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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
日没
108/136

和解

喧騒が通り過ぎて行った後のまっさらな部屋。

これまでここを使用していた赤剣隊たちは、すでに荷物を持ってエブロストスへ帰還の途についていた。赤剣隊の拠点として少し前まで大きな旗が正面に掲げられていたこの建物は、今はたった三人に住処を提供することが役目となっている。

結局ダリエルに残ったのは、アレクとその従者のシンだった。最後の仕事は一人でもこの町に留まれば果たせるものだったが、シンが主人を一人にするはずがない。

そして、共に残ったもう一人がアイティラだった。

救出されたレイラを過度に心配していたことから共に帰還するかと思ったが、予想に反してアイティラは留まることを決めた。何か理由があるのかと思いきや、赤剣隊が居なくなったあとはずっと部屋にこもり、アレクとの会話は一度もなかった。


正直、とアレクは思う。

もしアイティラと顔を合わせてもどう対応すればいいのかわからない。

蒼の騎士団長が王都に戻る前、残していった一つの言葉が気になったのだ。


『あの少女についてなのですがーー』


そう切り出された話は、このダリエルでヘルギとアイティラが対面したことがあるという話だった。

その時、アイティラは森の中で、この町の人間を殺したことがあるのだと。


『しかし、私も戸惑っております。たしかにあの時見たものは、残忍な化け物でした。ただ、この扉の奥にいるのは、相手を心配するただの少女にしか見えません。もしかしたら私は、彼女について誤解をしているのではないかとも、考えてしまったのです』


アレクには分からない。

ダリエルで過去に起こった騒動のことや、そのアイティラがどんな秘密を隠しているのかを。

あの時見た、人とは思えない姿についても、まだ理解できていないのだ。


『ですので、アレク殿下に聞きたいのです。あの少女は"信用”できるのでしょうか?』


それは . . .



コンコン


突如部屋に響いた扉を叩く音に、アレクは肩をはねさせた。

中途半端なところで思考を中断されたからか、心臓が音を鳴らしている。


ーーシンが戻ってきたのだろう。

そう思ったが、シンはこの部屋を出入りするとき扉を叩くことはしない。しなくていいと伝えているのだ。

アレクは扉を凝視しながら、耳を澄ませて問いかけた。


「誰だ?」


「私 . . . だけど」


小さな返答に、アレクは先ほどまでの考え事に気づかれたのではないかとありえない考えが過った。


「入っていい?」


シンが部屋を出る前に言っていた言葉が蘇る。

いいですか、アレク様。あの少女とは距離をとってください。決して近づいてはいけません。

そして、正体に関する質問はしないでください。でないと、アレク様の身に危険があるかもしれません。


そして、蒼の騎士団長の言葉も。

あの少女は "信用" できるのでしょうか?


アレクは一拍おいてから、感情が声に出ないように意識して告げた。


「勝手に入ってくればいいだろう。お前がそんな慎み深いやつとは思わなかった」


扉が開き入ってきたのは、フードで顔を隠したアイティラだった。

顔が俯けているため、意図して顔を見せないようにしているのだろう。

果たしてどんな言葉が飛び出すのかとアレクが息を呑んでいると、少女からか細い声が聞こえた。


「見たよね、私のあの姿。どう思った?」


「どう思うってなんだ、そりゃあ . . . 」


気にしてない風を装って質問から逃れようとしたが、途中で言葉がつまり、アレクは躊躇いがちに口に出していた。思い浮かぶは、目の前の少女が宙に浮いて、黒い翼を広げたあの姿だった。


「人 . . . ではないのか? 僕は、あんなの見たことがないし、本にだって載ってなかった。お前は、何者なんだ」


「 . . . . . . 」


アイティラはその言葉に固まった。返答はなかったが、代わりにこちらを見ているように思えた。顔がギリギリ見えない範囲で、こちらの一点に視線を止めている。アレクがそれにつられて手元を見ると、左手が操弾の弓の上に置かれていた。いつの間に触れていたのだろう。アイティラに対する警戒が、無意識のうちに武器に手を伸ばさせていたのかもしれない。

アレクはハッとしてアイティラを見た。


「やっぱり、私は信用できない?」


アイティラから "信用" という言葉が出て来たことで、いよいよ鼓動が早鐘を打った。


「そう、だよね。私はあなたと初めて会った時から、あなたのことを嫌ってた。王子って立場だけで、警戒して勝手に敵意を向けていた。信用できないのも、不思議じゃない」


「ち、ちが . . . 」


「謝りたかった、ごめん。そして、レイラを守ってくれてありがとう。私のあの姿については、皆に内緒にしてくれると嬉しい。 . . . もしばらしても、あなたに危害は加えないから安心して」


それを伝えることだけが目的だというように、言い終わったアイティラは扉の外に出ようとした。


「. . . . . .」


これで、十分じゃないか。危害は加えないと言われたんだし、敵意が消えたのなら、もう求めるものはないじゃないか。わざわざ、こちらから関りに行くのなんて、それこそどうなるか分からない、意味もないかもしれない。


それでも。


『ですので、アレク殿下に聞きたいのです。あの少女は "信用” できるのでしょうか?』


この時、アレクはアイティラを信用していたわけではなかった。

人でない姿を見て、疑ったし、何か恐ろしいものを感じたことも嘘ではない。

だが、もとよりこの反乱は、アレクから求めて合流したのだ。いまも歪でいつ壊れるか分からないこの集団で、互いを信じられ無くなれば、それこそこの先の可能性など完全に消えてしまうではないか。

だから、疑う心に封をして、あの時アレクはこう宣言したのだ。


『 . . . ああ、信じられる。なにせ、同じ目的を持つ仲間なんだ』


ーーー


「待て。一方的にそっちが喋って、僕の言葉は無視するのか?」


扉が開かれた状態で、アイティラが振り返る。

表情は見えずとも、動きから困惑が見て取れた。

心臓は鼓動を打っているが、それを誤魔化す思いでアレクは大きく息を吸った。


「僕はな、お前が信用ならない!自分の身の上も明かさず、すぐ一人で行動するお前が!それに、あの姿のことだって、結局何も知らされてないままじゃないか!こんな状態で、どうやってお前のことを信じろっていうんだ!?」


アイティラは迷うように、扉の外をちらりと見た。


「でも、それは、あんまり . . . 話したくない」


「ふん、お前が話したくないなら、僕から話してやろう」


アイティラが頭に疑問符を浮かべた時、アレクは自信に満ちて言った。


「僕はな、僕の理想があるんだ」


「. . . 何のこと?」


「王城の書庫、そこに歴代の国王の記録がまとめられている。その中の、黄金の時代の記録。王と貴族と民衆が一つであった時代。僕は、それを一度でもいいから、僕の目で見てみたいんだ」


それは歴代の王によって紡がれてきた王国の輝かしい姿。

それに執着したきっかけは、心に傷を負った子供のささやかな反抗だった。自分から目をそらした父王と、周囲から持ち上げられる兄を批判したいがために、過去に縋ったというのが本当の所だった。だが、時が過ぎ、何度も読み返すことでその思いも変わってきた。恨みだとか、当てつけの道具であったその理想を、純粋に見てみたくなったのだ。

その記録が本当のものだったのか、それは分からない。後世に残される記録は歪められ、脚色され、本来の姿とはかけ離れた歴史になることがあることを知っている。それでも、アレクはそれを "信じて" いたいのだ。

アイティラは口を閉ざしていたが、やがて躊躇いがちな言葉が返ってきた。


「それは . . . 実現できるの?」


「うぐッ、それは。. . . その見通しができれば苦労しない。でも、少なくとも今の王国の状態とはかけ離れていることはたしかだ」


理想は理想。

そんなことは、アレクだって分かっている。

だから、妥協だってしている。


「別に、実現するのが僕の時代でなくてもいい。可能性を残すだけでも、十分だと考えることにしたんだ。つまり、今の王国を作り変えるんだ。この反乱で今の形を壊せば、別のものが生まれることになる。その時に、この理想に近づける仕組みを作ってしまえば、いずれその理想を成し遂げる人物が現れるかもしれない」


まあ、この反乱自体、成功するかどうかも分からない現状、絵空事に過ぎないけどな。

最後にその言葉を付け足さなかったのは、その不安から目をそらしたかったのか、それとも小さな意地だったのか自分でも分からなかった。ただ、ここまではっきりと自分の思いを口にしたことに、少し子供っぽくないだろうかとアレクは内心恥ずかしく思った。

だからこそ、ねえ、と声がかけられたとき、すぐには反応できなかった。


「その理想には、力の居場所はあるの? 相手を傷つけることしか出来ない力は、存在しててもいいの?」


その質問がどういった意味を持つものかアレクにはつかめなかった。

それでも、自分の語った理想に初めて興味を示されたことが嬉しく、意気揚々と自分の考えを話し出した。


「まあ、そうだな。王の下に、武力は必要だろう。でないと、貴族も民衆も王を信じようとは思わないからな。それに、傷つけることしか出来ない力なんてないだろう。力は正しく使われるなら、守る事だって、人を幸せにすることだってできるはずだ」


「正しく使われるって、どんな風に?」


「それは . . . 自分の意志を押し付けるために力を使うんじゃなくて、誰かのために使うとかだろうな。あくまで力は、恨まれずに納得される使い方をしなくちゃいけない。でないとそれは、暴君のそれと同じになる。だから、本当に必要な時だけ、力に頼るようにするのがいいと思うんだ」


「自分の意志を押し付けるんじゃなく、誰かの. . . 」


アイティラはそうこぼした後顔を上げた。

その拍子に、これまで隠れていた表情が見えた。


「今からでも、間に合うかな?」


「 . . . ?それは、どういうことだ?」


アレクは言葉の意味が分からずに答えを返せなかったが、それでアイティラは満足だったらしい。

ちらりと見えた顔は、これまで見たことが無い、幼げな笑顔だった。


「なんでもない。ありがとう」


アレクが何か言う前に、アイティラは扉を閉めて出て行ってしまった。

遠ざかる足音を耳にしながら、アレクは大きく息を吐いて脱力した。


「疲れた . . . 」


まさか、ここまで明かしてしまうとはアレク自身も思わなかった。

この話は、これまでシン以外にしたことはなかった。もししたとしても、どうせ否定されるだけだと思っていたからだ。まさか、あの少女にまで話してしまうとは思わなかったが、否定されずに興味を示されたのは不思議な気分だった。

ここしばらく気を張り詰めていたせいか、途端に心が落ち着いてくる。


完全に安心しきっていた時、突如扉が開かれてアレクは飛び起きた。


「どうされました?」


片目の従者が固まるアレクを不思議そうに見ていた。

アレクはごまかすように座り直すと、金髪をかき上げて余裕を装った。


「どうもしない。それより、どうだったんだ」


「それですがアレク様、たった今蒼の騎士団から返答がありました」


アレクの鼓動はいよいよ高まり、次の言葉を期待と共に待った。


「ヘルギ団長からのお言葉です。蒼の騎士団は、こちらに味方すると」


「本当か!やっと光明が見えて来たぞ。それじゃあ、急いでエブロストスへ帰還しよう!」


少し前まであれだけ顔を合わせたくないと思っていたアイティラだったが、今はすっかり気が変わっていた。この良い知らせを急いで伝えてやろうとアレクは腰を上げた。

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