8 弟
三人称
長らく聞こえ続けていた鳴動が途絶えた。
「彼」は異変を感じて眠りから目覚めた。目を開けても周囲は暗闇で何も見えず、ただ身体に当たる感覚から自分の周りには「壁」があることだけがわかる。
狭い空間内に押し込められている「彼」は常に身体を折り曲げた状態で手足を自由に伸ばすことはできず、その動きには制限があった。
それでも昔はこの空間を広く自由に漂っていたのだが、時間の経過と共に段々とこの場所を窮屈に感じるようになっていった。
狭い場所に押し込められているにも関わらず、「彼」はこの場所に愛着を持っていた。ここは温かく、とても居心地がいい。けれど狭さを意識するようになってからは、いつかここから出なければいけないのだろうなと漠然とした思いを感じるようにはなった。
長い眠りを繰り返す「彼」は束の間の覚醒において退屈しのぎに腕を伸ばしてみることもあったが、そうすると「宿主」が痛がっていることが伝わってきたので、そうした行為は極力控えていた。
「彼」は「宿主」のことを好ましく思っていたので、あまり苦しめたいとは思わなかった。
鳴動が途絶えてから幾らもしないうちに「彼」は経験したことのない苦しみを感じるようになった。何かを求めるように口が勝手に開いて喉の奥がこれまでにない動きをし始めるが、苦しみは取れない。
「彼」は自分が何者なのかわからず、「死」という概念も持ち合わせてはいなかったが、とにかくここに居続けたらまずいことになることだけは理解できた。
「彼」はもがいた。助けを求めるように「壁」に向かって大きく手を打ち付けてみるが、「宿主」からの反応はない。聞こえてくる鼓動は己の身の内にある一つだけだ。「彼」は「宿主」が何も反応を返してこないことに不安を覚えた。
「彼」はがむしゃらに動いた。苦しみが増して己の鼓動が早くなるが構わず動き続けた。自分はもうこの場所にいては駄目なのだ。ここから出るべき時は今だ。
「彼」は何かに突き動かされるようにしながら、必死でその「壁」を打ち破る――――――