共闘
息が荒くなり、大剣を持つ腕が悲鳴を上げる。
「はあぁぁッ!」
声を張り上げることでその疲労をごまかし、圧倒された暴徒たちを薙ぎ払っていく。
それでも向かって来る暴徒の数は絶えず、疲れは癒されることのないまま、連戦を続けさせられる。
ここまで追ってきた弩兵たちは、人海の向こう側でこちらに注意をむけつつ新たな矢をセットしていた。
「くッ!」
ヘルギは彼らが矢をつがえる前に暴徒たちを制圧すると、彼らに向けて走りだす。それを見た弩兵たちは、焦ることなく次の目的地へ向けて逃げて行く。
おびき寄せられていることは明らかだった。逃げはするものの見失わない距離を維持し続ける弩兵たち、都合よく待ち構えている暴徒の群れ。それでもヘルギは、彼らを見逃すことは出来なかった。
この先には今回の騒動の首謀者がいると、直感が告げていたからだ。
弩兵たちは、小さい道を抜け、大通りに出ては、また小さい道に入りと、あてもなく逃げているように見える。ヘルギは「待て!」と何度目かの勧告をするも、その足は止められることはなかった。
(どこまで行くつもりだ)
もうすでに、部下たちとは大きく離されているなと考えた時、不意に弩兵たちはその足を止めた。
しかし、それはヘルギの勧告にしたがった訳ではないようだった。
彼らは再びヘルギに弩を向けた。それと同時に、待機していた暴徒たちが左右から剣を片手に襲い掛かってくる。弩の矢に注意を向ければ暴徒に襲われ、暴徒に対処すれば矢を避けられない。そんな二者択一を選ばせたかったらしい。
ヘルギは大剣を正面に掲げると、向かって来る暴徒たちに突っ込んだ。
相手から向かって来るとは思わなかったのか、慌てた暴徒は勢いの付いたヘルギの特攻に崩される。
暴徒たちの内側に入り込まれ弩を打てずに躊躇っていると、やがてその中からヘルギが飛び出してきた。しかし、矢を打つことは出来なかった。
なぜなら、ヘルギは大の男を片手で担ぎ、自身を守る盾としながら弩兵たちに向かってきたからだ。
弩兵たちは動揺し、矢を打つか逡巡しているようだったが、そんな隙を見せる間に大人を担いだ騎士は信じられない勢いで弩兵たちまで迫って来ていた。
ついに矢を放とうとした時には、一人は盾としていた暴徒ごと押しつぶされ、一人は鞘の付いた大剣によって薙ぎ払われ、一人は矢をかいくぐられて腹部に強烈な一撃を受けて気絶した。
ヘルギは彼らが反撃できなくなったのを見てから、ようやく肩で息をしながら壁に手をついた。
「早く部下たちと合流しなければ . . . 一度立て直さないと、厳しいだろうな」
しかし、引き返すには遅い場所まで来ていたようだった。
まだ残っている暴徒に紛れて、別の弩兵が姿を現したのだ。しかも、今度はここでヘルギを仕留めるつもりなのか、道の左右から挟み込むように現れた。
ヘルギは大きく息を吐きだすと、脂汗を額に滲ませながら、再び大剣を手にした。
弩がヘルギに向けられる。ヘルギは退路を確保しながら、一度引くべきかと考えた。
今の状態でこの数を相手に戦うのは、さすがに無茶だと思われたのだ。部下たちと合流してすぐに駆け付ければ、被害を最小限に抑えられるだろうと。
それが最善に思われた。しかし、ヘルギに向けられていたはずの弩がとある方に向けられた時、ヘルギからその選択肢は失われた。
弩が向けられた瞬間、ヘルギは迷いなく駆け出していた。そして、その小さな身体をすくいあげると、矢を背後に残して駆け抜けきった。
それは小さな命であった。
騒ぎが始まり逃げる機会を逃したのだろう、子供が物陰で息を殺して隠れていた。
それを、弩兵たちは狙ったのだ。
ヘルギはその少年をかかえて集中する矢から命を庇った。
抱えられた子供は、怯えた表情で自分を包み込む大きな腕に困惑しながら、その大人の顔を見上げた。
「少年。あの道から逃げなさい。その先に、騎士がいるはずだ。彼らに守ってもらいなさい」
少年はよく理解できていないまま何度もうなずき、その道に走って行った。
ヘルギはゆっくり立ち上がると、その道には進ませないと示すように立ちはだかった。
しかし、それも長くは続かず、しだいにその身体が安定しないように揺れ始めた。子供を庇う時に放たれた矢が、サーコート下の鎧を貫き、背中に突き刺さっていたのだ。
痛みに耐え、弱みを見せまいと必死に身体を支えているヘルギに、どこか気楽な声が遠くから届いて来た。
「子供を庇うために自分を危険に晒せるなんてな。聞かされた時には信じられなかったが、まさか本当のことだったとは驚いた」
痛みに耐えながら視線を向けると、弩兵や暴徒たちの間を歩いてくる男の姿が目に入った。
大きな帽子がその目元に影を作っており、赤い羽根飾りが派手な色を主張している。
「名乗りが必要かね、騎士様。俺は傭兵団の長、ゼルフォンスだ。といっても、今回の依頼の間だけの名ばかり傭兵団だがね」
「. . . 今この町で暴れまわってる奴らも、あんたの仲間なのか」
「仲間というよりは、利害が一致した者同士と言う方が適切だろう」
「何が目的で、こんなことをしでかした!」
恐ろしいほどの剣幕による詰問に、ゼルフォンスは帽子を深くかぶり直して肩を震わせた。
「はは、まだ気づいてないのか? この状況を見て未だに理解できていないなんて、鈍い騎士様もいたものだ。目的など初めから、あんたを殺すこと以外にないじゃないか」
「. . . 俺を?」
「そうさ、依頼でね。騎士様、あんたずいぶん嫌われてるようじゃないか。俺が言うのもなんだが、もっと上手く立ち回った方が賢明だぜ」
言い終わると、ゼルフォンスは再び距離をとってしまった。
その間を埋めるように、弩兵と暴徒(傭兵)たちが前に出てくる。
「約束だ。とどめを刺した奴には金貨五十枚 . . . いや百枚払おう」
その言葉を聞いた瞬間、傭兵たちは獣のように暗く鋭い目に変わった。
ヘルギは背中の痛みに顔をしかめると、大剣の鞘を外し、銀色の輝きを反射させる。
そして、傭兵たちが動く前に、勇ましい叫びを上げながらヘルギが動いた。
猛然と突き進むその勢いに傭兵たちは虚を突かれたが、すぐに金貨の欲に突き動かされた。
自分が手柄を上げようと互いを押しのけあうようにヘルギ一人に殺到する。最初の大剣の一振りによって、一度に何人もが薙ぎ払われたが、何人かは肉薄した。
内側に入られたことで大剣を扱えなくなったヘルギだったが、彼らが剣を突き刺す前に、重い鎧による蹴りで無力化し、作られた余裕で力任せに大剣を振るった。それでも、いくつかの剣は身体に届き、大部分は鎧によって防がれたが、つなぎ目や弱い部分から傷が増えていく。
「これしきでくたばると思ったか!!」
大きな声が空気を震わし、傭兵たちの心に戦慄を走らせた。
ヘルギが吠えると、その動きはなお力を増した。その身が満身創痍であることを思わせるどころか、戦意がむしろ高まっている。欲に駆られていたはずの傭兵たちにも、その動きにためらいが生まれた。
ヘルギは彼らに押されるどころか、口を閉ざして様子を見ているゼルフォンスに向けて進み始めた。
襲い来る傭兵たちに立ち向かい、鎧に信頼を置き、勇猛果敢に突き進んだ。範囲の広い大剣とその勢いに、訓練されていない傭兵は徐々に押されて行く。
ゼルフォンスとの距離が近づいていた。もう少しで、その大剣の届く範囲まで入るはずだ。
そう逸ったヘルギだったが、そこで途端に力が抜けた。
(身体が重い . . .? 何が起きた?)
指先の感覚が失われ、しびれたように震えている。
大剣を振り回そうとしても、勢いが乗らずに一振りで全て倒しきれなくなってきた。
動きが鈍くなり、対処が遅れ、さらなる傷が作られて行く。
「まさか、剣に薬でも塗られて. . .?」
「いや、何も塗ってはいないさ」
はっきりと顔が見える距離にまで近づいたゼルフォンスが、笑った目をヘルギに向けた。
「ただの疲労だ。そんな大きな剣を振るい続けたら、いずれ動けなくなるのは当然だろう。むしろ、ここまで耐えてることの方が俺に取っちゃあ、驚きなんだがね」
ここまで詰めて来た距離が、徐々に離されて行く。
「ここまで来て . . . あと少しだというのに . . .」
「人生には諦めや妥協も必要だ。あんたの頑張りは褒められるべきだが、それだけでは突破できないことも往々にしてあるものさ」
ここまで開いた活路がじわじわと閉じられ、やがて見えなくなった。
目の前に残ったのは、これを好機と再び欲に飢えた男たちの下品な瞳だった。
「. . . 陛下、貴方にいただいた剣をここで失うことをお許しください。そして、貴方を正せなかったことをーー」
大剣を握りしめて再び傭兵たちに視線を定めた時、後方から一つの声が上がった。
それに続くように、いくつもの苦し気な声が響き、一つの若々しい声が聞こえて来た。
「協力させていただきます」
咄嗟に顔を向けると、一人の青年が後ろを包囲していた傭兵たちに斬りかかっているところだった。
手にするのは刃渡りの短いダガーだったが、その俊敏な動きによって傭兵たちと渡り合えていた。
これだけでも驚きだったが、そのはるか後ろに見えた金髪の輝きにヘルギは目を奪われた。昏睡した赤剣隊の女隊長を建物の壁面に預け、そのそばで青緑の美しい弓を構えているのは、この国の第二王子アレクであった。
ヘルギを包囲していた傭兵たちも、彼らを止めるために戦力を分散させなければならなくなった。少しだけ余裕の生まれたヘルギであったが、それでもまだ数が多く押し返すには弱い。しかし、追い風は二人だけではなかったようだ。
「ようやく見つけた!すでに団長は交戦中だ!急げ!」
弩兵を追いかけた際に途中ではぐれた騎士たちがついに追いついたようだった。
人数でこそ劣っているが、実力では一人一人が訓練されていない傭兵を圧倒している。
ヘルギを囲う包囲が薄くなり、それに合わせてゼルフォンスの顔も曇っていく。
ついに焦りを覚えたのか、ゼルフォンスが声を上げた。
「騎士団長だけを狙え、他は放っておいて十分だ。時間が無い、急いでーー」
しかし、そこでこれまで驚きといった類の様子を一度も見せなかったゼルフォンスが、思わず固まった。それは、先ほどまで抑え込まれていた蒼の騎士団長が、途轍もない勢いで傭兵たちを蹴散らし、ゼルフォンスめがけて近づいて来ていたからだ。咄嗟に身を引こうとしたゼルフォンスだが、あまりにも遅すぎた。
だが、ヘルギもとうに限界に達していた。大剣を握る腕に力が入らず、ゼルフォンスまであと少しの距離で取り落としてしまった。もはや、腕の感覚はなく、それなのに背中の矢は鋭い痛みを訴え続けている。一歩一歩が重かったが、それでも握りこぶしを作ると、動きを止めて見上げているゼルフォンスの顔面に強烈な一撃を加えた。
ゼルフォンスは呻きを上げながら、後ろに倒れこんだ。帽子が吹き飛び、仰向けに倒れたゼルフォンスは、ピクリとも動かなくなった。
ヘルギは肩で息をしながら、倒れたゼルフォンスを見下ろした。
「この国で . . . 暴れることは . . . 許さぬぞ」
これが決着だった。
傭兵たちを纏める立場のゼルフォンスがやられたことで、敗北を悟った彼らは方々に逃げ去っていく。
騎士たちはヘルギを助けるのと彼らを追いかけるのと、どちらを優先するか迷ったようだったが、ヘルギが手振りで答えると、彼らを追いかけて行った。
安堵が訪れたのか、ヘルギは膝から崩れ落ちると、若々しい青年の声が聞こえて来た。
「間一髪だったみたいだな」
それは、この町で少し前に出会ったアレクの姿だった。
「アレク殿下、こんなところまで来られては危険です。いくら戦える従者がいるとはいえ」
「死にそうになっていた奴に言われてもな。シン、そいつを手伝ってやってくれ」
立ち上がるのさえ気力がいるヘルギに、片目の従者が手を貸してくれる。
年の離れた若者に手を貸してもらうことを少し恥じながらも、ヘルギは好意に従った。
アレクは昏睡した赤剣隊の女隊長のもとに戻ると、立ち上がらせようとしていた。
ひとまず落ち着きが戻ってきたことにヘルギは思わず力が抜けてしまったが、そこで片目の従者が似つかわしくない悲鳴のような大声を上げた。
「アレク様!」
そこでは、意識を失っていたと思われる弩兵が、最後の執念と言わんばかりに弩を女隊長を助け起こしているアレクに向けていた。
***
長い夢を見ているようだ。
どこか空中を漂うように意識が浮き沈みしながら、はっきりした形を成さない影を眺めている。
しかし、遠くから切迫した様な鋭い声が聞こえたような気がして、意識が勢いよく引っ張り上げられる。
そうして目をうっすらと空けると、ぼんやりした光と地面に倒れている人の姿が見えた。その人は、手に何かを持っていて、それがこちらに向けられている。
「アレク様!」
ようやくぼやけた視界がはっきりとすると、倒れている人はこちらに敵意を向けているのがはっきりわかった。そして、その手に持った弩から矢が放たれてーー。
その瞬間、突如視界が曇った。
それと同時に、くぐもった爆発音のような音が響く。
視界が晴れると、敵意を向けている男の人とこちらの間に、赤い色をした細長いものが地面に突き刺さっていた。
「は、いや、あれは!」
すぐそばから声が聞こえた。
どうやら私は誰かに抱えられているようだった。
朦朧とした意識の中、私は彼が向いている方向に目を向けると、その姿が飛び込んできた。
薄暗くなった空に、何かが浮かんでいる。
それは小さな人の姿をしており、その左右に黒く大きい何かが広がっている。
その人は、空からこちらを見つめているように見えた。
「あい、てぃら、さん?」
私の身体を支えてくれている人が、驚いたようにこちらを見た気がする。
そうしている間にも、空に浮かんだ影は背を向けて、どこかへと消えてしまった。
再び頭が痛くなり、意識が薄れてくる。
ただ、不思議な心地よさに包まれており、その感覚に私は身を委ねた。




