取り逃したっていっても信じてもらえるんじゃない」


魔術師たちは衝撃から立ち直れずに、ただ壁を崩した赤い剣を呆けたように眺めていた。

ラケルも同じようにしていたかったが、そうはいかない。

同じく驚いてはいるようだが、こちらに注意深く視線を向けている金髪の青年がいたからだ。


「どうだろう、見逃してもらえないだろうか」


少年少女だけでなく、他の魔術師たちもラケルの言葉に注目していた。

ラケルは深く眉間にしわを寄せた後、疲れたように息を吐いた。


「まったく、まさか無詠唱魔法を使えるほどの魔術師が王子様だったなんてな。普通は思わんだろう」


アレクが「あ、いや、それは」と答えられずにいるうちに、ラケルは他の魔術師たちに指示を飛ばし始めた。


「さあ、さっさと始めよう。いつまでも扉が開かないようだと、ギルド長に疑われちまうからな。俺たちは出来ることはやったんだ。後のことは、俺たち魔術師には関係ない」


そう言うと再び詠唱が始まったが、今度は魔術は飛んでこなかった。

半円を描いた中心にある台座上の星形の石が強い光を発したかと思うと、それが床と壁に描かれた模様と共鳴して部屋一面が明るくなった。


「これで下の扉は開いたはずだ。後のことはあの王宮かぶれに全て丸投げしよう」


収まっていく光に心を奪われていたアレクは、その言葉に現実に引き戻された。

そうだ、今頃目的の水晶球が持ち出せる状態になっているはずだ。そしてそこには、ギルド長がアレクたちの存在に気付いているという事実を知らないシンが一人でいるはずだ。

あの従者ならよっぽどのことが無い限り大丈夫だと思うが、やはり心配だった。


「アイティラ、すぐにシンの元に向かうぞ!」


「うん」


アイティラは、アレクが扉を出たのを確認してから再び魔術師たちのことを振り向いた。

しかし、不満げに眉を寄せただけで、アレクの背を追いかけて行った。

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