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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
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隻腕の男

ぽつり、ぽつりと明かりがともっていくダリエルの町の見下ろしながら、その男は口笛を吹いた。

男が居る場所はこの町唯一の教会の尖塔で、少しでも足を踏み外せば大けがになる事は必定だろう。

それでも男は流れてくる冷たい風に身を任せ、その中に交じっている煙っぽい匂いに目元だけで笑った。


「人は火を見ると安心すると言うが、どうやら本当だったみたいだ」


夕暮れのせいか、それとも地上の炎が影響してか、空は薄赤に染まっている。

ダリエルの町の人間は、燃え盛る炎から、そしてこの男が集めた無法者(ようへいだん)たちの暴力から必死に逃れようと、互いにもみ合い、怒号が飛び、悲鳴にあふれていた。

ここから見下ろす地上の世界は、間違いなく人の世界の縮図だった。


「これが必要だったのさ。混乱し、疑り合い、分断される。化け物ではない俺たちが生き残るには、こういった状況を使う必要があるんだ」


男はその光景をもっとよく目に焼き付けようと帽子を上げると、どこかから視線のようなものを感じた。

遠くの方から、赤色をした敵意の視線が男に向けられていた。


「はは、見つかっちまった。もっと見てたかったが、死んじまったら元も子もない」


男が帽子を深くかぶりなおすと、その拍子に赤い羽根飾りが風に揺られた。


***


前から後ろからと逃げ惑う人々を背後に残し、その少女はただ一点を眺めて立ち止まっていた。すでに崩れて残り火が燻っているだけの建物には、帝国の使者も黒装備の男たちの姿もなかった。


「. . .」


アイティラはそれに背を向けると、家々の屋根を超えて覗いている教会の尖塔を見上げた。

その尖塔は、混乱する町を孤独に見下ろしている。


アイティラは人々の間を通り抜け、剣を持って襲っている無法者だけを混乱した中で誰に気づかれることもなく散らしていった。

やがてたどり着いた場所は、先ほど顔を覗かせていた教会だった。


アイティラは足を止めると、そこに広がる庭園を眺めた。そこには当然のことながら死体はなく、普段の様子を取り戻している。しかし、一度汚された教会は、不浄の力をなおも秘めているように見えた。


両開きの扉が開かれると、古びた音が教会に響いた。

建物の中は静寂に満ちており、礼拝席と白い柱が乱れることなく並べられていた。大きな窓から入り込む光が中央を広く照らしており、そこに導かれるようにアイティラは前に進み出た。


教会内は確かに静かだった。

それでもアイティラは、人のいる気配をどこかに感じ、先ほど目にした赤い羽根飾りの帽子をかぶった男を探して視線を巡らせた。


「あの男ならここにはいない」


物音ひとつしなかった教会に声が響いた。

声のもとに視線を向けると、正面の祭壇から姿を現した人物がいた。


「ここは俺に任せて、もう片方を対処しに行ったからな」


その男は片腕を失っていた。

そしてアイティラを睨みつける目に、アイティラはこの人物を思い出した。

ゼルフォンスとともに居た隻腕の男。それ以前に、アイティラがその腕を吹き飛ばした男だった。


「どういうつもり。どうしてあなたが私の前に現れるの?」


「どうして . . .? それすらも理解できないのか」


片腕の男は、肩のすぐ下から消えてしまった腕に手を添えて、責めるように言った。

その手に力が込められているのが、アイティラにも分かった。


「そんなに俺たちはどうでもいい存在だったのか。あいつらを殺しておきながら、お前は、そこまで無関心でいられるのか」


「. . . あなた達が私の敵になりそうだから殺しただけ。敵のことをいちいち覚えてるわけないでしょ」


「敵対するものだったら、その命を奪っても何も感じないと?」


「当たり前じゃん。じゃないと、こっちが奪われるかもしれない」


アイティラの言葉を聞いた片腕の男は、しばらくその言葉をかみしめるように無言でいた後、途端にその顔に痛々しい笑みを浮かべた。その表情がアイティラの心を刺激して、アイティラはすぐに会話を終わらせなければと思った。だからこそ、最後の言葉をかけたあと、すぐにこの男も殺すつもりだった。


「話はもう終わり。せっかく拾った命だけど、あなたにはここでーー」


「そうか。聞いた通りの奴だったな」


「. . .?」


片腕の男は祭壇でゆっくり後ろを振り向くと、背後にあった聖像を見上げた。それは片腕の男よりも巨大で、厳正な雰囲気を纏っていた。


「俺は逃げ出した」


男は聖像と向き合っていた。


「あの時、いままで感じたことのない恐怖が襲ってきて、無我夢中に逃げ出していた。今まで仲間だと思ってた奴らをその場に残して、自分だけが逃げたんだ」


それは懺悔の言葉だった。


「その結果、自分だけが生き残りやがった。他の奴らは死んじまったのに、俺だけ腕一本で済んだんだ。それでもとても喜べる気にはなれなかった」


聖像は何も言わずに片腕の男の言葉を聞いている。


「あれから何度もあの時のことを思い出す。たとえあの時逃げなかったとしても、死体が一つ増えただけだったかもしれない。それでも、俺はあそこで逃げ出したことをずっと悔やんでる。それと同時に、あの時の恐怖と理不尽に対する怒りが、何度も、何度も、何度も!蘇ってくるんだ」


そこで再びアイティラに正対した男の表情には、わずかな恐怖とそれを堪えようとする怒りがあった。


「今度こそ俺は逃げねえぜ。かかってこいよ化け物」


「. . .」


アイティラは男の決意にとっさに動くことが出来なかった。

目の前の男は、アイティラの力を知っているはずだ。そして、自分の力も知っているはずだった。

それだというのに、立ち向かうとはどういうことなのか。アイティラは、男が何か秘策を用意しているのではと勘繰り、警戒し、男の小さな動きにも注意を向けた。


それを男が狙っていたのかは定かではないが、アイティラは不意を打たれて一瞬動きが遅れることになる。

幾つもの白い柱の影から飛び出してきたそれらは、アイティラ一点に狙いを絞って一斉に矢を発射した。


***


ダリエルの町は確かに混乱していた。

放火に突然現れた暴徒たち。それらに、力ない民衆は逃げ惑うしかないかと思われた。

ここにもまた一人、同じ方向に逃げていた民衆に突き飛ばされて、暴徒のまえに晒された者がいた。


「た、助け. . .」


怯えたように慈悲を乞う者に対して、奪う側の意志は明確だった。

なぜなら、その男は対話を望んでいないというように、その目は目の前の獲物を殺すためだけに向けられていたからだ。


「み、見逃して . . .」


それでも慈悲に縋るしかない奪われる側は、かすれた声でその時が来るのを待つことしか出来なかった。振り上げられた剣。せめてそれを見たくないとばかりに目をつむったが、しばらくしても痛みはやってこなかった。恐る恐る目を開けると、そこには青地に白の獅子の姿をかたどったエンブレムが輝いていた。


「これ以上の被害を広げるな!鎮圧したのち、彼らと協力して消火に当たれ!」


そう周囲に大声で告げたのは、蒼の騎士団の団長であるヘルギだった。

蒼の騎士団の動きは速かった。町に混乱が訪れたことに気づくと、すぐにヘルギは命令した。


「民の安全を優先しろ! 状況は分かっていない現状、それだけを考えて行動に当たれ!」


この町に連れて来た蒼の騎士団は普段の遠征に比べれば少数であったが、それでも確かな効果を上げていた。

突然襲い掛かってきた暴徒たちを訓練された騎士たちは、危うげなく制圧していく。やがて安全になった場所では、落ち着きを取り戻した民衆と共に炎が燃え移らないように消火に当たる。

これにより、少しづつ町は落ち着きを取り戻し、混乱が収束するのも時間の問題だと思われた。

団長のヘルギは騎士たちを纏めながらも、自身も鞘を付けたままの大剣を振り回し、暴徒を気絶、運が悪ければ絶命させる一撃を持って鎮圧していった。ヘルギは周囲を一瞥し、見える範囲の騎士たちが蒼のサーコートしかいないことに眉根を寄せた。


「こんな時だというのに、黒の騎士団は何をやっている」


その時、ヘルギの中で急速に危険が高まり、前方に滑り込むようにして避けた。風切り音を残しながら、いくつかの線が先ほどまでヘルギが居た場所を通り過ぎて行った。

ヘルギが目を向けると、(いしゆみ)を手にした集団が、矢を外したことに慌てたのか背を向けて逃げて行くところだった。


「副団長、ここの指揮は任せた!」


「はい!?どこに行かれるつもりです!」


「厄介そうなのを追いかける!」


「せめて、数人を連れて行ってください!」


ヘルギは大声を出した後、逃げ出した弩兵たちを追いかける。

その後に従うようにして、騎士の幾人かが追いかけてきたが、ヘルギと彼らの間に暴徒たちが流れ込んできた。彼らはその場で交戦となったため、ヘルギは一人で追いかけることになった。


ヘルギとしても、一人で彼らを追いかけるべきだろうかという考えが頭にあった。

他の暴徒たちと同じであれば一人でも何も問題なかったが、先ほどの弩兵たちの動きには、どこか作為めいたものを感じたのだ。

それでも、放っておいて死人を出すことは避けなければという思いが勝ち、一人だとしても追いかけることにした。空は夕暮れから薄闇に移りつつあった。そのことが、ヘルギにこの町で起きたあの夜の出来事を強く思い出させてしまう。あの時は、多くの犠牲を出してしまった。事前にこの地で何かあることは聞いていたのに、全てが後手に回ってしまった。

ヘルギは強く歯を食いしばると、力強く言った。


「二度目はないぞ」

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