知らせは突然に
魔術塔に来てからすでに幾日か経過していた。
その間の二人は、それぞれの方法でこの場所にあるという"水晶球"について調べあげた。
アイティラは塔の怪しい場所へと足を運び、いくつかの不可解なものを見つけていた。
アレクは初級の魔術書をどうにか頭に叩き込み、胃を痛めながら魔術師と交流を深めることで、彼らの話からいくつかの手掛かりを得た。
そして、この二人が得たものを照らし合わせることで、ついに"水晶球"のありかが分かった。
「つまり、古代魔道具の水晶球は地下の大扉の中にあり、その扉を開ける仕掛けが最上層にある」と。
そう口に出してみてアレクは、ついに突き止めた喜びに自然と口元を綻ばせていた。
これでやっと、先に進める。親征をとん挫させる一手を打てる。
「だが、最上層の仕掛けをどう突破するかだ。聞いたところによると、上位十名の魔術師が一つの台座に魔力を注ぎ込むことで扉が開くと言うが、まさか頼み込むわけにもいかないしな」
「それなら . . . 」
アレクが顔を向けると、赤い瞳が不思議な光を宿していた。
数日前に塔内部の探索から戻ってきたときは、なぜかひどく落ち込んでいてその訳すら話そうとしなかったアイティラだったが、今はすっかり普段の様子を取り戻しているように見える。
「私がなんとかできると思う」
「 . . . 魔術師十人分の魔力だぞ」
「大丈夫」
アイティラの様子には確かな自信があった。
普通であれば信じがたい事でも、この少女であればできるのだろうとアレクは不思議と思うようになっていた。その内面の変化がいいものなのかは分からないが、少なくとも悪い気分はしなかった。
「分かった。それじゃあ、決行するとしよう。行動を起こすなら夜間がいい。まだ夜には時間があるから、その間に盗み方を考えておこう」
アレクにとって、この勝算は高かった。
魔術師たちはアレクらを全く警戒していないのに加え、彼らの警備に関する意識はあまりに希薄だった。
「あとはシンの帰りを待つだけだな」
残りの懸念は、王都の情勢の聞き込みを行っているシンを待つだけであった。
聞き込みの方はあまりうまくいっておらず、不思議だと思えるほどに王都に関する情報だけが出回ってこなかった。唯一流れている噂でも、騎士が街道を封鎖しているのを見ただとか、王がここしばらく姿を現さないのは死んだからではないかとか、どこまで信じられるか分からないものばかりだ。
その時、不意に扉の前で足音がした。
いつものことだが、近づかれるまで気配を感じさせないのは、あの従者の謎の一つだなと思いながらアレクは扉を見た。
そして、飛び込んできたのは確かにシンであった。
あったのだが、その様子がおかしい。
その顔は色を失っており、アレクの姿を見ると途端に苦し気に顔を歪めたのだ。
「ど、どうした!」
アレクの声に、アイティラも事態を察知しその顔に困惑を浮かべた。
シンは不規則な呼吸をすると、押し殺したような声でただ一言。
「蒼の騎士団の一人と、接触しました」
***
シンの案内に従うまま魔術塔から飛び出し、小都市の中を彷徨い歩く。
道中シンは一言も言葉を発しなかった。不安に駆られたアレクの質問に対しても、返ってくるのは沈黙だった。
足取りは迷いなく進んで行く。それが、この短期間のうちに少しでも王都の状況を掴もうと調べまわった従者の足跡を示していた。
たどり着いたのは都市の郊外の住宅地だった。
その一角、古びた人の住んでいないような建物同士の暗がりに、鎧の光沢が見えた。
獅子を象った蒼のサーコートを身に付けた人物、それは確かに蒼の騎士団の人間であることを表していた。
蒼の騎士は三人の姿を認めると頭を下げた。
「ヘルギ団長から話は聞いております」
その一言が、ヘルギがアレクと繋がっていると知っている関係者であることを示していた。
蒼の騎士団と連絡が取れたことは、願っていたことであり、喜ぶべきことに思われる。しかしそれなら、どうしてシンの様子がここまでおかしくなるのだろう。
疑い交じりにアレクは「よくここが分かったものだな」と口にすると、騎士の表情が曇った。
「アレク殿下がこちらにいると知ったのは偶然です。そちらの青年から声をかけていただけなければ通り過ぎていたことでしょう」
「そうか、ならば運がよかった。このチャンスを逃していたら、"また" 僕たちは途方に暮れていたところだ」
アレクは王都で落ち合う約束を反故にされたことを揶揄したが、相手は少し考え込んだ後ごまかすように眉を寄せた。
「それは申し訳ありません。実は、蒼の騎士団の知っている者たちの殆どが、黒の騎士たちに監視され動けない状態にありました。どうにか行動を起こそうにも先手を封じられ、任務という形で遠方へ向けられたので、どうしてもお会いすることができず . . . 」
「まさか、僕たちと手を組んでいることがばれたってことか!?」
「我々が手を組んでいた事実が掴まれたかは分かりませんが、疑われていたのは確かでしょう。しかし、それらももはや気にする必要はありません」
「. . . それは、どういった意味だ?」
蒼の騎士は口をつぐみ、しばらく言葉を躊躇っていた。
やがて決心したように息を吐くと、「終わりました」と口にした。
「だから何がだ!?」
訳も分からぬまアレクは声を荒げていた。
胸の内に不快感が溜まり、行き場のない焦りがどこからともなくせり上がってくる。
「戦いが終わりました。コーラル伯爵と陛下の争いは終わったんです」
言葉の意味が上手く呑み込めず、アレクは言葉にならない言葉を繰り返した。
アイティラは呆然と立ち尽くし、シンは主人の様子を見て顔を伏せている。
「終わった?いったいどうして!?」
「陛下は倒れられ床に臥せっておられます。侍医が言うには、長くないのだと。そこで陛下は、争いを残したまま逝かれることを憂いたのでしょう。コーラル伯爵と講和を結び、争いを収束なさいました」
読み上げるような言葉にアレクが二の句を継げないでいると、背後から消え入りそうな声がした。
アイティラだった。
「本当に、伯爵はそれを受け入れたの? 戦いを終わらせるって、言ったの?」
「ええ、正式な調印はこれからですが、王宮からの使節を歓待し受け入れたと伝わっています」
「. . . そう」
アイティラの声も、どこかぼんやりしたまま聞いていたアレクは、蒼の騎士が自分を向いていることに気づいて動揺した。
「アレク殿下、陛下はあなたのことを口にしておりました。命尽きる前に、仲違いしてしまった息子の顔がもう一度見たいと」
「っ!!」
「陛下はアレク殿下のことを許されております。もしよろしければ、王宮に戻って来てはいただけませんか?」
アレクは咄嗟に答えられない。
これから挑む強大な相手で、やはり父であった王の突然の喪失は、アレクにとってはあまりに大きすぎた。
何と言えばいいのか答えを探すように視線を巡らすと、シンの痛ましいほど歯を食いしばっている表情と、アレクと同じく困惑しているアイティラの姿があった。
そして、再び顔を正面に戻せば、それが現実であると証明する騎士の姿が。
「アレク殿下、どうか王宮にもう一度、陛下にお顔をお見せください」
アレクがようやく口に出せた返答は「考えておく」の一言だった。




