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自由を夢見た吸血鬼  作者: もみじ
炎の下の蠢動
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救出作戦

剣と防具が擦れ合う音を鳴らしながら、彼らは身を隠すようにとある建物を覗き込む。その建物は、他の家と全く変わらない見た目をしていた。しかし、そこに消えてしまった仲間たちが囚われているかもしれないと思えば、途端に不気味な家に見えて来た。

ふう、アレクは深く息を吐いて心を落ち着けると、背後の赤剣隊たちを振り向いて、抑えてはいるがよく通る声で言った。


「ついて来い」


***


黒地に金の装飾が施された誇り高き帽子をかぶると、円筒形に取っ手がついたような道具をくるくる回しながらその女は室内を見渡した。そこには五人の赤剣隊が、縄で身動きが取れないよう拘束されながら、目だけで不満を訴えていた。それを見ながら、女はどこか憎めない笑みを彼らに向けた。


「もう少しで解放してやれるんだから我慢してくれ。昨日は酒も飲ませてやっただろう。何が不満なんだ?」


おそらく拘束されていること自体が不満なのだろう。だが、そんなことはこの女だって分かっている。それでもこれは必要なことだった。

彼女の上官とでもいうべき白銀は、たった今帝国軍を単独で苦しめた化け物相手に交渉をしているはずだ。だが、何もなしに話し合いに望めば、殺されてしまうことは確実だった。それは、帝国が失った多くの人材を見れば明らかだ。この人質は、いうなれば殺されないための命綱なのだ。


「どうなってるんだろうなぁ」


白銀とその化け物がどんなことを話しているのか、この部屋からでは想像しかできない。

最終的な目標である、帝国と王国の反乱軍の同盟関係の足掛かりでも築ければいいのだが、そう上手くいくものか不安だった。

あの人、大体のことはそつなくこなすのに、交渉とかは相手のこと考えずに突っ走るからなぁ。そんな失礼な考えを浮かべながら、過ぎ去る時間を待っている時だった。

嫌なものを感じて女は息を止めると、ほとんどを覆われた窓に一か所だけ開けた小さな穴から、外の様子を覗き込んだ。そこには、物陰に隠れるようにしていたが、幾人かの人影が見えた。


「お仲間が助けに来たみたいだよ」


そう後ろに投げかけてから、さらに観察を続けた。

装備は軽装だったが、全員が同じものに統一されているようだ。そして、驚くほど落ち着いているのも、少し気になった。これから突入するために気持ちが昂っているはずなのに、これほどまで気配を感じさせないものなのか。それは、帝国内でも精鋭の重装歩兵隊を思わせた。


窓から顔を離すと、室内の囚われに目を向けた。彼らは助けが来たと知って、互いに目だけで会話している。よほど嬉しいみたいだ。

そろそろ退散すべきかな、と彼女は思った。

もし居場所を突き止められた場合は、交戦は避けるよう言明されていた。人質が居るのはここだけではないし、交戦の結果もし相手を殺してしまえば、同盟関係を築く夢は困難になるだろう。

彼らは家の裏手に集まっていた。ならば正面扉から堂々と逃げ出してしまえばいい。そう思って扉に触れたが、正面側にも幾人もの気配を感じた。先ほどと比べれば分かりやすく全く隠せてはいなかったが、明らかに近づいて来ている。


「ふう、困ったな。 どうすべきか」


独り言ちながらも、扉から距離をとった。

正面突破も出来なくはない。それだけの能力はあった。ただし、それは相手に傷を負わせることになるだろう。交渉がどうなっているか分からない現状、それは避けたかった。ならば仕方ない。


正面扉が大きく開かれ、帯剣した男たちが入ってきた。男たちは、まず拘束された仲間に目を向けた後、帝国の女に視線を向け警戒したように身体を硬直させた。

剣を構えたまま後ろからぞろぞろと続いたが、どうも及び腰になっているのを見て、女はおかしくなって笑った。


「戦うつもりはないよ。なんたって、ここには私一人しかいないからね」


「ほ、本当か?」


そう言いながらも距離をとったまま、赤剣隊は帝国の女を取り囲む。確かに、女の手にあるのは円筒形に取っ手が付いた奇妙な道具だけだ。その道具が何か分からない彼らは、分かりやすい武器を持っていないことを確認して、ようやく警戒を解いた。

それでも、どこか疑うような視線に、女はなだめるように声をかけた。


「そんなに信用ならないかい?」


「当たり前だ!お前たちに仲間を殺されたことを、忘れたとでも思ったか!」


「...ん?」


女は戸惑ったような表情になった。


「殺した? 私たちは、誰も殺してないはずだが...」


そのはずだ。交渉のための人質なのだから、当然殺してはいけないことは分かっている。


「しらを切るつもりか? 教会にあんな惨い...あれは...それに、こうして捕えていることが何よりの証拠じゃないか」


あまり良くない流れに話が進んでいるようだ。

このまま誤解されたままではまずいと、女は弁明を試みた。


「捕えはしたが、それ以上のことはしていない」


それでも半信半疑といった様子だったが、拘束を解かれて喋れるようになった赤剣隊が、おずおずといったように弁護してくれた。たしかに、危害は加えられていない、と。

それでようやく女を拘束したのち、彼らの拠点へ連れていくことで話が付いたようだった。

赤剣隊を縛っていた縄を両手に持ちながら、恐る恐る近づいてくる男に視線を向けて、女は諦め混じりといった様子で語り掛けた。


「それにしたって、よくもまあ、あんな精鋭を隠してたね。調べた限り、出てこなかったのに」


「何のことだ?」


「ほら、裏手を包囲していた連中のことだよ。あんたらの仲間だろ」


まったく、びっくりしたよ。そう女は言ったが、赤剣隊の反応はいまいち良くなかった。そして、縄を持った手が止まり、困惑顔を示した。


「そんな奴ら、俺たちは知らないが...」


その瞬間、彼女の中で嫌な感覚が突然膨れ上がった。

なぜだか説明がつかないが、背筋に冷たいものを感じ、手に持った円筒形の筒を後ろの覆われた窓へ向けた。突然女が動いたことで赤剣隊は驚いたが、続いて筒から飛び出した細長い光が窓を貫通したことで、さらに驚いた。


「おい、何やって...!」


縄を持った赤剣隊が怒鳴ったが、その音をかき消すように正面扉から悲鳴が上がった。そこには、整った装備をした男たちが入り込んできていた。突然の出来事に、赤剣隊は対応できていない。

窓が割られ、覆いが地面に乾いた音を立てて転がった。窓からも男たちが手を伸ばして入り込んで来ようとする。女は円筒形の道具から光を迸らせ、必死に窓からの侵入を防ごうとした。光に貫かれた侵入者は、後ろに倒れこんで見えなくなった。それでも次が入り込もうとしてくるため、再び円筒形を構えたが、背中に衝撃を受けて壁にぶつかった。振り返れば、正面扉から侵入してきた男が、窓辺まで来ていたようである。


突然静寂が訪れた。あっという間の出来事だった。

赤剣隊は、一部が剣で切り殺され、残りは怯えたように壁際で震えている。帝国の女は、壁にぶつかったまま太い腕で押さえつけられ、身動きが取れなくなった。

そこに、侵入者たちの一人が声高々に告げた。


「武器を捨てろ。抵抗するな。それが、お前たちの生き残る道だ」


すでに戦う気力を失くした赤剣隊たちは武器を手放し、帝国の女だけが必死に動いていた。

そこに、一人が頭の上から勢いよく踏みつけることで、女の動きが止まった。

室内から音が消えた。


「立て。二人、いや三人だけこっちに来い」


侵入者は、壁際の赤剣隊たちにそう呼びかけた。赤剣隊たちは顔を見合わせて、しばらく動かなかったが、侵入者の内の一人が舌打ちしたことですぐさま三人が立ち上がった。

三人は恐る恐る近づくと、途端に男たちに囲まれて、外へ連れ出されて行った。


「おい、そこにいる女も連れていけ」


侵入者の男が仲間に呼びかけると、ぐったりした帝国の女も運ばれて行った。途中、その手から円筒形に取っ手がついた奇妙な道具がすべり落ち、それを拾い上げた男は不思議そうにそれを眺めた。


「さっき光を出してたのはこの道具か。初めて見る武器だ。これも団長に渡しといたほうがいいだろうな」


そうして室内に取り残されたのは、数人の侵入者たちと、それより少し多い赤剣隊だった。赤剣隊たちはこれから何が行われるのか、不安な表情のまま彼らを見上げた。

しかしそこにあったのは、男の残酷に歪められた顔だった。


「残りはお前たちで始末しておけ」


「し、始末!?」


聞き留めた赤剣隊が驚いたように声を上げた。それを面白がるように見てから、命令した男は扉に向けて歩き出し、室内に残った男たちは赤剣隊にじりじりと近づいていく。

外に出ようとしていた男は最後に足を止めると、仲間たちに軽い調子で呼びかけた。


「そうだ。印を忘れるなよ。腹に大きく獣の爪痕みたいに残しておくんだ。狼は痕跡をのこさなくちゃな」


大きな笑いは遠ざかり、代わりに悲鳴がこだました。


***


「開けろ!」


アレクの声と共に、扉が大きく開け放たれた。

しかし、室内にいたのは食事中の老夫婦だけで、彼らは驚いたように扉を開けたアレクと赤剣隊を見ていた。


「あ...。すまない!」


アレクはその一声と共に勢いよく扉を閉めた。

後ろにいる赤剣隊たちが、剣を手にしたまま互いに顔を見合わせている。


「...ここはハズレだったみたいだ」


アレクが恥ずかしがるように小さな声で呟くと、顔を赤くしたままそっぽを向いた。

ここには赤剣隊は居ないようだ。しかし、アレクはまだ自信があった。

なにせ、怪しい箇所は八か所あるのだ。ここがダメでも、他の場所にはきっといるはずだ。

そちらで消えた仲間たちを見つけられていることをアレクは願った。


「よし、他の場所に合流しよう」


アレクはそう言うと、赤剣隊たちと共に歩き出した。

歩きながらアレクはふと考えた。アイティラは今、何処で何をしているのだろう。

全く、肝心な時にあいつは居なくなる。そう心の中で愚痴をこぼしながら、アレクは小さくため息をついた。

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