忠義こそが私の幸福
白銀とアイティラの二人は、互いに距離をとったまま睨みあう。
「私は...」
アイティラの頭の中に、言葉にならない感情が入り乱れる。
「私は」
白銀の独眼が、その心の動きを読もうとするように、逸らされることなく少女に向けられていた。
ここでの一言によって、帝国と反乱軍のどちらの未来も変わってくるのだ。協調か敵対か。
少女の瞳に怒りが宿った。それでも、すぐには言葉が出ない。
ついに少女が語った時、それは威勢と色が抜け落ちたものだった。赤い炎を宿した瞳はいつの間にか消えていた。
「. . . レイラを返して。全部終わったら、私はあなた達にしたがーー」
あと少しで、白銀の最も望んだ言葉が語られるはずだった。
だが、それを邪魔したのは、聞きなじみのない声であった。
「そこの繋がりは、さすがに見逃せねえよなぁ」
いつから居たのだろう。
開け放たれた扉に身体を預けて、こちらを眺めている男が居た。
黒髪黒目で背が高く、黒の皮鎧で全身を統一している。アイティラは一度どこかでこの男を見たことがあったが、何処で出会ったかは思い出せなかった。
男は白銀とアイティラにぐるりと視線を巡らせると、扉から身体を離した。
その拍子に、左右どちらの手からも下げられた剣が地面を擦って硬質な響きを示した。
「帝国の人間がなんでこんなとこまで入り込んでるんだ?」
「......」
男の瞳が細まり、その下に鋭く攻撃的な笑みが浮かんだ。
白銀は口をつぐんだまま、男の背後に目を止めた。
男の後ろには、同じ装備に統一された男たちが出口を封鎖するように集まっていた。
「貴方がたを招待したつもりはなかったのですが」
「招待なんていらないね。ここはあんたの国じゃない。むしろ、そっちがお客さんだ」
白銀と男が互いを牽制するように睨みあう。
アイティラは二人の対立の隙をついて、レイラの様子を盗み見た。
相変わらず呑気に眠っているようなレイラは、白銀のさらに奥に位置している。
アイティラは下手に動けない。白銀の行動を待つ必要があった。
他の二人も同様で、どちらも出方を窺っているようであった。
その均衡を早々に破ったのは白銀であった。
彼女の片手に収まっている円筒形の道具が真っすぐ正面に向けられたと思うと、鋭い音とともに光が前方に飛び出した。光は正確に進んで行き、先ほどまで黒い男が居た場所を虚しく通り抜けた。
鋭い剣戟の音が響いた。
男はいつの間にか、白銀の正面まで近づいていた。壁面を利用して攻撃を避け、その勢いのまま双剣で押さえ込みにかかったのだ。白銀は細剣で咄嗟に防ぐことに成功したが、重い衝撃は抑えきれなかったのか態勢を崩した。押された態勢のまま、再び円筒形が男に狙いを定めたが、男はさらに前方に踏み込むことでそれすらも躱した。あまりにも鮮やかな身のこなしだった。
「追えてねぇぞ。もう終わりか?」
一方のアイティラだったが、こちらも自由ではなかった。
二人が交戦に入った途端、扉からぞろぞろと黒装備の男たちが入り込んできていたのだ。彼らがアイティラに向ける視線は、あまりにも警戒に満ちている。周囲を取り囲むようにした彼らは、少女に対して油断ならない態勢で包囲を固めていた。
それでも、アイティラの視線は彼らに向けられてはいなかった。アイティラが心配するのはたった一人であり、どうにか助け出す隙を窺っていた。白銀と双剣の男の気がそれた隙に。
包囲する男たちによって、二人の姿が隠された。その瞬間、彼らの奥からあの双剣の男の声が聞こえて来た。
「もう何も出来ねえだろ。降参したらどうだ。帝国のお嬢さん」
アイティラは、後退りするようにして二人が見えるよう視線を通した。
そこでは、仰向けに倒れた白銀の細剣が、男の双剣をかろうじて押しとどめているところだった。
すでに決着はついていた。白銀は抵抗していたが、明らかに力で劣勢に立っていた。
そのことを示すように、双剣の男はなお言い連ねる。
「そうすりゃ、命は助けてやるよ。お代は帝国の内部事情を少し話してくれりゃいい」
言いつつも男の力は弱まることはなく、白銀の細剣が首のすぐ近くまで下がって来ていた。
その時、アイティラは気づいた。白銀の左目を覆っていた布がずれていたことに。
そこには深くえぐられたような空虚な眼窩が覗いていた。
「貴方がたには理解できない。良い主に恵まれなかった貴方がたには...」
無表情の人形から苦しまぎれにこぼれた言葉に、双剣の男は動きを止めた。男は一瞬呆気にとられたように相手の表情を見ると、途端に怒りをその顔に浮かべた。
それと同時にアイティラは、白銀の声にあまりにも嫌なものを感じて飛び出していた。背筋がぞっとするような、冷たい響きだった。
アイティラは包囲していた男たちに突っ込んでいき、反射的に振るわれた剣にローブを裂かれながらも、二人の争いの場所へと飛び出した。双剣の男は、向かって来るアイティラに警戒したように目を見張り、その拍子に白銀を押さえつける力が弱まった。白銀の独眼は、もはや誰も見ていない。
「王国の人間に理解できるはずがない。主君に尽くすことの喜びが」
瞬間、白銀の片手が素早く円筒形の道具に伸び、何もない虚空に向けて突き出された。その先にあるのはただの壁面だったが、そちらに近づいていくほど、入ってきたときに感じたあの甘い匂いが強くなっていった。
「邪魔!」
黒い男を突き飛ばしたアイティラは、倒れているレイラをその小さな身体で抱え込むと、ローブが大きな翼のように広がって、窓に向けて飛び立った。
その時、アイティラの後ろから熱気が通り過ぎると同時に、光が後ろから追いついて来た。
ダリエルの町のある建物が、その日残骸となったうちの一つ目となった。
***
遠くの方で派手に建物が吹き飛び、後には黒煙が立ち上っている。それに気づいて片腕の男は、赤い羽根飾りをつけた男に知らせてやった。赤羽帽子の男は目元でにやりと笑うと、帽子でそれを隠した。
「これはいい前触れだ。俺たちの仕事を応援してくれてるんだろうよ」
そういって、酒瓶を逆さに傾けると、顎の下にある白いひげが酒で濡れた。
呑気な口調のゼルフォンスに対して、片腕の男はどこか気後れするように問いかけた。
「今更だが、本当にやるつもりなのか?」
「ああ?どういうことだ。それが一番だって話さなかったか」
ゼルフォンスは特に気にしたようすもなく、片腕の様子に気づかない風を装った。
「いくらなんでも、ここまで巻き込むのは...」
「そこらへんで止めといたほうがいい。俺は何を言われたってやる。そう決めたからだ」
だからお前にも、俺の目的ってのを話してやったんだ。
そう言って、ゼルフォンスは酒瓶の残りの一滴まで飲みつくした。赤い羽根飾りの位置を調整して、帽子を深くかぶった後、ゼルフォンスは片腕の男に語り掛けた。
「それに、あんたを同行させているのは、復讐の気概を買ったからだ。それすら成し遂げられないなら、ここでお別れだ」
「ま、待て!」
報復の心は消えていない。次は逃げ出さない。
片腕の男は言葉を継いでいくと、ゼルフォンスは帽子の下で笑みを作ったようだった。
「だったら準備するか。暗くなりすぎるのもよくない」
遠ざかる背中を見ながら、片腕の男はつい先日教えてもらったこの男の本当の目的について思いを馳せた。それは、彼にとっては衝撃的なものであった。
それは、ゼルフォンスが依頼主であるクルーガー侯爵の屋敷に行った時のことらしい。
村人たちの反乱を恐れたクルーガー侯爵は、ゼルフォンスの傭兵団に彼らを襲う命令を出していた。それの途中報告が終わった帰りに、侯爵邸をうろついていると一人の男が視界に入った。
ゼルフォンスは、貴族が傭兵といったものを蔑視していることを知っていたため、避けるように歩いていたのだが不思議なことに向こうから声をかけて来た。
「少しよろしいですかな」
その男は、どちらかと言えば痩せており、服装は貴族らしいものだったが、ゼルフォンスの知っている貴族とは少し異質な感じがした。
「傭兵団を指揮しているとお聞きしました。宜しければ、私に雇われませんか」
その男は、表情を全く変えずにそう言った。ゼルフォンスとしては、自分たちを雇おうとする人間がいるとは思わず、無礼にも相手の顔をじろじろと観察した。
ゼルフォンスの傭兵団は、クルーガー侯爵の依頼にこたえるためだけに創ったのだ。当然、名も知られなていなければ、実績などもない。ならば、雇おうと考えるのはどんな理由からか。
ゼルフォンスは興味を抱いたが、しかしそれだけだった。今はクルーガー侯爵に雇われており、それもかなり破格の値段でだった。初めから雇われる気などなかったのである。
「あいにくと、すでに雇われの身ですので。次の仕え先としてはありがたいですがね」
それで終わるはずだった。しかし、この後である。ゼルフォンスを驚かせたのは。
「金銭が目的なら、クルーガー侯の五倍は出します」
クルーガー侯爵が提示した金額は、侯爵家に大きな負担をかけている。以前訪れた時より調度品が減っていたことから、その金額が貴族だとしてもそう簡単に用意できる金額ではないことは明らかだった。それの五倍?ゼルフォンスは信じられなかった。
疑うように男を眺めたが、男が嘘をついているようには見えなかった。しかし、それとは別に男の考えも徐々に分かってきた。
この男は、俺を使い捨てにする気だな。
危険なことをやらせて、払わなくて済むようになる可能性が高いからとんでもない金額を口にできる。もし成功しても、それはこの男にとってそれほど価値のあるものだということか。
ゼルフォンスは、それほど男が求めているものが単純に気になった。
だから、何を頼みたいか聞かせてほしいと言った。
「簡単な...いえ、難しいことです。とある二人の人物を殺してきてもらいたい」
ゼルフォンスは、その言葉にますます引き寄せられた。そのことを隠すように、あくまで金銭が目的だと装いながら帽子の下でにやりと笑った。
「うちは暗殺者集団じゃあないんですがね」




