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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
日没
109/136

計算された道

懐かしさを感じる周囲を石で囲まれた室内。

冷たく無機質な灰色の空間は、ともすれば温かみとは正反対のものでありながら、アイティラには安心する家としての思いがあった。アレクやシンも同じことを思っているのかは分からないが、エブロストスの城の一室で、三人は室内の静かさに合わせるように城主の帰還を待っていた。


エブロストスに到着したのはほんの少し前のことだったが、城塞都市は出発前とまったく姿を変えていなかった。威容を誇る城壁も、整った街並みも、人々の熱もあの時のままだ。いや、反乱の熱に関しては、時間と共に衰えるどころかむしろ高まっている感さえある。

アレクが初めに提唱していた周囲の町々を味方につける作戦を、コーラル伯爵と兵士長が成功させていた。本来であれば、それぞれ一つの町を担当していたはずだったが、兵士長は二つの町を、コーラル伯爵は四つの町といくつもの村を味方にしていた。その知らせを聞くや、エブロストスは歓喜した。

この都市はもはや全民衆が反乱に関わっているのだ。反乱の失敗は自分たちの死に直結する。ならば、味方が増えることや、上手く事が進んでいるという知らせこそが、彼らが求めるものなのだ。


「とはいえ、ここまで上手くいってるなんて、どんな魔法を使ったんだ? いや、人望がなせる技か」


「私たちのほうは失敗して、何も残せなかったのにね」


老執事の入れた紅茶を飲みながらアレクとアイティラが口にする。

シンは少し離れた位置からそのことに顔を曇らせた。もちろんそれは、これまでまともに会話をしていなかった二人が、ダリエルを離れたあたりから普通に接するようになったからだ。片目の従者はそのことを憂慮しつつも、アレクの言葉に補足をした。


「聞いた限りだと、野盗を退治して回ったのが効果的だったようですね。騎士団はこういったことでは動きませんから、野盗が放置されたまま略奪を働いていたようです。ですので、その問題を伯爵が解決したことで、ここまで支持されるようになったのだとか」


そのコーラル伯爵だったが、今はエブロストス内にいるものの、その町々の代表を集めて話し合いを進めているらしい。老執事のパラード曰く、もう少しすれば帰ってくるそうだったが。

用意された紅茶もすっかり冷たくなり、旅路に疲れたアレクが隠すようにあくびをしたとき、遠くから小走りにかける足音が聞こえた。

やがて姿を現したのは、わずかに息を弾ませたコーラル伯爵だった。少しやつれたように見えるのは気のせいだろうか。


アレクは席を立ちながらコーラル伯爵に近づいた。


「そんなに急いで来なくても良かったんだぞ? 老体に無理されるのも困るからな」


その言葉に勢いよく席を立ったのはアイティラだった。


「伯爵はまだそんな歳じゃない!」


部屋に入るなりいきなり老体と言われ、あげく勝手に反論されたコーラル伯爵は、いきなりの出迎えに困惑したように瞬きをした。しかし、何をどう解釈したのか、表情を和らげると「仲直りしたのか?」とよく分からないことを口にした。

アレクとアイティラが怪訝そうに伯爵を見上げたその時、伯爵は大きな腕で二人を抱きしめた。

アレクはぎょっとして、アイティラは戸惑ったように視線をあちこちに向けたが、その後に聞こえた言葉にさらに戸惑うことになった。


「二人とも、無事でよかった」


「な、なんだ。突然何のつもりだ」


「ダリエルの噂は、私の所にも届いていた。二人が大変なことに巻き込まれたのではないかと、気が気でなかった」


深く重い言葉には、アレクでさえ茶化すことを躊躇された。アイティラはその言葉を聞くと、広い背中をポンポンと叩き言った。


「私たちは強いから大丈夫。死んだりしない」


アレクは咄嗟に自分が死にかけたことを言ってやりたくなったが、流石にそれは憚られたので黙っていた。伯爵は二人を抱きしめながら、遠くで我関せずといったように傍観している片目の従者に視線を向けた。


「シン君も二人を支えてくれてありがとう。こうして無事に済んだのは、君がいてくれたおかげも大きいのだろう」


「いえ、自分は . . . 」


シンは気まずそうにそれだけ言うと、頭を下げて席に着いた。

再会を喜び合うのは、それでひとまず終わりとなった。三人のもとに新たに伯爵が加わり、いよいよ報告が始まる。まず口を開いたのは伯爵だった。


「噂程度には聞いているかと思うが、周辺の町を引き込むことには成功した。今のところは、食料や居場所の提供だったり、騎士団が来た時には出来るだけ引きとどめて時間を稼いでくれる程度の協力ではあるが、これまでと比べればはるかに安全になっただろう」


「もし戦いになった時は、一緒に戦ってくれるのか?」


「それは、難しいであろうな。あくまで戦うのは私たちだ。だが、勝ち目さえ見えれば戦いに参加してくれると約束は取り付けてきた。どんな小さな勝利でもいいから、一度でも相手を上回りさえすれば、風向きは変わる」


「じゃあ結局、一回は戦う必要があるってこと?」


「あるいは、さらに味方となる町を増やしていき、彼らが安心できるくらいの人数をそろえるくらいだろう。もとより、この作戦はそれを目的としていた。戦いまで時間を稼ぎ、騎士団でも躊躇させるほどの支持を集める。そうでしたね、アレク殿下」


言葉を向けられ、アレクは頷いた。

周囲の町を味方に引き込む目的は、相手に戦いを躊躇わせるためのもの。

周辺地域一帯が伯爵を支持するのであれば、国王だってそうそう武力に頼れなくなる。なぜなら、そこにいるのは同じ国の人間で、自分の支配下の民なのだ。自分の身を切り落とすような真似は、切り落とす必要がある部分が大きくなるにつれ、どんどんと抵抗が生まれるだろう。


しかし、これには二つの問題があることもアレクには分かっていた。


「ああ、そうだな。確かにそうだったが、この方法も考え直す必要があるかもしれないな」


一つは、時間がかかるということだ。

町や村を味方にするのは当然時間がかかる。かといって、短時間で強引に味方にしようものなら、信頼を得られずに裏切られる可能性だってある。信頼を築くには時間が必要だ。

そして二つ目があまりにも致命的な問題だった。

それは、自分の身を切り落とすことを相手が躊躇わなければ、いくら味方を増やしたところで効果がない事だった。


「もし、相手が王国の人間だとしても躊躇わずに殺せるならば、このまま進めるのは危険すぎる。この作戦を考えた時には、それ以外に取れる選択肢がなかったが、今なら別の選択肢を選ぶことだってできるはずだ」


「そんなのあったの?」


「お前にはすでに話したじゃないか。コーラル伯、僕たちがダリエルで何も得ないまま帰ってきたと、本当に思ってるのか?」


アレクの不敵な笑みに、伯爵は考えた。

しかし、伯爵が聞いた限りでは、ダリエルの町を味方にすることは出来なかったと聞いている。

思い当たらずにいる伯爵に、ずっとこれを言いたかったアレクは、いよいよ自慢するように言ってのけた。


「町の一つや二つなんかより、よほど力強い味方を手に入れた。蒼の騎士団の協力を取り付けたんだ!」


得意げに言ったアレクは、伯爵が目を見開いて驚いていることに気分を良くした。

そうだ、すごいだろう。僕だって、やればできるんだ。

そして、驚き冷めやらぬうちに、さらにたたみかけた。


「この手札があれば、こちらから打って出ることだってできる。自分たちが攻勢を仕掛ける側だと思ってる所へ、逆にこっちから攻め込むんだ。そうなれば、向こうの動揺だって計り知れないものになるだろう」


伯爵は初めは衝撃が抜けきらなかったようだが、アレクの話を聞くうちにその表情が険しくなる。


「たしかに、こちらから攻勢を仕掛けるのは良いと思いますが、味方にしたのは蒼の騎士団のみ。残る二つの騎士団に対抗するには厳しいと思われますが」


「そうだな。真正面から戦えば、厳しいというより絶対負ける。だったら、その二つの騎士団とは戦わなければいい」


「というと?」


アレクは腕を組んでから、輝かしい金髪をかきあげた。


「コーラル伯、お前が帝国との戦いで使ってたあれだ。強大な敵が相手なら、そいつらを引き付けて敵の本陣をがら空きにすればいい。そうすれば、手薄になった敵将を少数の兵でもって打ち倒せる」


「. . . つまり、王都から黒と白の騎士団を引き離して、その隙に王を取ると?」


「そういう事だ」


アレクは冷たい紅茶を勢いよく呷った。

音を立ててカップが置かれると、その深緑の瞳がきらりと輝く。

自信に満ちたその表情は、絶対の信頼をよせても良いと思わせる力があった。


「そこで、コーラル伯には引き付け役を頼みたい。やることは、それほど難しくないはずだ。なにせ . . .」


アレクの説明を伯爵は最後まで聞いた。

確かによくできたものだったが、それでもその表情に不安が残る。


「本当にこの方法で、騎士団が動くでしょうか?」


「動くはずだ!父上であれば、絶対に乗ってくる!あの父上であれば!」


アレクの記憶にある父王は、自分をないがしろにされたと感じた時に、何よりも苛立つ。

ならば、王の自尊心を少し突っついてやるだけで、怒りのままに騎士団を動かすことだってするはずだ。

アレクの中では、それは絶対のことだった。

だったらこの作戦、上手くいくことは間違いない。


「これで、終わらせる」


アイティラは不敵な笑みを横目に見ながら、パラードが新しく用意した紅茶を口にしてやけどしていた。

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