私にとっての金縛り
ある意味ホラーかな
夢を見ていた。
真っ暗な闇の中。空に薄らと月明かりでもあるだろう。上を向くと、ざわざわ、ざわざわと葉のシルエットが揺れているのが見えた。夜の森にいるようだ。周りを木々に囲まれている、ぽっかりと空いた広場の真ん中に立っているのだと理解した。
隣には誰もいない。おーい、と叫ぶものの、返事は返ってこない。不安がつのる。
1人は嫌だ。誰かに会いたい。
そう思い歩き出そうとするのだが、どちらに向かえばよいのか見当もつかない。余りにも暗く、足元は全く見えなかった。自分の体を見ることすら叶わず、木々までの距離も掴めない。
なんだか、徐に周囲の木々が迫ってきていて、この空間が小さくなっているようにも感じる。
この場に留まっていると、木々に押しつぶされるのではないか。
不安だけが増えていく。
「誰かっ!」
必死に叫ぶのに、声はすっと空気に溶け込んで消えてしまう。
怖い、寂しい、悲しい。
負の感情が膨れ、押し潰されそうだった。
そこで、私はふっと目を覚ました。ひどく眠く、瞼はきちんと開かないのに、バクバクと心臓が音を立て、漠然とした不安が心の中を占めている。
ただ、一瞬のうちに夢の内容はすっかりと頭から消えていた。なんだか嫌な夢を見た気がする。どんな夢を見ていたんだっけ。その程度の記憶だ。
思い出さない方がよいとは思いながらも、うまく働かない頭で思い出そうとする。
けれど、やはり無理だった。後味の悪いモヤモヤとした感情があるだけだ。
とりあえず、水でも飲んで落ち着こう。
そう考えて体を動かそうとする。ところが、体は固定されているように動かない。どんなに頑張っても、ぴくり、程度しか動かせないのだ。瞼も殆ど開かない。
必死にもがいていると、足の向こうに人の気配を感じた。
足の先には扉があり、その向こうにはリビングがある。そのリビングでガサゴソと何かをしているようなのだ。
(誰⁉︎ もしかして泥棒?)
ドキリとしてなんとか視線を向けるも、視力が悪いためによくわからない。
もしも本当に泥棒なのであれば、恐らくそのまま寝たふりをしておく方がよいのだろう。けれども頭が回らない私はもがき続けた。
恐怖の対象が増えたのだ。正常な判断などできはしない。
パニックになりながら体に力をいれるも体は動かず、この悪循環をひたすら続ける。
その間も人の気配はそこにあったが、私に近づいてくることは決してなかった。
我ながら恐ろしいことに、ここで睡魔が恐怖に勝ってしまい、私は再び意識を失った。
次に目覚めたとき、私の体は先程のことが嘘のようにすっと動いた。人の気配もない。起き上がりリビングをウロウロしてみるも、そもそも人がいたような痕跡もなかった。
そこで私はやっと気づいた。
あれが、所謂金縛りだったのだ、と。
とは言っても、私が経験したのは霊的なものでも何でもなく、ただ単に脳が起きて体が起きていないというやつだ。その日はほっとしたのだけれど、残念なことにこの日は始まりに過ぎなかった。
それから暫くは、毎日のように金縛りにあった。半月ほど続いたのではなかっただろうか。霊的なものではないと分かっていても、いるはずのない人の気配を感じることは恐ろしい。加えて悪夢しか見ないのだ。精神がガリガリと削られていく。
そもそもこの状況を作り出したのは、心の疲労が原因なのだろう。弱っているときは夢見が悪かったり、きちんと睡眠がとれなかったりと、精神に追い討ちをかけるような状況に陥りやすい。負の連鎖が続くのだ。
そこまで書いて、Aははぁとため息をついた。じとっとした目で、パソコンの画面を見つめる。視線の先には、フリーブログの入力画面が映っていた。
だから、なんだと言うのだろう。
文章の締めが思いつかない。
これは、フィクションを混ぜたAの実話だった。
Aはうつ病を患っていた。その症状が酷かった時の体験談だ。フィクションなのは夢の内容だけである。
正直、夢の内容なんてはっきりとは覚えていないし、覚えている夢も文字にしたくない。知られたくないからだ。
こんなことを言うと、じゃあなぜブログにこんな文章を載せようとしているのだと、解せない人もいるだろう。
それは、生きるためだ。
Aは孤独を感じていた。辛いこと、悲しいこと、寂しいこと。感情を外に出すことは容易な事ではなかった。周囲の人に話す勇気がない。
こんなことを話すと、聞く方が嫌な気持ちになることを知っている。目の前で嫌がられるのは辛い。もちろん優しく聞いてくれる人だっているが、話を受け止める方も辛いのを、Aはきちんと理解していた。
場合によっては、うつ病はある意味で伝染するのだ。そうなれば、互いに余計辛い思いをすることになる。
誰も見ていなくても、匿名で吐き出せるのならそうしたかった。誰でもいいから聞いてほしい。その一方で、誰にも見られずに漂ってくれとすら願っている。それでも、外に吐き出したいのだ。
とは言っても、感情のままに載せるのは恥ずかしく、どこか他人事じみた、小説やエッセイを真似るような書き方を行っている。
文章を見直し、ぼんやりと続きを考える。
自分は何を言いたいのだろうか。
結局、Aは自嘲気味に笑うと、保存ボタンを押してブラウザを閉じた。
お読みいただきありがとうございました。